第26話 深い友情が芽生えた

『あんたって目立ちたくないタイプなんだよね』


『そうだけど』


『体育の授業以来、明らかにクラスで目立っているの、気づいてる?』


『そりゃもちろん、痛いほどの視線を感じてますとも』


 教室内で目に見える範囲にいるにも関わらず、大塚とスマホ越しにメッセージでやり取りを交わしていた。


 別に、何がどうということはないのだが、ただ時々向けられる会話したこともないクラスメイトからの視線を浴びて居心地が悪いだけ。


 これはただ単に足が速いからとかの理由ではなく、「こんな奴がクラスにいたんだ」と認識を改めているだけなのだ。


 言うなれば、影の薄かった俺がここにきて陽の光を浴び始めているということ。


 色のついた陰キャに昇格したんじゃなかろうか。


 服越しにスマホの通知音が鳴ったのが聞こえてポケットから取り出す。


「……秋人?」


 簡単にメッセージを返してから、席を立ち教室の出口へ向かおうと前を向けば見知った二つの顔が並んで扉の前に姿を見せていた。


「どうしたんだ、二人で一緒に……まさかもう仲良くなったのか」


「いえ、私が一方的に彼女を連れてきただけです」


 笑顔でそう言った美玖と、怯えた様子で俺に助けを求めるような眼差しを送ってくる夕紀。


「え、榎本くぅん………この人すごい怖いよぉ」


「何を言っているんですか、藍川さん。私はただ……お昼をご一緒したいなと思っていただけなんですけど」


 俺が藍川夕紀という女友達ができたと美玖に言ったことが原因で今こうなっているのだろう。


 早速とばかりに夕紀に接触したのは少し予想外だったが、思っていた通り美玖は夕紀に興味が湧いている。


 夕紀の方はまだ違うだろうが、美玖はもうすでに少し気を許しているようにも見える。


「とりあえず、食堂へ行きましょうか。お腹が空いてきましたし」


 いつまでも教室の前で会話しているとますます目立ちかねない。


 食堂で俺が注文したメニューを美玖が真似するように同じものを注文し、何故か圧をかけられた夕紀が渋々同じものを注文したことで三人全員で同じものを食べることになった。


 異色のメンツということもあり、奥の方の人目につかない席へ向かった。


「そうそう、藍川さんの希望通り、出場する個人種目を一つにするよう二組の実行委員に頼んでおきました」


「あっ、はい………ありがとうございます」


「いいんです。ただ、種目を一つに絞ったのなら良い結果を出してくださいね?私にここまでしておいて最下位でした、では許しませんよ」


「ヒィッ」


 醜悪な表情で夕紀を脅している。


 わざわざ夕紀のクラスの実行委員に頼み込んでいたとは知らなかった。


 しかし考えてみれば、他クラスの生徒のエントリー数をいじることなんてできないのが普通か。


「………ね、ねぇ加藤さん」


「なんですか藍川さん」


「その……さ、以前から気になっていたんだけど、なんで学校と榎本くんの前とで性格が全く別のものになるの?二つの顔を使い分けてる……ってことだよね」


「えっ………」


 夕紀から思わぬことを聞かされて固まる美玖。


「お前、いったいどんだけ俺のことをストーキングしてたんだよ……」


「ごめんなさいごめんなさい!だって、キミのことがずっと気になってたんだもん、しょうがないよ!」


 両手を合わせて謝罪してきた夕紀だが、その誠意は少しも感じられない。


 何もしょうがなくないだろ。


「なに、それ………藍川さん、ストーカーだったの?」


「えっと、だからその………別に悪質なものではなくて」


「──ねぇ、藍川さん?」


「はっ、はいぃ……」


 口調こそ変わってはいないが、顔に浮かべている笑みからはただならぬ威圧感が漂っている。


 ここが校内でなく他生徒の目がなければ口調も表情も違っていただろう。


「私はもう、あなたをただの根暗女子生徒とは思えなくなってきました」


「えっ、それはどういう……」


「私って、学校ではだいぶ人気者なんですよ。知ってますか?一学年だけでなく、先輩方からも大変好かれていて、私が一つお願いしてあげると二つも三つも与えてくれるんです」


 今の美玖の顔は清楚なお嬢様キャラというよりも、男達を誘惑する悪女の顔だ。


「私が校内で、あなたのことをストーカー女と言いふらせばどうなると思いますか?」


 夕紀に自らの顔を近づけて醜悪な笑みを浮かべながらそう囁いた。


 まさに悪魔の囁きとでも言うような、恐ろしいものだった。


 囁かれている本人は恐怖で息詰まり泡を吹きそうな表情だ。


「──ドンッ!!と、あなたの居場所はどこにもなくなるの」


 その言葉を最後に、夕紀はコテンと意識が飛んでしまった。


 猛獣が豆粒にも満たない小動物を相手に脅せば当然の結果となる。


「やり過ぎだぞ……」


 女子高生が全身をグダーっとさせて意識を失っている絵面はあまりに見るに堪えない。


「ったく、俺が保健室まで」


「いや、これは私が連れて行く」


「……そうか。あんまりこれ以上してやるなよ」


 この後、あの加藤美玖が女子生徒を引きずりながら廊下を歩いていたという話題で校内は持ちきりだった。

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