第19話 本当は、だとしても
美玲が鼻歌混じりに買ってきた人参を切り分けている。
一年以上眠らせてきたバッドには既に下処理が終わったじゃがいもと玉ねぎが敷かれていて、その近くにはパックに入ったままの豚コマと肩ロース、それからカレールーが置かれている。
もしかしなくとも、どうやらカツカレーを作ろうとしているらしい。
カツをトッピングにしたのは、ライブに勝つぞー、ってよく分からないげん担ぎの為らしい(ライブに勝つってマジでなんだ?)。
その為にわざわざサラダ油とかも買ってきていた。
「あ、あの……やっぱり、何か手伝うっすよ」
「大丈夫、大丈夫! 陽人くんは、気にせずのんびり待っててよ。わたしが勝手にやりだしたことなんだからさ」
「……う、うっす」
屈託のない笑顔で言われてしまい、引き下がってしまう。
流石に自分の家で客人にだけ調理をさせるのは忍びないので、何度か手伝いを申し出たが、その度にやんわりと断られてしまった。
いやまあ、自炊の経験は皆無に等しいけどさ。
だとしても何せずにただ見てるだけってのは、それはそれで精神的にキツいものがあるよ。
とはいえ、美玲だけが料理する分にはまだいい。
いや全然良くないけど。
俺を更に居た堪れなくしている原因は他にある。
「美玲、米の準備終わったよ。次はなにすればいい?」
「ありがと。それじゃあ、パックから肩ロース出して全体をフォークで刺しといて。これ切り終わったら代わるから、そしたら具材炒めてちょうだい」
「りょーかい」
花奏がしれっと美玲の調理の手伝いをしているから、結果的に俺だけが手持ち無沙汰になってしまっていた。
二人とも善意で俺をくつろがせてくれてるんだろうけど、今は逆にその善意が胸に突き刺さっていた。
……あと煮込むだけになったらもう一度交代を申し出よう。
火の番くらいなら俺でもやれるはずだし。
もうなんでもいいから、俺だけ暇してるって状況から抜け出したいです。
——それにしても、二人とも慣れてるな。
そういや、どっちも普段から自分で飯作ったりもしてるんだったか。
花奏は俺と同じように一人暮らしをしているらしいし、美玲は実家暮らしではあるけど、両親どちらも常に家を空けがちだから実質一人暮らしに近い状態だという。
それもあって二人ともよく自炊していると言っていた。
やっぱ女子って生活力高えんだな。
……いやいや、性別で考えるのはナンセンスというものか。
男でも生活力バカ高えやつはバカ高えし、逆もまた然りだ。
つまり、単純に俺自身の生活力がクソ雑魚う◯ちってなだけだ。
——うん、自分で結論に至っておいてなんだけど、自分のダメ人間さ加減に泣きたくなってきたなあ。
理由は特にないが無性に現実逃避がしたくなったので、ベッドに腰掛けながら窓の外をぼーっと眺めることにした。
その直後だった。
「はーるとくん!」
「うわっ!?」
俺を呼ぶ声がしたかと思うと、急に美玲がすぐ隣に腰掛けてきた。
あまりに唐突だったので思わず飛び上がりそうになったところをぐっと堪える。
そんな俺を見て美玲はくすくすと笑ってみせた。
「もう、驚き過ぎだよ」
「す、すみません……まさかこっち来るとは、微塵も思ってなかったので」
「カツの下準備はもうちょっと後から始めても問題ないからね。それよりも陽人くんがすごく寂しそうにしてそうだったから来ちゃった」
「え、そんな風に見えてたっすか、俺……」
訊ねれば、冗談だよ、と蠱惑的な笑みが返ってきた。
「——でも、ずっとソワソワしてこっちを見てたから、何か気がかりなことはあるんだろうなーっては思ってたよ」
「……そりゃ、客人に飯作らせてたら誰だって落ち着かないっすよ」
「あはは、それもそっか。でも、本当に気にしないで。わたしが好きでやっていることだから。それにここで食べていけば、帰ってやることがお風呂だけになるしね。だから一石二鳥ってやつだよ」
——本当に聖人かってくらい優しいな、美玲は。
だからこそ、疑問が浮かぶ。
何故その優しさを向ける対象が俺なのかと。
「あの……美玲さん」
「ん、どうかした?」
「その……ど、どうして、美玲さんは、俺なんかに優しくしてくれる、んすか。サポートメンバーだとしても……と、友達だとしても、ここまでする理由って美玲さんにはない……っすよね?」
だから、俺の考えていることを率直にぶつける。
ぼっちの陰キャの俺でも流石に分かる。
友達同士であっても普通はここまでしない。
それがたとえバリバリの陽キャ同士だったとしても。
すると美玲は、何度か言いあぐねる素振りを見せてから口を開く。
「ねえ、陽人くん。わたしがきみにサポートドラムをお願いした時のことって憶えてる?」
「……憶えてるっす。色々と強烈だったっすから」
「そっか。じゃあさ……その時に私さ、他の人にお願いしなかった理由に下心透けて見えるからって言ったことも憶えてる?」
「そっちも憶えてるっす。……まあ、美玲さんモテるっすからね」
言えば、美玲は自嘲するように笑ってみせる。
「……そだね、ありがたいことに。でも、それって男子だけじゃないんだ。女の子もそう。わたしを使って承認欲求を満たそうとしてるのが見えちゃうんだ。それもあってずっとサポートメンバーを見つけられずにいたんだ」
なるほどな。
あの時の言葉は、どっちも同じくらい重い本音だったんだ。
それで運良く俺が声を掛けられたってわけか。
「——でも、陽人くんは良い意味で無欲だった。サポートをお願いする前も……した後も。おかげできみとは本当に素で接することができたんだ。それこそ花奏と同じくらいには。だからなのかな、他の人よりもきみに優しくする理由は。……って、何言っちゃってんのかな、わたし。いきなりこんなこと言われても困るだけだよね」
あはは、と空笑いしながら美玲は、
「そういうわけだからごめんね。期待を裏切るようだけど、きみが思ってくれているほどわたしって良い人じゃないんだ。……幻滅した?」
恐る恐るといった感じに俺の反応を窺った。
「まあ……素直に喜べねえなあってのは、本音っすね」
言ってしまえば、男として見られてない判定だし。
無欲っぽいとか無害そうってのは、褒め言葉でもあるしある種の貶し言葉でもあるからな。
「……だけど、別にそこら辺はどうでもいいっす。美玲さんがバンドに誘ってくれなきゃ、俺は今も一人でドラム叩いてるだけでしたから。今日みたいな貴重な経験をくれたと思えば、そんくらい安いもんっす」
強がりではなく、本心からそう思う。
ここ数日の出来事を振り返ってプラマイどっちの方大きかったと訊かれた時、確実にプラスであると断言できるくらいには。
「なんで美玲さんもそんなに気にしないでください」
「……うん、ありがとね。陽人くん」
そう言って、美玲はすっとベッドから立ち上がる。
「——そろそろ調理に戻るね。鍋を見るのもわたしがやるから」
「え、あ、いや……流石にそれくらいは俺が——」
だが、言い切るよりも先にキッチンに戻られてしまうのだった。
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