第32話 カップル割引
「わっ、すご……」
お目当てのビッグパフェがテーブルに現れての夕紀からの第一声はそんな驚きつつも引き気味の言葉だった。
高さは人の頭よりも大きく、また容器がど太く見た目通りの重量感があった。
どうしてスイーツだけでこれだけの重さが実現されるのかと不思議に思うが、容器から溢れんばかりのイチゴたちと、下部に見えるぎゅうぎゅうに詰められたスポンジケーキを見ればそれくらいの重さになるのかと考えさせられた。
とにもかくにも、どこから手を出せばいいのか迷ってしまう迫力がある。
手始めに頂部に積み重ねられたイチゴをひとつまみ口に含んだ夕紀。
「ん〜〜っ!このイチゴめっちゃ美味しいよ榎本くん!!」
ほらほらと言ったようにパフェを俺の方へ近づけてくる。
「俺も食べていいのか?」
「え、当然でしょ?こんな高いもの私一人で払えるわけないもん。ほらほら、食べてみなよこのイチゴ」
おしぼりで手を拭いてから、同様にイチゴをひとつまみして口に運んだ。
「ん、美味いな」
どちらかと言うと甘酸っぱく酸味の方が勝っているが、生クリームなどの甘いものと一緒に食べると抜群なんだろうな。
でもこれだけでも十分おいしい。
およそ4000円──を割り勘で2000円分の一口目を味わっているうちに、夕紀はスプーンを持って生クリームへと近づけていた。
豪快に盛られた生クリームに遠慮気味に端からスプーンを入れてスポンジがある層まで突き刺し持ち上げた。
上にイチゴ、生クリームにスポンジと、全てが均等に乗った黄金のひとすくいを丸ごと口に頬張った。
「んん〜〜〜っっ」
言葉にならない美味しさを顔の表現だけで伝えてみせた夕紀。
そこから止まらないスプーンの動きに、しばらく見守っていたがさすがにストップをかけた。
「おいおい、俺の食べる分がなくなるって……」
「あぁ……ごめんごめん。美味しすぎてついつい手が止まらなくなっちゃったよ。はい、交代ね」
そう言って持っていたスプーンを俺へと差し出してきた。
「………え、いやスプーンもう一つないのか?」
「パフェにはこれだけしか刺されてなかったよ?」
「嘘だろ……」
しれっと自分の使っていたスプーンを差し出してくるんじゃない。
とはいえ、店内の状況を見るに、とてもスプーンをもう一つくださいと言えそうにない。
次から次へと入店してくる客がいるなかで、さらに注文を受けつける店員さんが慌ただしく店内を行き来している。
本当に俺はこいつと間接キスをしてまでパフェを食べなければいけないのだろうか。
なんて可笑しな熟考をしながら夕紀から渡されたスプーンを手に眺める。
「どうしたの……?食べないのなら私がもっと──」
「いや食べる。食べるんだけど……」
なによりも、夕紀がなんとも思っていないというのが謎に恐ろしい。
友達同士では一つのスプーンを共有するのが普通のことなのか?
「ええい、もう知らんぞ俺は!」
豪快にスプーンですくいあげて、思い切り口に頬張った。
「あぁぁあ!!?ちょっと榎本くん、食べ過ぎだってぇー!」
「……ん、めっちゃ美味しいなこれ」
夕紀が二口三口食べて俺が一口、またそれを繰り返して交互に食べ進めていく。
そうしてビッグで巨大だったパフェは瞬く間に減っていき、気づけば俺で最後の一口へとなっていた。
「あっ、ずるいよ最後の〜」
「いいじゃん別に……量はお前の方が食べてるんだから」
悔しそうな顔をする夕紀を前に、見せびらかすようにして最後の一口を食べた。
「お待たせしました〜、甘さ控えめのカフェラテ二つです」
突然店員さんが現れてカフェラテ二つをテーブルに置いてきた。
「え、いやあの、頼んでないんですけど……」
「こちら、ビッグパフェを頼んだお客様へのサービスになります」
「あっ、そうですか……」
「ごゆっくり〜〜」
そう言って去って行ってしまった店員さん。
「ねえ、榎本くん」
「ん……?」
「スプーンは一つだけだったのに、どうしてカフェラテは二つ来たんだろうね。パフェは一人前だったからスプーンが一つだったのはしょうがないにしてもさ、パフェを一つしか頼んでいないのにサービスで二つくるのって」
「……別にいいだろ、そんな深く考えなくても」
と、夕紀に言いながら俺は店内にとある看板を見つけた。
その看板には、ビッグパフェ注文につきカップル割と書いてあった。
注文の際に店員さんに言ってないのだが、おそらく俺と夕紀をカップルだと思い込んでサービスを二つ持ってきたのだろう。
カップルならば一つのスプーンでも食べられるだろ、という挑発だったのかも……
「カップル割引になりますので、税込3200円になりまーす」
「めっちゃ安くなってる……!?」
割り勘で2000円のはずが1600円という、400円得をした。
「はぁ〜おいしかったね。でもなんだろうカップル割引って。私たちがカップルにでも見えたのかな?何にしても、お得だったね」
夕紀には恥ずかしいという感情がないのかと思ってしまった。
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