第21話 熱狂の箱へ
夕食後、もうしばらく世間話をしてからお開きとなった。
三人でテーブルの上の食器やらを片付けて、ある程度掃除が完了したところで二人を帰すことにした。
その頃には外が大分暗くなってきたし、明日はライブがあるわけだしな。
ここでモテる男なら気を利かせて二人を家の近くや駅まで送ったのだろうが、美玲と花奏の帰り道が初っ端別方向だったり、そもそも俺が上手く提案できなかったこともあって、マンションのエントランスまで見送ったところで解散した。
そして部屋に戻り、しんと静まり返った空間の中。
残ったものを片付けながら、俺はこれからどうしたいのかを考える。
「サポートドラムの継続か……」
提案してくれたことに関しては、素直にありがたいと思う。
けれど、今後も一緒にバンドをやっていきたいかどうかは別の話だ。
花奏には申し訳ないが、正直なところあまり乗り気ではないのが本音だ。
何、陰キャが調子乗ったこと考えてんだって自分でも思うが、でもどうしても前向きに考えられないのだから仕方ない。
けれど、花奏にも美玲にも非はないのは確かだ。
全ての原因は、俺自身にある。
ステージに立った時の考えると、恐怖で足が震えだす。
抑圧された感情、思うようにドラムを叩けないジレンマ、完全にやる気を失くしたメンバー、それから——冷え切った会場と観客の呆れ返った眼差し。
その時の光景と心情が鮮明にフラッシュバックする。
「はー……やっぱまだトラウマなんだな」
頭では分かっているつもりだ。
あの二人とならあの時の二の舞にはならないって。
でも、そう簡単に克服できないからトラウマなのであって。
「……明日だけ、どうにか頑張ろう」
やっぱり、サポートドラムは今回限りだ。
それであの二人との関係は終わりにしよう。
学校一の美少女と一緒にセッションして、音合わせして、一緒に飯食って——。
たったの数日だったけど、もう十分高校生活の思い出は作れた。
それこそ俺みたいなTier最下層の人間には勿体無いくらいのな。
ようやくごみをまとめ終えた頃、ポケットに入れていたスマホから着信が鳴る。
開いてバナーを確認すれば、美玲からメッセージが届いていた。
美玲:陽人くん、今日はありがとう!
すごく楽しかったよ!!
明日はお客さんを沸かせられるように頑張ろうね!
最後にファイト、オー! とうさぎが拳を突き上げるスタンプが送信されていた。
それを見て、ちょっとだけ気持ちが軽くなったような気がした。
——アホみたいに単純だな、俺。
* * *
翌日、俺は電車を何駅か乗り継いだ先にある繁華街を歩いていた。
まだ午前中ではあるが日曜日だけあってどこもかしこも通行人だらけ。
たまにドラムの機材を見にこういうところに来ることはあるが、たくさん人がいるところはどうしても気が張ってしまう。
引きこもりがちの陰キャには、こういうところでさえ大分ハードルが高い。
——あー、物凄く帰りたい、今すぐにでも家に帰りたい。
今頃になってサポートドラムを引き受けたことを若干後悔しそうになりながら、地図アプリを頼りに美玲に指定された住所へと足を運ぶ。
目的のビルに辿り着けば、建物の前に美玲が立っていた。
「……あ、陽人くん! おっはよー!」
「お、おはようございます……美玲さん」
「いよいよのライブだよ。思いっきりやって、最高に盛り上げようね!」
「う、うっす……」
返事を返せば、すぐ近くにある階段に案内される。
どうやらライブハウスは地下にあるらしい。
恐る恐る階段を降れば、ドリンクカウンターが併設されたロビーが広がっていて、奥にはスマホを弄る花奏の姿もあった。
「よっす、陽人。今日はよろしくね」
「……っす、こちらこそよろしくお願いします」
「あ、そうだ。荷物はフロアを通った先にある楽屋に置いておいて大丈夫だよ」
近くの両開きの扉に視線をやりながら美玲が言う。
この先にフロアがあるのか。
「楽屋ってフロアから入るんすね」
「場所によるかなー。今日みたいな場所もあるし、フロアと楽屋が別の階に分かれてたりもするし、ロビーから直接楽屋に入れる場所もあるよ」
「へえ、そうなんすね」
ライブハウスにも色々形があるんだな。
思いながら、フロアに足を踏み入れる。
広がっていたのは五百人くらいを収容できそうな空間だった。
奥にはステージがあり、真ん中に置かれたドラムセットのバスドラにはPearlのロゴが描かれてあった。
「……結構広いんすね。この中でやるんですか」
「そうだよ。といっても、満員にはならないから気楽にしても大丈夫。今日のライブに出演するのは、全員同じ高校生だから」
「そう、なんすね。——でも、その割に誰もいないような……」
「まあねー。だって、リハーサルの順番的にわたしたちが一番乗りだもん。もうちょっとすれば他のバンドの人らも来るはずだよ」
「ああ、通りで。じゃあ、俺らが一番最初に出演するバンドってことっすか?」
訊ねれば、美玲は頭を振った。
「ううん、違うよ。ここのライブハウスは、出番が遅いバンドから先にリハするんだよね。つまり……わたしたちは、トリです!」
「……マジ?」
「マジ!」
にっこりと満面の笑顔でおうむ返しをする美玲。
少しだけ腹が痛くなった。
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