第15話 黒鍵と白鍵
「……うん、良い感じじゃない!? これなら次のライブも問題なくイケるね!」
一通り合わせて演奏し、細かいところを詰め終わった後。
美玲が満足げな笑みを浮かべれば、花奏も同様の表情で頷いた。
「そうだね。芽依歌が抜けた時はどうなるかと思ったけど、もう大丈夫そう。後は美玲が本番で調子乗ってアドリブ入れ過ぎなければ、だけど」
「うっ! 出来るだけ善処はしまーす……」
「……陽人もこの調子で頼むよ。かなり良い感じだったからさ」
「あっ……う、うす」
あー、良かった……とりあえず花奏からもオーケー貰えて。
ひとまず胸を撫で下ろす。
……けど、これは確認しねえとだよな。
「あ、あの……花奏、さん」
「ん、何?」
「えっと、その……貰った楽譜とは違った感じに叩いちゃってたっすけど、そこら辺は大丈夫……すかね? ……って、今更聞くなって感じ、すけど」
恐る恐る訊ねる。
好き勝手に演奏されるのが嫌いなタイプっぽいし、それで怒られたくないから。
我ながら情けないとは自覚してるが、ここははっきりさせておかないと心配で夜もおちおち眠れなくなってしまう。
けれど、暫し間を置いてから花奏は、
「まあ確かに元のと比べて結構アレンジはされてたね。でも、いいんじゃない? アタシは陽人のドラムも良いと思うよ」
思っていたのとは違う答えを返した。
「……へ、マジ、すか?」
「なんでアンタが驚いてんのさ」
「あ、す、すみません……。てっきり止めろって言われるものかと」
「何それ」
ため息を吐くも、隣に視線をやれば色々と察したようだ。
「……別にアタシはアレンジ自体を否定しているわけじゃないよ。元の楽譜とか原曲が絶対とは思ってないし、歌にしろ楽器にしろプロのアーティストだってライブで演奏する時は原曲と違ったりする場合もあるわけだしね」
「言われれば、その通りっすね……」
エモくなるようにフレーズをちょっと弄る程度か、もう原曲と全然別物じゃねえかってレベルで魔改造されてたりと様々ではあるけど。
ちなみに良いか悪いかは別として、俺はこういう試みは嫌いじゃない。
「でしょ」
短く言って、花奏はギロリと美玲に視線を向ける。
「アタシが嫌なのは、ぶっつけ本番でいきなりアドリブして歌が変になったり中途半端な演奏をされること。それもサビとかギターソロとかじゃないよく分からないところで」
「てへっ☆」
「……ま、こんな感じに何度注意しても全く懲りないんだけどね、この子は。そういうことだから、予めアレンジする分には一向に構わないよ」
「う、うす……了解っす」
やっぱりギャルこわい。
内心思いつつ頷けば、花奏はストラップを外した。
「さてと、もうちょっとで時間だしそろそろ片付けるよ」
「そういえばなんすけど……お二人のバンド名って、なんですか?」
俺が疑問をぶつけたのは、精算後に店を出てすぐのことだ。
それに対して美玲が小首を傾げた。
「あれ、まだ教えてなかったっけ?」
「まだ聞いてないっすね。ウチのバンドとしか」
「……あ、そういえばそうだったね」
もしかしたら文化祭で耳にしたかもしれないけど、残念ながら記憶にない。
あの時は曲だけ聴いて速攻で体育館を離れたしな。
「バンド名は『エボニー&アイボリー』だよ。わたしのギターと花奏のベースが由来なんだって」
「へえ、良い名前っすね」
……なるほど、
確かに真っ黒なベースと真っ白なギターを並べれば連想できなくもない。
しかし、同時に一つの疑念点も浮かんでくる。
——でもそれ、ドラム仲間外れにされてない?
今ならそれが丁度良いけど、元々スリーピースだったのにその名前はどうなんだ。
さっきの言い方的に美玲が付けたってわけではなさそうだけど。
「ちなみに、それって誰が名前を決めたんですか?」
だからそれとなくだれが命名者なのか訊ねれば、花奏がそれに答えてくれた。
「脱退したドラムだよ。さっき美玲も言ったけど、アタシらの楽器から連想してつけたみたい。とは言ってもドラムの要素がゼロだったから、アタシも美玲も別のを提案したんだけど何故か断固拒否されて、最終的にこれになったって感じ」
「そう、だったんすね。えーと……なんというか、言葉の選択肢を間違えてるかもすけど……随分と変わった人っすね」
自分の要素だけを排除したバンド名をつけるとかあんま聞かないぞ。
言えば、美玲が笑いながらうんうんと首肯してみせた。
「だよね〜。陽人くんもそう思うでしょ。かなり頭が良くてドラムも凄く上手くて、おまけにとっても可愛かったんだけど、いつもほわほわと抜けたところがあって変わった子だったんだよね。ウチの元ドラムは」
「けど、考えなしに行動するようなタイプじゃなかったから、もしかしたらこうなることを最初から予期してたのかもね」
「それって、抜けることを……すか?」
補足を加えた花奏に訊ねれば、
「あくまでかもしれないってだけの話だけど。……だからまあ、次のドラムが見つかるまではこのバンド名で行くつもり。あの子のちょっとした置き土産みたいなものだしね」
できることなら残したいけどね、と続けて駅の方へと歩き始めた。
「今更だけど俺、このバンドのこと何も知らねえんだな……」
誰にいうでもなくぼそりと呟く。
すると、隣で美玲が何か思い立ったようにぱんと手を叩いた。
それから俺ににっこりと笑顔を向けた。
「——そうだ! 明日、三人で親睦会をしようよ!」
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