第20話 できることなら
「……うっま!」
完成されたカツカレーを一口頬張れば、自然と声が漏れ出た。
そんな俺を見て、美玲も花奏も柔らかく笑みを湛えた。
「美玲さんも花奏さんも、楽器だけじゃなくて料理も上手なんすね」
「別にアタシはちょっと手伝ったくらいだよ。本当に上手いのは美玲」
「えへへ、照れますなあ。……でも、これくらいなら陽人くんでも作れるよ。カレーなんて具材を切って、炒めて、煮込んで最後にルーを溶かすくらいだからさ」
「それすらまともに出来ないのが料理下手ってやつなんすよ……」
それに美味い味付けができるだけが料理の上手さじゃないだろうし。
例えば見ろよ、このじゃがいも。
綺麗に皮が剥かれた状態で一口サイズに切り揃えてあるぜ。
家にピーラーすら置いてないのに。
つまり、包丁を使って綺麗に剥いたってことだ。
俺が真似したら確実に五回は指切っちまうぞ。
「大丈夫、やり方覚えて練習すればちゃんとできるようになるって。ギターやドラムと一緒だよ」
「……そんなもの、すかね」
「そんなものだよ。プロレベル……とまではいかなくても、絶対に一人でもご飯が作れるようになる。わたしが保証するよ!」
「は、はあ……」
どうだかな。
思いつつも、黙々とカレーを食べ進める。
——マジで美味過ぎるぞ、このカレー。
ここ暫くまともな料理を食ってなかった反動もあるだろうけど、それ抜きにしてもどんどんスプーンが進み、あっという間に一皿食い切ってしまう。
なのに、まだまだ食いたいと思えるほどに胃袋に余裕があるというか、食べ足りないと感じてしまっていた。
可能ならおかわりがあれば貰いたいところだが、作ってもないのにそんなにがっついてしまってもいいのだろうか。
おかわりを申し出るかどうか迷っていると、美玲がにこにこと訊ねてくる。
「陽人くん、おかわりいる?」
「え、あ、えっと……」
「遠慮しないで! カツはもうないけど、ご飯はまだまだ残ってるからさ。まだ食べれそうだったら、ぜひ食べてほしいなあ」
「……じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて」
なんだか押し切られるような形にはなったが、お願いします、と空になった皿を差し出す。
美玲は嬉しそうにそれを受け取ると、軽い足取りでキッチンへと歩いていった。
その様子を見送っていれば、花奏が俺を見てにやりと笑っていた。
「陽人、良い食べっぷりじゃん」
「そう、すかね……」
「傍から見てたらそうだよ。あれだけ美味しそうに食べられたら、作った側としては冥利に尽きるだろうね」
「……あの、それを言ったら、花奏さんもでは?」
「アタシは違うってば。さっきも言ったけどアタシがしたのは、ちょこっと美玲の手伝いをしたくらい。大事なところをやったのは全部美玲だよ」
だから作ったのは美玲一人、と念を押すように続けて言う。
俺としては二人が作ってくれた認識なのだが、花奏としてはそうではないらしい。
そこまで頑なに否定しなくもいいのに、などと思っていれば、
「——あのさ、陽人。一つ相談があるんだけどさ」
ふと花奏が真剣な声音で口を開く。
「な、なんでしょうか……?」
「今後もアタシらのサポートドラム続ける気はない?」
「……へ」
思ってもなかった提案に、思考が固まる。
俺が……続投?
「今回だけとは美玲から聞いてるけどさ。正直なところ、陽人ほどのドラマーがそう簡単に見つかるとは思えないんだよね。ただでさえドラマーって他の楽器と比べて人口が少ないんだから」
「そ、そうみたいっすね……」
ドラマー人口少ない問題は、バンドマンあるあるとは聞く。
やっぱみんなギターとかボーカルみたいに前に出て目立ちたいんだろう。
バンドやる人間なんて多かれ少なかれ承認欲求はそれなりにあるはずだし。
でも、二人ならなんだかんだで新しいドラマーを見つけられるとは思うけどな。
それに——、
「……でも、男の俺がいつまでもサポートってどうなんすかね」
「あー、そこは気にしなくてもいいよ。前は結果的にガールズやってただけで男だ女だとかは特にこだわり無いから。ちゃんと技術があってある程度人間性に問題がなければ、アタシは別にどっちでもいいかな」
「そ、そうなんすね……」
「……ま、明日までにそこら辺考えておいてよ。やる気がないならそれで構わないからさ。なんであれ陽人の判断に任せるよ」
「……う、うす」
短く答えたところで、
「おまたせー!」
美玲がカレーを山盛りにして持って戻ってきた。
……えっと、今からあれを食うの?
さっきより普通に量が多くない?。
流石にちょっと食い切れる自信ないんだけど。
なんて不安が脳裏を過ったが、なんだかんだ美味しく完食することができた。
そして、必死になって食いながらも、さっき花奏に言われたことをずっと頭の片隅で考え続けていた。
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