第11話 修羅場は起きるのか

 日曜日に家で勉強していると、そばに置いていたスマホから通知音が鳴った。


 ロック画面には、“ありさ”という名前が表示されている。


 昨夜、事前に明日日曜日に連絡するかもしれないという連絡をもらっていた。


 つまりは、今この瞬間に大塚も勉強をしているということだ。


 自らの勉強を一時中断して、スマホを手に取った。


 分からない箇所が写真で送られ、どう解説しようかと迷った末に俺が紙に書いた解説を撮って、その画像を送ることにした。


 口頭で言えば済むことを文章にするのは意外と大変だ。


 これで納得してもらえなかったら他に手を打つつもりでいたが、十分後に返ってきたのは『めっちゃ分かりやすい』という一言だった。


 続けて『ありがとう』という言葉とともに、ウサギがありがとうと言っているスタンプが送られてきた。


 それなら良かったと思い、再度自分の勉強を再開しようとしたら再びスマホの通知音が鳴り、またしても彼女だった。


『ね、今から電話しない?』


 それがどういう意図なのか分からなかったが、断る理由もないため承諾すると早速電話がかかってきた。


「どうしたんだ?いきなり電話しようだなんて」


「いやさ、榎本に毎回紙に書かせるんじゃ申し訳ないなと思ったの。口で言ったほうが速いし、私も納得しやすいかなと」


「あぁ……それは助かる」


 ちょうど俺の思っていたことを大塚は分かってくれていたらしい。


「全然。私教えてもらってる立場だし、配慮するべきなのも私だから」


 他になにか面倒なこととかあったら言ってね、と俺に言ってから大塚は再び自身の勉強に戻っていった。


 通話はつながったまま、大塚のシャーペンをなぞる音がスマホ越しに聞こえてくる。


 また分からないことがあったら通話で聞くのかと勝手に解釈して、俺も勉強に戻った。


 それから二度三度と、大塚が分からないという問題を、俺は送られた画像を見ながら解説した。


「榎本って本当に教えるの上手いよ。良い先生になれそう」


「教えるのが上手いからって教師は務まらないんじゃないか?子どもが好きとか、根本的な意欲がないとできないだろ」


「そう……?もしかして子どもあまり好きじゃないとか?」


「そんなことはないけど、俺にあんな大変な職業は向いてないかな」


「ふーん………」


 一時的な休息で俺たちは大したことのない話をしていた。


 そんな時に、スマホから通知音が鳴った。


 大塚が何かを送った素振りはなく、確認してみると送り主は美玖だった。


『今から楽んち行ってもいい?』という文章が送られてきた。


 美玖がこんなことを言ってきたことはこれまで一度もなく珍しいことだった。


 しかし今は大塚と通話中だ。


 当然ながら返答はNO、『ごめん、今ちょっと難しいかも。あとでならいいけど』


 俺は俺で、初めて美玖が家に来るのを拒んだ。


「なに、どうしたの?」


「あーいや、なんでもない。ちょっと友達から連絡が来ただけで」


「そっ、ならいいけど」


 先ほどの文章を美玖に送るとすぐに既読がつき、意味深なスタンプが送られてきた。


 キモかわいいクマが鎧を身に纏って、刀を振りかざしながら突撃ィ!と言っているスタンプだ。


 それが何を意味するのか──


 突如勢いよく玄関扉が開かれた音が聞こえた。


「私さ、一つだけあんたに提案があるんだけど──…」


「らっっっくぅ〜〜〜〜〜っ!アイス〜〜〜買ってきたァァァ!!!!」


 大音量で叫びながらリビングにやってきた美玖。


 それと同時に、いや美玖が叫ぶ前に俺は大塚との通話を即座に切った。


 何かを言おうとしていた大塚。


 申し訳ないがその話はあとでメッセージで聞くことにする。


「あれっ、誰かと通話してた?」


「…………ただの友達だよ。それよりも、お前なんで入ってきたんだよ。俺あとでならいいって言ったよな」


「えっ?行くって言ったじゃん、スタンプで!」


 そう言って、美玖は手に持っているビニール袋から箱を取り出し、中から棒アイス一本を手に取ると残りの箱に入ったアイスを冷蔵庫に入れた。


 俺も食べていいということなのだろうか。


「はぁ…………もういいわ。俺もアイス食べていいのか?」


「うんいいよぉ〜〜だってママのお金だもん」


 ドカッとリビングのソファ──俺の背後に座るとアイスをペロペロと舐め始めた。


「アイスをソファに落とすなよ」


「わーーってるってブラザー」


「うるせぇよ」


 立ち上がり、キッチンの方へと歩いていく。


 リビングで通話をせずに自室でしていれば即切りすることもなかった。


 大塚との通話を美玖に知られたくないのは、とある重要な理由があってのこと。


 とにかく俺はこのことを美玖に知られないようにしなければいけない。


 アイスを片手に元の位置に戻った。


「なぁ……、楽くんよ」


「な、なんだよ──ッ!?」


 後ろにいる美玖が、突然俺の両肩に両脚を乗せてきた。


「おまっ、何してんだよ」


 脚を払いのけて振り返ろうとしたら、両脚を閉じられ顔を挟まれた。


 同時に首もしまっている。


「楽、………私と遊園地に行こう」


「もうすぐ試験なのに何言ってんのお前?」

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