第28話 小さくて大きな変化
学生ライブから早くも十日が過ぎた。
あれから俺は、相変わらずの生活を送っていた。
ずっと教室の隅でひっそりと息を潜め、昼休みは最近ハマったプログレ系のバンドの曲聴きながら、購買で買った菓子パンでぼっち飯決めて、放課後になったら即帰宅か『Lilac』に寄るだけの日々。
見事なまでの全日ぼっち・the・ライフだ。
あの日、俺がシャチの被り物を被ってライブに出ていたことは、誰一人として気づいていない。
ライブがあった翌日、見に来てくれていたクラスメイトの間で謎のシャチ頭が話題に挙がっていたが、俺の名前が掠ることはなかった。
まあ、俺としては知られなくていいんだけど。
というか逆にこのまま知られないで欲しいまである。
バレたら羞恥心で死にたくなるから……!
けれど、ちょっとだけ変わったこともある。
——つっても、学校の中ではなくて
放課後、一旦家に帰って、玄関に置いておいたツインペダルとスプラッシュシンバルを回収してから『Lilac』へと向かう。
家から歩くことおよそ十分。
店の中に入れば、時雨さんがカウンターからひらひらと手を振ってきた。
「あ、陽ちゃん。いらっしゃ〜い」
「どもっす、時雨さん」
ぺこりと頭を下げれば、
「もう部屋は空いてるから、もう好きに使って大丈夫だよ」
「あざます。今日も時間前から使わせてもらってすみません」
「いいっていいって。今回は使ってるお客さんいないし、私と陽ちゃんの仲でしょ。それに……好きなんだよね、ここからあの子のギターを聴くの」
微かに漏れ出るギターの音色に耳を澄ませながら時雨さんは言う。
防音室からは聞き覚えのあるサウンドが聴こえてきた。
「そういう訳だから、陽ちゃんも気にせず使っちゃってよ」
「……うす、恩に着ます」
改めて一礼してから、俺はいつもの部屋へと移動する。
扉を開ければ、アンプで増幅されたギターの音色が飛び込んできた。
軽快でキレのあるサウンド。
真っ白なテレキャスターで楽しげに掻き鳴らしていた主が俺に気づくや否や、ぱあっと笑顔を咲かせてみせた。
「あっ、陽人くん!」
「すみません、来るのが遅くなって」
「ううん、わたしもさっき来たところだから気にしないで!」
「う、うす……」
——これがライブ以降、俺に起きた小さな変化。
別々に部屋を予約するよりもこっちの方が色々と都合が良いからと、美玲の提案で自主練でも一緒にスタジオに入るようになった。
最初は近くに誰かがいる状態で練習することに違和感を感じていたが、次第に何も気にせずに黙々と練習に打ち込めるようになっていた。
全く慣れというのは、本当に恐ろしいものだ。
持ってきたシンバルとツインペダルをドラムセットに組み込みながら、俺は美玲に訊ねる。
「……そういえば、今日は花奏さんは来るんでしたっけ?」
「うん、もうちょっとしたら到着するって。だから今日は、次のライブでやる曲を合わせてみるよ。曲は覚えてきてるよね?」
「バッチリっす。いつでもやれますよ」
「流石!」
ぐっと親指を立てれば、美玲はキラキラと目を輝かせ、
「じゃあさ、じゃあさ! 花奏が来るまでの間、ちょっとセッションしない?」
「セッション、すか?」
「うん! 軽いウォーミングアップを兼ねてさ。ね、どうかな?」
「……いいっすよ。それで、今回はどんな感じでやりますか?」
「ん〜……昔のハードロック系?」
「えらく大雑把っすね……」
しかも疑問系だし。
でもまあ、やってみればどうにかなるか。
セッティングを終え、ドラムスローンに腰掛ける。
スナッピーを張り、最後に全体的な位置調整をしてから、
「テンポは俺が適当に決めるっすよ」
「ばっちこい!」
「じゃあ、いきます——!」
深く息を吸い、ドラムスティックを振るう。
二、三人入るだけで手狭に感じる五畳にも満たない一室。
俺のドラムと美玲のギターが互いのエネルギーをぶつけながら重なり合う。
————————————
短いですが、これにて第一章終了です。
漠然とですが「ラブコメに挑戦したいなー」って考えていたのと最近、某野球作品を見て「青春もの書きたいなー」の二つが合わさったことで突発的に書き始めた拙作ですが、ここまでたくさんの人に読んで頂けて感謝でいっぱいです。
この場を借りてお礼を言わせてください。
本当にありがとうございました……!
二章からは、もう少し恋愛要素を入れていけたらなーって思ってますので、今後もお付き合いいただけたら嬉しいです。
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