第13話 加藤美玖の企て
もうすぐ期末試験が始まるとあって、クラスの雰囲気はいつもと異なり休み時間でも机と向き合っている人がチラホラと見えている。
日頃からちゃんと勉強していない人たちが今更になって試験勉強したところで、その成果は高が知れている。
「加藤さん、もし良かったらなんだけど……今日の英語のノートを写させてくれないかな?」
私の席の前まで来て、そう懇願してきた二人のクラスメイトがいた。
「ええ、もちろん。それに今日は英単語の小テストがあるから、その勉強も忘れずにね」
「わあっ、そうだった……!ごめん、ありがとう加藤さん!」
私のノートを持ってそそくさと離れていった二人。
どちらも大して勉強ができないことはすでに知っている。
英語の授業は次の次の時限にあるから、私のノートを写せば小テストの勉強はできない。
ちなみに次の授業の科目でも小テストを行うと、以前の授業で先生が告知していた。
高校生にもなってスケジュールを立てられないなんて、中学一年生となんら変わらない。
いや、そんなことよりも私は今、目線の先の男を観察することが最優先なのだ。
教室前方で同じクラスメイト数人と談笑している最上秋人の姿がある。
爽やかそうな胡散臭い笑顔を取り繕いながら談笑している様子は、全然楽しそうには思えない。
最初は感情が壊れた男なのかくらいにしか認識していなかったのに、ある時にあの男を見てから私の中では最重要人物へと急遽昇格した。
入学してから二週間が経ったある日、昼休憩となり、私が食堂へ赴こうとすれば当たり前のように数人のクラスメイトの女子が着いてくる。
私は一度も許可を出した覚えはない。
私を先頭にして、あたかも私の取り巻きかのようにその後ろを彼女たちが歩いて着いてくる。
そんな若干不愉快な気持ちを抱きつつも食堂へ行くと、すぐに私の目はある人物を捉えた。
席に座って食べている楽を発見した。
そして楽の対面側にはあの最上秋人がいた。
この瞬間、私は初めてあの男が楽と仲の良い関係にあることを知った。
あれから幾度となく楽と最上秋人が一緒にいる姿を目にする。
楽と話している時のあの男は、とても楽しそうで生き生きとした表情をしているように思う。
それはもちろん私だってそうだ。
楽と話せば誰だって楽しくなるんだ。
これまで観察した結果、最上秋人という人物の情報を多く手に入れた。
授業中の彼を観察し、隔週で男女合同に行われる体育の授業でも目を見張らせていた。
サッカー部ということを知って部活動中の様子も観察していた。
簡単に言えば、勉強もできて運動神経抜群でさらには女子からの人気が高い。
まぁまぁ腹の立つ男だ。
それでも本人は何一つ自らを自慢する素振りは微塵もなく、いつの時からか見た彼と楽の談笑している様子では、楽に対して羨望の眼差しのような目を向けている気がした。
私自身、小さい頃から楽のことは常に憧れの存在として見ていた。
だからこそ分かる、最上秋人の向ける楽への目はそういった類のものだった。
日曜日に家を出て、近所のスーパーでアイスを買って帰った。
帰る先は自分の家──ではなくその隣の家。
楽が今日家にいることはすでに知っている。
私は玄関の扉を勢いよく開けて中に入った。
リビングには勉強道具を広げている楽がいた。
慌ててスマホを手に押さえている。
リビングへ向かっている時に、誰か違う人の声が聞こえていたから電話でもしていたのだろうか。
邪魔しちゃったのなら少し悪いことをした感じだ。
「あれっ、誰かと通話してた?」
「ただの友達だよ」
「……そっか」
そう言った楽は私と目を合わせないように下を向いていた。
楽の友達………最上秋人だろうか。
いやでも聞こえた音色は少し高かったように思う。
他の友達かな。
アイスを袋から取り出し、それを持ってソファへ向かった。
楽の真後ろへ、跳ねるように跳び座ると私の両足の間に楽の背中と頭があった。
無性に楽をこの足で挟みたくなった私は、足を上げて楽の顔を後ろから挟んでやった。
暴れようとする楽を足の力で押さえ付けて、途端におもったことをくちにした。
「楽、遊園地に行こう」
「もうすぐ試験なのに何言ってんのお前?」
うん、いつも通りの反応だ。
頑張ってこちらへ顔を向けようとしている楽。
私のふくらはぎに挟まれてる楽のぺちゃんこになった顔が面白い。
「ぶっ………ばか、離せよっ……!」
手で私の足を掴んで力業で抜け出した。
「………ねぇ、なんで楽はそんなに勉強頑張るの?」
周りと比べて全然頭がいいのに、もっと上を目指そうとさらに勉強している。
「勉強くらいしかやることがねぇからだよ。あとは………まぁ負けたくないっていうやつがいるから、そいつに勝つためにやってる」
楽がそんなことを言うのは初めてだ。
少なくとも私の前で口にしたことはなかった。
楽の言うその人物は、私の中ではもうすでに一人に絞られている。
楽がライバルのように思っている最上秋人もまた、楽のことを憧れに似た感情を抱いて、同じライバルのように思っているのだろう。
楽の良きライバルは、私にとっては正真正銘の敵だ。
生易しいものではない、刃を向けるべき存在なのだ。
週明け、躊躇いなく私は最上秋人に対して宣戦布告をしにいった。
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