第25話 陸上部の勧誘
測定方法は一度きりではなく、計三回行い、その三つのうち最も良かったタイムをその記録とする。
一度目の測定は適度に走り、他のやつらの状況を伺うことにした。
先生の持っている記録簿を覗くのはさすがにできないため、生徒が毎回走るたびに計測係が叫んでいるタイムを記憶するしかない。
二人同時に、次々にクラスメイトがスタートしていく中、俺は後ろから五番目の順番で走った。
名前順というわけでもなく、特に順番が決められておらず適当に皆走っていた。
俺の後に走る男子はどれも運動が苦手だということは既に確認済みのため、気にすることなく最後の三回目の測定まで慎重にタイムを調整できるというわけだ。
当たり前に、一回目から全員が全力で走ってトップは陸上部の桃田、次いでサッカー部に、その次が佐古田となった。
二回目の測定では、ほとんどの男子が一回目のタイムを超えることなく終わった。
現在三番手の佐古田と俺のタイムはおよそ3秒の差がある。
一回目を全力で走っていないとはいえ、そこまで力を抜いていたわけではなかった。
正直、慎重に走るというよりも全力で走らなければ厳しくなってきた。
位置について、合図とともにスタートした。
結果は惜しくも佐古田より0.2秒おそい四番手となった。
これではアンカーをやらせてくれなんて言い出せるわけがない。
続く三回目で、死ぬ気で走ってどこまでタイムを縮められるかだが──
「っしゃあ!!!」
佐古田がゴールとともに力強い叫び声を発した。
タイムは一回目のものより0.3秒速く、クラスで二番目の速さとなった。
これで俺の目指すタイムは遠退き、サッカー部の奴──名前を知らない──と0.4秒の差ができたことになる。
「マジか………」
思わず落胆の声が漏れてしまい、とても超えられそうにない壁に詰みかけたその時、すでに走り終えていた桃田が俺の方へ歩いてきた。
その姿に、反射的に身体が半歩後退した。
「榎本はもっと速く走ることができるはずだ」
「な、なんだよいきなり……」
こいつはいつだって真顔だから余計に怖いんだ。
「榎本の走るフォームがいまいち良くないせいで本来の榎本の力を発揮できていない。脇はもっと締めて、繰り出す脚はもう少し前へ大きく出すイメージを持って、何より視線は前を向かないとだ。少し下を見る癖がある」
ペラペラと俺の悪いところを指摘していく桃田。
一回や二回俺の走りを見ただけでそれほど分析できるものなのだろうか。
「一度、僕の言ったことを信じて走ってみてくれ。きっと変わるはずだ」
「次が最後なんだけど……」
三回目の測定でタイムを伸ばせなければ呆気なく終わってしまう。
「これで良い走りができたら、ぜひ陸上部に入ってもらいたい」
「だからそれは何度も断ってるだろ。なんで俺を誘うんだよ」
桃田は事あるごとに俺を陸上部に入れさせたがっている。
「僕の目は間違ってない。榎本はしっかりトレーニングすれば今よりもっと化ける。最高の陸上選手になるだろう」
「……とにかく、教えてくれたのは感謝するけど、陸上部には入らないからな!」
桃田から離れ、スタート位置についていく。
白線に足を合わせて前を向くと、ふとゴール先に大塚の姿を見つけた。
100メートル以上の距離からお互い目が合い、こちらに向かって控えめに手を振ってきた。
そうかと思えば男たちが一斉にざわつき、誰に手を振ったのかと騒ぎ始めた。
合図とともにスタートし、桃田の指摘通りに改善して精一杯駆け出した。
ゴールするまで速くなった実感など微塵も感じなかったが、伝えられたタイムは二回目のものより大幅に縮められ、佐古田を抜いて二番手まで上がる始末。
この結果にはさすがに驚きを隠せなかった。
向こうでは、今もまだ大塚を巡って騒いでいる男子たちが見えている。
ストップウォッチを片手に持った先生が近寄ってきて、俺の肩を目一杯掴んできた。
「榎本、お前陸上部に入らねぇか!?」
「………お断りします」
陸上部は誰彼構わず隙あらば勧誘してるのか……?
こうして100メートル走の測定は終了し、このままハードル走への測定に移っていった。
一足早く更衣室へ向かい、せっせと制服に着替えていると突然更衣室の扉が勢いよく開かれた。
スライド式の扉は全開したあと、跳ね返って再び閉められた。
「えぇいっ!!お前が榎本かぁ!!」
ピシャッと扉を開け、そのままズカズカと向かってくる佐古田。
両腕を大きく振りかぶり、俺の両肩に落とした。
「すっ……ごいなお前ー!!!あんなに足速かったのかよ。俺ほんとビックリしたよ!」
曇り一つない笑顔で喜んだ表情をしている。
「ぜっったい、勝とうな、体育祭っ!!」
「お、おぅ……」
純粋な圧力がものすごい。
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