第16話 お互いを知ろう
土曜日。
それは翌日に不安を抱えずに済み、学校の誰とも関わることもなく、家でドラムを叩きながらぐうたらと過ごせる最高の休日。
——いつもであれば、の話だが。
俺は今、間違いなく人生最大の緊張を迎えていた。
いやまあ、一昨日もこんな感じだったけど、今日の方が比じゃないくらいヤバい。
こんな短いスパンでピークが更新されるとか、連載終わりかけで強さがインフレしまくった少年マンガかよ。
おかげで朝から珍しく部屋の隅々まで掃除機かけて、念入りにトイレの掃除して、ついでに桟とかテーブルとかも拭いたりなんかして時間を潰しても気が紛れることはなく、エナドリ二本決めてもずっとそわそわして仕方がない。
なんで俺がこうなっているのか、理由は単純だ。
ふいにインターホンが鳴る。
心拍数がぐんと跳ね上がるのを感じつつ、通話を繋げれば、
『陽人くん、来たよー!』
スピーカー越しに聞こえてきたのは、美玲の爛漫な声だった。
——こういうことだ。
「い、今開けるっす……!」
オートロックを解除して通話を切る。
それから少し時間を置くと、今度は玄関にあるインターホンが押されたので、急いで移動して扉を開ける。
視界に映ったのは、私服姿の美玲と花奏だった。
それぞれ背負ったギターとベースのケースは、昨日のよりも厚みがあった。
「い、いらっしゃいっす。お二人とも」
「やっほー、陽人くん!」
「悪いね、陽人。昨日の今日で来ることになって」
「い、いえ……お構いなく。ど……どうぞ、上がってください」
早速、二人を部屋の中に案内する。
玄関と隣接したキッチンを通り過ぎ、リビングに入ってすぐのところにあるローテーブルの近くに座ってもらってから、俺はお茶を汲みにキッチンに戻った。
(はあ、どうしてこうなったんだか……)
用意しておいた麦茶を入念に洗ったコップに注ぎながら、本日n回目の自問をしてしまう。
二人が俺の家にやってきたのは、親睦会とやらを図るためだ。
昨日の俺の何気ない発言をきっかけに急遽開催が決定された。
つまり——原因は俺ですね、はい。
だとしても、陽キャの行動力高過ぎて怖過ぎなんだが。
思いついて即計画、実行に移すとかフットワークどうなってんだよ。
それと、なんで開催場所が俺の家になったかというと、
・外だと学校の人間に見られる可能性がある。
・美玲も花奏も住んでる場所が近場だからすぐに来れる。
・俺がここに住んでいることは、他の人には全くと言っていいほど知られていない。
・ついでにここ楽器可だから、好きに楽器を演奏できる。
とまあ、こんな感じに何かと都合が良かったからだった。
だからまあ、何というか俺の友達のいなさが逆に功を奏したというわけだ。
……うん、素直に喜べねえな。
少なくともこれで喜んだら人として負けな気がする。
「お待たせしましたー……」
気を取り直して三人分のお茶が入ったコップをトレイに乗せてリビングに運べば、美玲も花奏も部屋の端に置かれた楽器類を興味深そうに見つめていた。
「ありがとう! ねえ、これ全部陽人くんの?」
「あ……は、はい。一応、全部俺のっす」
「うわあ、凄い……! ドラマーの機材ってこんな感じなんだ!」
そう言って目を輝かせる美玲。
五段重ねのスチールラックに収納されているのは、スプラッシュやチャイナといったシンバル類やタンバリン、カウベルといったパーカッション系の楽器、それらをドラムに取り付ける為のアタッチメント類とか収納ケース諸々。
持ち運びが大変だから普段はそこで眠らせているが、対応できる楽曲を増やす為に揃えたものだ。
「……陽人、よくこれだけ集められたね」
「ま、まあ、中学の頃からコツコツと集めてたんで……」
「だとしても相当お金かかってるでしょ。そこの電子ドラムも含めて」
「……そうっすね。思い出すだけでちょっとお腹が痛くなる程度には」
少なくとも高校生のお小遣いだけで賄える金額ではないのは確かだ。
どこか心当たりがあるのか、美玲も花奏も「あー……」とどこか哀愁が漂う頷きを返していた。
やっぱり何の楽器にせよ、ガチるとガチるだけ機材にお金がかかってしまうのは共通の問題なんだな。
「それじゃあ、陽人くんはどうやってこれだけの機材を揃えたの?」
「えっと……お小遣いをどうにかこうにか遣り繰りしたり、それから……バ、バイトして揃えたっす」
「「え、バイト!!?」」
二人とも大きく目を見開き、見事に声がハモった。
あの……いくらなんでも驚き過ぎ&舐め過ぎでは?
確かにコミュ障だし陰キャだけど、一応これでもバイト経験あるんだぞ。
コミュ障だし陰キャだけど(※強調)。
「とはいっても、叔父さんの知り合いが経営する喫茶店すけど。そこの裏方でひたすら皿洗いとか清掃とか倉庫整理とかしてました」
「おー……見事に接客要素ゼロだ。……けど、よくそれが許されたね」
「こ、個人経営ってのもあるっすけど……適性的に裏方の方が向いてる、ってことでそっちメインになったっす」
「あー」
滅茶苦茶腑に落ちたような花奏の声。
そうなる気持ちは、もんのすご〜く分かるけど、もうちょっと表情に出すのは控えて欲しいかな、うん。
こうして、俺と美玲たち三人での親睦会が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます