第14話 試験終わりに招かれる
試験本番の当日の朝は、いたっていつも通りの時間に家を出て登校した。
教室へ着くと、いつにも増して多くのクラスメイトが登校済みで、だからと言って談笑しているわけでもなく机に向かってノートやら教科書を必死に見つめているのが見える。
三日間に分けて行われる期末試験は、月曜日から水曜日まであり、木曜日だけ休みになっている。
学校の定期試験では、無闇に勉強をするよりも対策を立てて効率的に試験勉強をしたほうがいい。
俺の狙いはおおよそが当たり、手応えは十分いいと言える。
試験初日からはみんなピリついた空気感を醸し出していたが、二日目三日目と重ねていくごとにクラスメイトからは疲労した表情が窺えた。
皆にとっては長く、俺にとっては短く感じた三日間が終了し、俺は教室を後にした。
廊下では多くの生徒が立ち話をして、それぞれ行った試験について確認をしたり友達同士で答え合わせをしている。
試験の日程は全学年共通のため、この様子は他の階のフロアでも同様なのだろう。
この後に何も予定はなく、ゆっくりとした足取りで下校していく。
「……んぁ、そういえば卵切らしてたっけ」
卵がなければさまざまな料理で支障をきたしてしまう恐れがある。
万が一にも卵を買い忘れるということはあってはならないのだ。
いや、もう卵さえあれば何もいらないと言ってもいい。
卵ついでに他の食料品も買いたいため、近くのスーパーへそのまま直行した。
ここら辺では一番大きく、他にも7、8店舗ほど展開している中小規模のスーパーだ。
中に入ると快適な温度に冷房が作動しており、まだ少し暑さが残るこの時期にはちょうどいい。
休む間もなく次に控えている体育祭行事の日にはもう少しだけ気温が下がってくれると良いんだけどな。
カゴを手に取り、それをカートに置く。
今ではもう手慣れた食料品の買い出しだが、一人暮らしを始めた時はもう、それはそれは大変な思いをした。
高校生のうちから一人暮らしをしている俺を気遣ってくれたのか、美玖の両親からは毎日食べに来ていいと誘いを受けたが、もちろん断った。
俺の意志でなかったにしても、一人暮らしをするなら徹底してやりたいという思いがあったため、毎日自炊をすることにした。
カートを押しながら目当てのものを見つけては見定めてカゴに入れ、順当に進んでいく。
調味料コーナーに行きたかったため、大きな通りから逸れて枝分かれしている多くの売り場コーナーの一つの『調味料』と書かれた吊り下げ看板の元へ進んでいく。
調味料コーナーに続く角を曲がろうとしたその瞬間、先を行く俺のカートが調味料コーナーから出てきた客のカートぶつかってしまった。
段ボールの箱が積み上げられていて、角の先の視界が悪かった。
「あっ、すみません」
俺が謝ったのとほぼ同時に向こうも顔を出して謝ってきた。
「いえこちらこそ、ごめんなさ──……って、あれ榎本じゃん……?」
同じ柄と色の制服を着た女子高生、大塚ありさだった。
「もしかして榎本も試験終わりで食料品の買い出し?」
「……そんなところ」
あの日の泊まりの件で、大塚も同様に一人暮らしをしているということが発覚した。
制服姿の学生が一人でカートを押してスーパーの中を歩いている光景は周りから見れば珍しい光景だが、俺と彼女ではこれが普通であり、自分以外にいたとしてもさほど不思議ではない。
しかしスーパーで知人に会うことが初めての俺にとっては、この状況は少し恥ずかしくも感じる。
まだまだ未熟者だ。
「あっ、ねぇ榎本。もし良かったらなんだけど、この後予定ある?」
「あるけど……」
「うち来てよ」
「………え?」
二階建てのアパート、外装は良くも悪くも古びた雰囲気を醸し出している。
大塚から指定された番号の部屋の前まで来て、インターホンを鳴らす。
一秒も待たずに扉が開かれた。
「あっ、榎本。入って」
「あ、あぁ……」
先ほど見た制服姿ではなく、部屋着のようなラフな格好で出迎えた大塚。
スーパーで突然あんなことを言われ、言われるがままに俺は買った食料品を冷蔵庫に入れてまたすぐに家を出た。
地図アプリに記された家の場所の画面がスクショされた写真が大塚からメッセージで送られてきて、その通りにここまで行き着いた。
俺の家からは歩いて10分の距離にある。
「どうしたの……?まさか緊張してたりする?」
辿々しい俺の様子を見て図星をついてきた。
「だってしょうがないじゃん、……女子の部屋に入るの初めてなんだから」
長年の付き合いがある幼馴染の美玖の部屋にも、実を言うと一度も入ったことがない。
あいつに関してはどうにも俺を部屋に入れたくないようにも感じる。
中学生の頃に一度だけ、美玖の部屋に入りたいと言ったことがある。
美玖が面白い漫画を持ってると言うから、俺はただそれを読みに行きたいという意味で言ったのだが頑なに拒否された。
結局は、その漫画を全部借りて自分の部屋で読むことになった。
「へぇ……、榎本ってそういうの全く気にしない人だと思ってた。なんか童貞みたいで初々しいね。早く、玄関にいつまでもいないでこっち来なよ」
部屋の奥へ行ってしまった大塚の後ろ姿を眺めながら、俺はしばらくの間、身体が硬直したように動かなかった。
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