第13話 もう一人の
教室に着いてから放課後まではいつもと同じ流れだ。
誰とも話すことなく授業を受けて、一人でヘビロテしてるバンドの曲聴きながら昼飯食って、午後もまた一言も発することなく授業を受けて——そして、放課後になると同時に速攻で帰宅して、荷物を取り替えてから改めて『Lilac』に向かう。
練習が始まるのは五時からで、現在の時刻は四時半を回ったあたりだった。
これならゆっくり行っても余裕で間に合う。
というわけでのんびりと歩いていた途中だった。
「——ねえ、ちょっといい?」
道すがら、物静かそうな印象の金髪ギャルに声をかけられた。
背中にはギター……いやベースが入ってるであろうケースを背負い、ハード製のエフェクターボードを手に下げている。
オーバーサイズなベージュのカーディガンで分かりずらいが、着ている制服はここらじゃ見ないものだ。
どこか既視感があるような気がしなくもないが、そんなことはどうでもいい。
超絶怖いんですけど……。
ギャルとかヤンキーに次ぐ陰キャの天敵だぞ。
けど、顔に出したら締められそうだし、ここは努めて冷静に——、
「……お、俺っすか?」
訊き返す。
自分でも情けないと思うような若干裏返った声で。
そんな情けなさMAXな俺に対して金髪ギャルは、いかにも聞く人をミスったかと言いたげに眉を顰めたが、すぐに表情を戻した。
「……うん、そう。ちょっと道を聞きたいんだけどさ。いいかな?」
「は、はあ……ななな、なんでしょう、か」
「『Lilac』って音楽スタジオ探してるんだけど……知ってる?」
格好から何となく想像はついてたが、やっぱり『Lilac』に行こうとしてたか。
でも道に迷ってるあたり、行くのは今回が初めてっぽいな。
だったら分からないのも仕方ないか。
あそこパッと見だと普通の一軒家だしな。
——中身はゴリゴリ改造されてるけど。
内心苦笑しつつ、『Lilac』がある方向を指差して答える。
「えっと、『Lilac』なら、こっちにあるっすけど……その、丁度俺もそこに行くところなんで良かったら付いてきます?」
「そうなんだ。じゃあ、お言葉に甘えて……って、その制服——」
「……あの、どうかしました?」
「——ううん、なんでもない。着けば分かることだし。それじゃ、案内よろしくお願いします」
言うと、金髪ギャルは俺から三歩下がった辺りに立ってスマホを弄り始めた。
(……うん、警戒されてるな)
でも、当然の行動だとは思う。
だって、見ず知らずの人間に後出しで一緒に行くかと提案されて警戒するなって方が無理があるし。
少なくともこちらが気を立てるようなことではないのは確かだ。
それに、俺みたいなコミュ障としては逆に好都合ではある。
受け答えするのも、自分から話振るのもマジ無理だから、なんか下手に気を使われて気まずい雰囲気になるよりは、会話しませんよオーラを前面に出された方がかなり気が楽だ。
それから一言も会話を交わすことなく『Lilac』に辿り着けば、先に到着してた美玲が周囲を見回しながら店の前に立っていた。
直後、後ろで金髪ギャルが声を発した。
「あ、美玲」
「……え、知り合い?」
思わぬ事実につい素っ頓狂な声を上げれば、同じタイミングも目を丸くしながらこちらに駆け寄ってきた。
「あーっ! やっぱり花奏を案内してたの陽人くんだったー!」
「やっぱりって……じゃあ、この人がサポートで入ったっていう——」
「うん、ドラムの陽人くんだよ!」
「……堀川陽人っす。次のライブでサポート入らせてもらいます。よろしくっす」
会釈すれば、同様に会釈が返ってくる。
「ベースの
あー、既視感の正体はこれだったか。
遠目だったからはっきりと憶えてなかっただけで、去年の文化祭で見てたんだ。
だから向こうも俺の制服を見て何か言いたげにしてたってわけか。
「……よし、お互い挨拶も済んだことだし、早速音合わせしてみよっか! 時雨さんからもう中に入って良いよって許可は貰ってあるからさ」
入っていいって……まだ時間まで十五分以上あるんだけど。
部屋が空いてるからなんだろうけど、時雨さん、美玲に甘過ぎじゃねえか?
……ま、別にいいけど。
早く入れる分に困ることはないし。
ほらほら早くー、と手招きしてスタジオに入っていく美玲に続こうとした時だ。
「——あの、さっきはごめん。こっちから道を訊いておいて愛想悪くして」
日向が頭を下げてきた。
「へっ? あ、いや……いいっすよ。何も気にしてないんで。さっきのも一種の自己防衛みたいなもん……っすよね?」
「まあ、そうではあるけど……」
「なら、何の問題もないっす。それよりも早く行きましょうか、日向さん」
「……うん。それと花奏でいいよ。アタシも陽人って呼ぶからさ」
「あっ、う……うす」
頷けば、花奏はふっと微笑んでスタジオの中へ入っていった。
俺もその後に続きながら、ギャルって意外と怖い存在ではないのかも——なんて考えを改めるのだった。
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