第31話 それと比べれば些事だから

「堀川、一体どういうことだよ」


 案の定というべきか。

 移動教室で別の教室に移動する途中、人気の少ない場所で待ち構えていたクラスの男子数人に詰め寄られた。


「えっと……どういうこと、とは?」


「とぼけんな。なんでいきなり北嶋さんと仲良くなってんだよ。お前、北嶋さんから下の名前で呼ばれてたろ」


「なんでって、言われましても……」


 バンド仲間って言うわけにはいかないしなあ。

 そうなるとシャチ頭=俺ってことが完全にバレてしまう。

 出来る限り——欲を言うなら高校生活の間は——その事実は隠しておきたい。


 とはいえ、適当にはぐらかしても納得してくれそうにないよな。


 そもそも俺のゴミみたいなトークスキルじゃ無理だ。

 だとしても、凪のような平穏な生活を維持する為にもどうにか釈明しなければ。


 ——うーん、どうしたもんか……。


 時間にして数秒足らず。

 けれど、熟考を重ねた末、


「……多分、北嶋さんが良い人だから、じゃないすかね」


 苦し紛れの弁明。

 これで納得してもらえるとは思ってないが、今はこれでゴリ押すしかない。


「じゃなきゃ、俺みたいな奴が北嶋さんと話をすることなんて……お、恐れ多くてできないっすよ」


 反応を窺えば、数秒後。


「……だよなー! 実際のところはそうじゃないかと思ってたんだよ。悪かったな、堀川。いきなり変なこと聞いちまって」


「そうだな、堀川は自分の運に感謝しろよ! ……あーあ、ってことは、昨日くじの引きが良ければ、北嶋さんとお近づきになれたのは俺だったってことか。くそー!」


「まあまあ、謎が解けただけいいんじゃね? つまり、俺らにもまだチャンスがあるってことだし。んなことより、さっさと行こうぜ。もたもたしてっと授業が始まっちまう」


 思いの外、あっさりと俺の言葉を信じてくれた。

 安堵が混じった笑顔を表情をこちらに向けてから、男子たちは口々に言いながら俺から早足で離れていった。


「……ふう、なんとかなったか」


 何事もなくやり過ごせたことに胸を撫で下ろす。

 一先ずではあるが、とりあえずこれで俺が変に警戒されることはないだろう。


 代償になんか舐め腐られてしまったけど、まあこれくらいならいいか。

 俺程度の人間が美玲とどうこうなれるわけがないってのは事実だし。


 簡単に信じてくれたのも、俺が大した脅威になり得ないと踏んだからだろう。

 彼らが俺に向ける眼差しと言葉の端々からそんな意図が感じ取れた。


 それに俺としても、歯牙にも掛けないくらいに思われていた方が気楽でいい。


 そう思った時だ。


「——申し訳ないけど、ノーチャンスだよ」


 後ろから聞こえたのは、呆れを含んだ声。

 振り向けば、美玲が男子たちの背中を半眼で眺めながら、やれやれと肩を竦めていた。


「あれ、美玲さん。先に行ってませんでした?」


 確か教室を出たのは俺が最後だったはず。


「そうなんだけど、ちょっと寄るとこがあったから。それより……今の言い方はないよね。陽人くんにすごく失礼だよ」


「……聞いてたんすね。さっきの」


「聞こえた、が正しいかな。陽人くん以外、みんな大きな声で喋ってたから」


 結果として聞き耳を立ててしまったって感じか。

 人気がない分、声も通りやすいしな、ここ。


「……ところで、美玲さん。ノーチャンスってどういう——」


「言葉通りだよ。大事な友達を馬鹿にするような人とは、付き合い以上に仲良くなれませんってこと」


「友達……」


 ——本当にそう思ってくれてたのか。

 信じていないわけじゃなかったが、改めて言葉にされるとちょっとむず痒くなる。


「——でもさ、元を辿れば、こうなった原因はわたしにあるんだよね」


 しかし、ぼそりと一言。

 美玲は苦々しそうに微笑む。


「……美玲さん?」


「ごめんね、陽人くん。実を言うとさ、こうなるかもって考えてなかったわけじゃないんだ。でも、スタジオだけじゃなくて学校でも陽人くんと話したりしたくて、きみの好意に甘えちゃった。……本当にごめん、嫌な思いさせちゃったよね」


 ……なるほど、理解した。

 というか、ちゃんとそういう自覚はあったんだな。


 だけど——、


「……別に謝る必要はないっすよ。この程度であれば大して気にならないんで」


 昨日も言ったが、中学の頃と比べれば全然マシだし。

 ついでに言うと、仮に今よりも面倒なことになったとしても、俺が美玲を恨んだりすることはないと断言できる。


「それに美玲さんには色々と恩があるっすから。そのことを思えば、さっきみたいな面倒ごとなんて些事でしかないっす。だから……遠慮なんてしないでください。それが俺の希望っす」


 面と向かって言えば、美玲は何度か口を開きかけて、にこりと笑った。

 いつもの明るい笑顔。


 ——うん、やっぱり美玲にはその顔が似合ってる。


「……うん、分かったよ。後からやっぱりヤダなんて言わないでよね」


「うす、二言はないっす」


「よし、じゃあ二人三脚の練習しながら行こっか! 何も結ぶものないからイメトレでだけど」


「え?」


 いくらなんでも唐突過ぎない?

 それにもうすぐで次の授業始まるぞ。


「今、二言はないって言ったよね? ほらほら、急いで!」


「う、うす……」


 言ってしまった手前、流されるまま俺は美玲と歩調を合わせる。

 流石に安易に発言し過ぎたかと反省したが、楽しそうに歩く美玲の横顔を見れば、それも些事だと思えた。

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