第14話 初めての音合わせ

 スタジオ内に入り、各々機材のセッティングを始める。

 俺は備え付けのシングルペダルから持ち込んだツインペダルに取り替え、左足側の位置を調整しながら両足で踏み鳴らしてみる。

 傍らで見ていた美玲がぱちぱちと拍手していた。


「お〜、すごい! バスドラがドコドコ鳴ってる!」


「ま、まあ、ツインペダルっすから……」


「あはは、確かに。なにかメタル系のビートとか叩けたりするの?」


「い、一応は……メタル聴きまくってた時期もあるので」


 軽いウォーミングアップも兼ねて実践してみる。

 BPM210の超ハイテンポでのバスを乱打。

 こいつは最後までずっとキープだ。


 二小節後、両手それぞれでタムで六拍子入れてから高速の2ビート。

 ライドシンバルでビートを刻み、四小節目の終わりにスネアでフィルを入れてからオープンハットに切り替える。

 そして、更に四小節後に三拍空けてスネアを二発入れてからブレイクし、最後にバスとスネアとクラッシュと同時に二発鳴らしてフィニッシュしてみせた。


「こ、こんな感じ……っす」


 流石にいきなりこれは煩かったか……?

 今更ながら浅慮だったことを反省しつつ二人の様子を窺えば、美玲も花奏もポカンと口を開けて俺を見ていた。


「すご……陽人くん、全然メタルいけるじゃん!!」


「……うっま。ちょっと想像してた以上なんだけど。美玲、よくこのレベルの人を見つけてきたね」


「えへへ、でしょでしょ! なんたってここの店長さんのお墨付きだからね!」


 ぐっと親指を立てる美玲。

 すると、花奏はカーディガンを脱ぎ、スクールバッグからヘアゴムを取り出す。

 背中まで伸びた金髪を後頭部辺りで括って、ポニーテールにしてみせた。


「——これは、こっちも気合を入れてやらないとね」


 それから木目がうっすらと見える真っ黒なボディをしたプレシジョンベースを手に取り、ストラップを肩にかけると、早速指弾きでベースを演奏してみせる。

 運指こそシンプルだが、さっきの俺のドラムと同じくらいかなり速いテンポで弾いており、にも関わらずリズムが全くぶれることなく音の粒も揃っていて、加えてプレベ特有の骨太なサウンドが相俟って聴いていて凄く心地いい。


 これだけでベースがクソ上手いのが伝わってくる。

 流石、美玲の相方を務めているだけある。


「……うん、こっちもいつでも合わせられるよ。美玲はどう?」


「ん〜、ちょっと待ってね」


 言って、美玲も高音で切れ味の鋭い高速リフを弾き倒す。

 相変わらずエグいテクで、こっちも聴いていて気持ちよくなるサウンドだ。


「よし、オッケー! それじゃあ、早速合わせてみよっか。最初は何からやる?」


「ライブでやる順番でいいんじゃない?」


「じゃあ、『青へ走れ』からだね。陽人くんもそれでいい?」


「だ、大丈夫っす」


 答えれば、俺にカウントを委ねられる。

 深呼吸をしてからハイハットで4カウント刻めば、それぞれのサウンドがぶつかり合う。


 オーバードライブを噛ませることで自然で軽い歪みがかかったギター。

 ゴリゴリの低音ながらも曲の土台となるよう敢えてシンプルなフレーズにまとめられたベース。

 それと俺の疾走感のある4ビートから始まるイントロ。


 自分で叩いておいてなんだが、俺とは全く縁のない明るい曲調だ。


 まあ、青春を題材にしてる曲だから当然なんだけど。


 Aメロに入ればギターもベースもクリーンなサウンドに切り替わり、それに合わせてハイハットをクローズさせて8ビートを刻む。

 美玲のパワフルで芯の通った明るい歌声が室内に響く。

 間近で聴くと改めて歌唱力の高さを実感させられる。

 それと時折入る花奏のコーラスは透明感があって、美玲の歌声をより引き立てていた。


 つーか、花奏も歌くっそ上手いな。

 普通にメインボーカルでもいけると思うし、しっとりめの曲とかなら花奏がメイン張った方が合ってるんじゃないか。


 ——しかし、美玲とは色々と対照的だな。


 花奏の演奏を観察しながら思う。


 黒髪で真っ白なギターと金髪で真っ黒なベースとヴィジュアル的な面もそうだが、それよりも演奏スタイルが大きく違う。

 美玲はテクニカルで感情的な自分が前に出ること前提とした演奏を重視してるが、花奏は逆にシンプルで機械的な曲全体を支える献身的な演奏をしているという印象がある。


 でも、どっちも音に迷いがなくて自信に満ちている。

 なんというか、ちゃんと自分のスタイルを確立してるって感じだった。


(……ああ、こういうぶつかり合いもあるんだな)


 一見、花奏のベースにはエゴや自己主張がないように感じる。

 だが実際は、その逆だ。

 何があっても動じない風林火山の”山”を体現したかのようなどっしりとした演奏。

 そして、メンバーの気が弛まぬよう場の空気をシメるのが花奏の演奏スタイルだ。


 ——自然と身が引き締まる。

 けれど嫌な拘束感はなく、逆に程よい緊張がもっと良い演奏をしろと発破をかけてくれるようだった。


 感情と理性の狭間——自由と不自由さの葛藤。

 互いのエゴの衝突によって化学反応が引き起こされていく。


 今になって初めてバンドの面白みが何なのかを理解できた気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る