第30話 スタジオ以外でも、きみと

「ずっと浮かない顔だね、陽人くん」


 スタジオでの自主練後。

 外に出たところで美玲が俺の顔を覗き込みながら訊ねてきた。


「へ……そんな顔してました?」


「うん。さっきまではそんなことなかったけど、学校いる時からずーっと。……やっぱり、体育祭の種目と席替えが原因だったり?」


「……まあ、そうっすね。明日もまたあの無言の圧を受けなきゃならないのかって思うとちょっと憂鬱で」


 隠しても仕方ないから正直に答える。


 席が替わってから男子連中からずっと「なんでお前が美玲の隣で相棒役なんだよ」と言わんばかりに敵意剥き出しの視線をぶつけられまくっていた。

 少なくとも体育祭が終わって次の席替えが発生するまでの間、あれが続くかと思うと流石に気が滅入るというものだ。


「といっても、どっちも不可抗力だったから仕方ないっすけどね」


 席に関しては担任命令だし、出場種目に関しても俺が意図したことではない。

 余り物でいいやと思って大人しくしていたら、いつの間にか残った出場種目をくじ引きでで決める流れとなり、結果として美玲共々そこに枠を入れられていた。

 だから、誰が悪いというわけではない。


 もし恨むとすれば、己の天運くらいなものか。

 ここ一番のところで最悪……違うな、最高の上振れをしてしまったからこそ、身に余る贅沢極まりない悩みを抱えてしまっていた。


 もしくは、絶好のチャンスをみすみす逃した連中の運のなさを嘆くべきか。

 どちらにせよ、俺にも美玲にも特に非はないはずだ。


 そんなことを思っていれば、美玲は後ろめたそうに目を伏せる。


「……なんかごめんね。わたしのせいで迷惑かけちゃって」


 普通の人なら嫌味でしかない発言だが、美玲の場合は別だ。

 自身の持つ影響力をちゃんと把握しているからこそ出た謝罪だった。


「え、いや、その……美玲さんが謝る必要はないっすよ。今のところはっすけど、実害がない分、中学の時よりはずっとマシですし」


 あの頃は男女関係なくハブられてからな。

 それと比べれば、今の状況はまだ可愛いものだ。


「それに——美玲さんがいてくれる限り、もう最悪になることはないっすから」


「陽人くん……」


「まあ、出来れば平穏に過ごすのが一番っすけど」


 空笑いを浮かべれば、美玲の表情から翳りが消えた。

 それから、いつもの明るい笑みを讃えて悪戯っぽく言う。


「ふむふむ……つまるところ陽人くんは、わたしさえいれば他には何もいらないってことだね!」


「ぶふっ!? な、なんでそうなるんすか……!」


 ヤンデレの思考かよ。

 俺の素っ頓狂な反応に美玲は、無邪気に声を立てて笑う。


「あはは、冗談だよ。……でも、ありがと。きみがそう言ってくれたおかげで、わたしも気が楽になったよ」


 それから、にっこりと唇を撓ませて続ける。


「——じゃあ、もう周りの目を気にしなくてもいいよね」


「……ん? それってどういうこと——」


 俺が言い切るよりも前に、


「ふふっ、内緒っ! また明日学校でね!」


 美玲は会話を切り上げ、手を振りながらこの場を去っていった。


「……なんだったんだ?」


 一人取り残された後、美玲の言葉の意味を考える。

 でも何も思い至らなかったので、気にせず俺も家に帰ることにした。






   *     *     *






 翌朝、教室に入ってから新しくなった席へと向かう。

 できるだけ存在感を消して歩いたつもりだったが、席につく頃には否応なしに周りの男子から視線を向けられる。


 敵意は感じるが、害意は感じない。

 この程度なら多少不快なだけで気にする程度ではない。

 大人しくしていれば、徐々に空気と化すだろう。


 ちなみに、まだ美玲の姿はない。

 なのにこんなにも周囲の視線が集まるのは、それだけこの席に注意が向けられている現れか。


(……そんなに警戒しないでもいいのに)


 俺如きに美玲をどうこうできるわけないだろ。

 ライバル扱いするだけ無駄だって。


 内心、呟いていれば、


「おはよー!」


 美玲が教室の中に入ってくる。

 途端、男連中の視線が俺から美玲に一斉に移り変わる。


 近くにいた女子と挨拶を交わしながら足早に自分の席につくと、俺の方を振り向いて満面の笑顔を咲かせてみせた。


 ——あ、これまずいやつ……。


 気づいた時には時既に遅し。


「おはよ、くん!」


「え、あ……おは、ざます」


 瞬間、何人かの敵意が殺意に変わったような気がした。

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