第18話 怪我の功名のような、恥の代償

 各々好き勝手に楽器を演奏したり、たまにゲリラ的にセッションしながら話し込んでいれば、気づけば日が暮れようとしていた。


 これだけ誰かと——しかも美少女二人と——会話するなんて数年……いや、なんなら人生初と言ってもいいかもしれない。

 なんか人生の幸運前借りし過ぎて、明日くらいに車に轢かれて死ぬんじゃないか。

 冗談半分ながらも、ついそんな考えが脳裏を過ってしまうくらいだ。


 などと思っていると、ふと何気なくスマホを開いた美玲がわっと声を上げた。


「もうこんな時間なの!? まだてっきり四時くらいかと思ってた。えへへ……楽しいと時間ってあっという間に過ぎてくね」


「……そ、そうすね」


 普通に同意の意味で相槌を打ったつもりだったが、俺のリアクションの仕方がよろしくなかったのか、美玲が少しもの悲しげにこちらを窺う。


「あれ、陽人くんはそうじゃなかった……?」


「い、いえ……明日、天からお迎え来るんじゃないって気がしてるくらいには、ちゃんと楽しかったっす」


「まだ死んじゃダメだよ!? 明日ライブがあるんだから! いや、ライブが終わってもダメだけど!」


 全く陽人くんは、もう……! と頬を膨らませる美玲。

 それを横目に花奏がやれやれと笑いながらキッチンへと向かう。


「ジュース取ってくる」


「あ、うす」


 テーブルに置かれた空になった2Lのペッドボトルを見て、改めて二人が俺の部屋に長い時間いることを実感していた時だ。

 花奏が新しいペッドボトルを手にした戻ってくるなり、俺に怪訝な眼差しを向けてきた。


「——陽人。何、あの冷蔵庫?」


「何、とは……?」


「エナドリだよ。どんだけストックしてんのさ」


「えっと……この前二箱補充したばかりだから、四十本ちょっとってところすかね」


 素直に答えれば、花奏は呆れ顔でため息を吐いた。


「買い過ぎでしょ」


「まとめ買いした方がちょっとだけお得なんで……」


「……まあ、いいや。エナドリはアタシもよく飲むし。それよりも……アンタ、いつもご飯どうしてんの? 冷蔵庫に食材全然入ってないんだけど」


 呆れたくなるのは分かるけど、もうちょっと表情を抑えてほしいな。

 俺のメンタル、ガラスで出来てるから。

 簡単に砕けちゃうから。


「い、いつもは、スーパーで買ったレトルトとかカップ麺とかゼリー飲料とかで済ましてるっす。……あっ、あとエナドリ——」


「エナドリはご飯じゃありません!」


「あ、はい。すみません……」


「一昨日もそうだったけど、今の食生活だといつか体壊しちゃうよ! 普段から時雨さんには注意されてるんでしょ!」


「うぐっ……!」


 全くもってその通りな正論なのでぐうの音も出ない。


 というか、なんで美玲がそのこと知ってんの?

 まあ、時雨さんから聞いたからなんだろうけど……あなた方、裏でどんだけやりとりしてんだよ。


 美玲はぷくーっと頬を膨らませ、腰に手を当ててながら俺を叱ると、スマホと財布だけを持って部屋を出て行こうとする。


「あの……美玲さん、どこに……?」


「スーパー! 今から食材買ってきます! 今晩、陽人くんには、ちゃんとしたご飯を食べてもらうからね! 花奏は調理器具と調味料何があるか確認しておいて!」


「はいはーい、いってらー」


 振り返ることなく答えると、そのまま外へと飛び出していった。


 荷物は置いてあるから戻ってくるだろうけど……え、どういう状況なんだ。

 怒られて部屋を出て行かれて、でもそれは食材を調達する為で……そんで俺にちゃんとした飯を食わせる、と。

 ……うん、全然現状の整理がつかないんだけど。


 上手く働かない思考回路をぐるぐると回していれば、隣で花奏がけらけらと笑っていた。


「良かったじゃん、陽人。これから美玲の手料理食べれるよ」


「……へ、今のそういう流れ、だったんすか?」


「そういう流れでしょ。逆にそれ以外に何があんの?」


 ……確かに落ち着いて考えてみればそうなるか。

 となると——もしかしなくても、これから滅茶苦茶貴重な体験をしようとしてるんじゃないか、俺。


 それならやっぱ明日、命日なっても全くおかしくねえぞ。

 けれど、最後の晩餐が学校一の美少女の手料理なら本望だ。


「しかしまあ、こんな陰キャの俺にも優しく接してくれるなんて、美玲さんってホント良い人っすよね」


「——本当にそう思う?」


「……え、違うん、すか?」


 てっきり同意が返ってくるとばかり思っていたものだから、花奏の予想外の反応に不安を覚える。

 一瞬にしてネガティブな思考に囚われそうになるが、それを拭うように花奏は小さく笑ってみせる。


「安心しなよ。別にあの子に裏の顔があるとかそういう話じゃないから」


「そう……なんすか」


「アタシが言いたいのはさ、誰にでもあんな風に接するわけじゃないよってこと。ああ見えて誰かを懐に入れたり、誰かの懐に入ったりするタイプじゃないんだよ、美玲は。だから、もっと自分に自信持ちなよ」


 ——自信、か。

 生憎そんなもんは持ち合わせていないんだよなあ。


 心の中で自嘲気味に呟けば、花奏は再びキッチンへと向かう。


「ちょっとここに何あるか見させてもらうよ。美玲に報告するから」


「あ、はい。ど、どうぞ」


 美玲が家に帰ってきたのは、それから三十分後のことだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る