第12話 秘密の関係

 パック飯とレトルトカレー、それとビタミン系のゼリー飲料を食ってから速攻で十時間くらいガッツリ寝たら、何事もなく体調は回復していた。

 やはり単純に飯を食わな過ぎたのと睡眠不足が体調不良の原因だったようだ。


 今後は飯をエナドリだけで済ますのは止めよう。

 あとエナドリは一日一本までにしよう。


 などとヘヴィスモーカーがn回目のタバコを止めるくらいの並々ならぬ固い決意(※特に後者)をしながら学校に行く準備をしていると、スマホが着信音を鳴らす。




美玲:おはよう陽人くん!

   体調は良くなった?




「おかげさまで問題ないです、と」


 返信すれば、程なくしてウサギがほっと一息つくスタンプが送られてきた。




美玲:それなら今日の音合わせ大丈夫そうだね!

   でも無理はしちゃダメだからね


堀川:ご心配おかけしました


美玲:そんなに畏まらなくていいって笑

   じゃあ、また学校でね!




 ああ、こんな風に気軽にメッセージのやり取りするなんて友達みてえ……いや、ちゃんと友達なのか。

 ——なんか、全然実感が湧かないな。


 高校入ってから一年経ってようやく作れた最初の友人が学校一の美少女とか話が出来過ぎだろ。

 それも学校外——しかも二日連続——で二人きりになってるし。

 多分、誇張抜きで今が俺の高校生活のピークなのだろう。


「……つっても、この関係もあと数日で終わるけど」


 今度のライブが終われば、俺と美玲との接点は無くなる。

 サポートで参加するの今回だけだしな。

 そしたら、再びぼっち生活に逆戻りだ。


 まあ別にそれはいいけど。

 実際、今がイレギュラーなだけだし。


 そんなことよりも、気にするべきは今日の音合わせだ。

 初対面のベースの人を交えて三人で演奏……ある意味、こっちの方が緊張する。


 だって女子二人(しかも方や超絶美少女)に挟まれるんだぞ。

 こんなん陰キャとかコミュ障関係なしに緊張しない方がおかしいだろ。


 女子慣れしたモテ男だったら話は別だけど、常識的に考えれば寧ろそっちの方が外れ値だろう。

 などと言い訳じみたことを考えつつ、電子ドラムからキックペダルを取り外す。


「……本格的に合わせるんだったら持ってた方がいいよな」


 赤いアンダープレートが特徴的なDW製のツインペダル。

 それをセミハードケースに収納し、玄関に置いておく。

 ついでにスティックケースも。


「面倒だけど、学校が終わったダッシュだな」


 学校に持って行った方が楽だけど、スティックケースはともかくとしてペダルなんか持って行ったら変に注目を集めてしまう。

 行ったり来たりで移動は手間だが、今日は一度家に帰って学校の荷物を置いてからスタジオに向かうとしよう。






   *     *     *






 学校に着いて、昇降口で靴を履き替えていると、


「おはよ、陽人くん」


 唐突に声を掛けられ、びくりと体を震わせてしまう。

 それから声のした方向に視線をやれば、美玲が隣で俺と同じように靴を履き替えていた。


「っ!!? ……おはよう、ございます——美玲さん」


 本人にだけ聞こえるくらいの声量で返せば、美玲はにっと笑みを浮かべた。


「あはは、びっくりし過ぎだよ。でも……うん、この様子ならちゃんと大丈夫そうだね。体調戻って良かったよ」


「……まあ、なんとか。昨日はありがとうございました」


「いえいえ、どうしたしまして。じゃ、また放課後ね」


 内履きに履き替えると、美玲は颯爽と教室へと向かって行った。

 それに少し遅れる形で俺もゆっくりと教室に向かう。


「はあ……マジでびっくりした」


 まさか学校で話しかけられるなんて微塵も思ってなかったものだから、ちょっと心臓飛び出しそうになったんだけど。


 バクバク高鳴る心臓を落ち着けながら廊下を歩く。

 行き交う生徒の注目は美玲にばかり集まっているが、対照に俺には誰も見向きもしていない。

 この感じだとさっきの会話は誰にも気づかれてないみたいだ。


 ——まあ、靴を履き替えてた時、俺らの近くには誰もいなかったし、俺も美玲も声量を抑えていたから当然っちゃ当然か。


 でも誰からも気づかれずに済んで良かった。

 もし俺と美玲が親しげに話しているところを見られでもしたら、面倒ごと——主に野郎からのやっかみとか——になるのは目に見えているからな。

 向こうとしてもそうなる可能性を危惧してたからこそ、こっそり話しかけてくれたのだろう。


 だから学校内ではなるべく接触を避けたいというのが本音だが……かと言ってそんなに悪い気もしていない。

 家でのメッセージのやりとりも含めてなんというか秘密を共有してる感じがして、ちょっとした優越感(?)みたいなのが芽生えてくるし。


「……いや、キモいな」


 流石にこの考えはキモすぎる。

 モテない奴の痛々しい思考だ。


 これしきのことで驕るんじゃねえよ、と自分に言い聞かせて教室に入った。

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