第3話 サポートドラムになってください!

 何が一体どうしてこうなった。

 誰もいない通学路を歩きながら、俺は内心で頭を抱える。


 学校一人気な陽キャ美少女と友達が一人もいない陰キャ野郎が並んで歩くとか、北嶋が何かの罰ゲームを受けている……もしくは、カースト上位勢によるタチの悪いドッキリなのだろうか。


 周りに誰か隠れてやいないか目配せしていると、北嶋はへにゃりと目を細める。


「大丈夫、周りには誰もいないよ。ここにいるのは、きみとわたしの二人だけ」


「そ、そうっすか……」


 ほっと胸を撫で下ろ——いや、それはそれで全く良くはないな。

 寧ろ、緊張で変な汗が出始めたんだけど。

 そもそも、なんの為に俺をこんな場所まで連れてきてるんだ。

 駅とは逆方向だし、こっちにあるのは住宅街と……やっぱりそうだよな。


 何となくあった予感が確信に変わる。


「あの、北嶋……さん」


「ん、何?」


「その、こっちにあるのって……音楽スタジオっすよね?」


 訊ねれば、北嶋はしたり顔で答える。


「へえ、やっぱり堀川くんも知ってたんだ——『Lilac』」


「っ!?」


「あそこのスタジオ良いよね! 学生なら一時間五百円で部屋を借りられるし、機材は綺麗で使いやすいし。最近になって偶然見つけたんだけど、もっと早く出会えてればなーって後悔してるよ」


 ぐぬぬ〜、と拳を握りしめる北嶋。

 本気で悔やんでいるのが伝わってくる。


「そう、なんすね」


 ——まあ、だよな。


 俺が『Lilac』に行き始めたのは、高校に入る直前の春休みからだ。

 それからずっと週二、三で通い続けているのだから、北嶋が以前から利用していたのであれば、その事実をとっくに把握できているはずだ。


(……でも、なんで『Lilac』に?)


 まさか、俺がドラムやってることがバレて……いや、だからなんだっていうんだ。

 知ったところで何になるわけでもない。

 結局、俺を連れてきた理由の見当すら付けられずに、ぐるぐると取り留めもない思考ばかりが先行していた時だ。


「——よし、ここならもう大丈夫そうかな」


 用心深く周囲を見回してから、北嶋は俺の前に立つ。

 それから両手を胸に当て、何度か深呼吸をして意を決すると、ぱんと拝むように両手を合わせて口を開いた。


「堀川くん、お願い! 今週末に私のバンドのライブがあるんだけど、そこでサポートドラムをやってくれないかな!?」


「……へ? え、いや、あの……嫌っす」


 反射的に断ってしまった。


「即答!? ……って、じゃなくて! そこをどうにかお願いします! チケット代は私が持つし、学食のプリン一週間分奢るから!」


「その、金とか物とかの問題じゃなくて……まず甘い物苦手だし。……というか、なんで俺、なんですか? ドラム出来る人なら他にもいるっすよね」


 北嶋目的で楽器を始めた連中が大勢いるんだから。

 つっても、ギターやベースと比べればドラムは少数だろうが、それでもゼロではないはずだ。


「まあ、いるにはいるんだけど……その、うん」


 どこか歯切れの悪い北嶋。

 言い淀み、逡巡してから申し訳なさそうにぼそりと続ける。


「なんか下心が透けてるし、何より……あんまり上手じゃないから」


「ああ……」


 色々と何となく察した。

 去年の文化祭で北嶋が披露した演奏は、俺も見ていたからよく憶えている。


 テクニカルなリフすらも笑顔で簡単そうに弾きこなすギターテクニック。

 華奢な見た目とは裏腹に繰り出される感情的で力強いボーカル。

 そして——見る者全てを惹きつけるような、高校生離れした圧倒的なカリスマ性。


 ギターのことはさっぱりな俺でも一目で分かった。

 きっとアイツは、俺が想像している以上の努力を積み重ねてきたんだと。


 あとやっぱり、そういった魂胆は見透かされていたか。

 通りで学校の誰ともバンドを組んだとかそういう話を聞かないわけだ。


 去年、文化祭に出たバンドも他のメンバーは他校の生徒だったし。


「でもでも、堀川くんならその点大丈夫かなって。だから……お願い! 一回だけでいいから! どうかウチのバンドのサポートドラムになってください!!」


「あ、あの、えっと……」


 圧が……圧が強い。


 まさかここまで必死になって懇願されるとは思わず、ついたじろいでしまう。

 もう今すぐにでも全速力で逃げ出したいところだが、まだ肝心なことを聞けていない。

 何をするにも、まずはそれを確認してからだ。


「そもそも、なんで俺がドラムやってることを……?」


「なんでも何も『Lilac』できみを見たからだけど。三日前に。憶えてない?」


「三日前……」


 記憶を辿れば、すぐに点と点が線で繋がり出す。

 あの時は日曜で私服だったが、それでもこれだけ分かりやすいピースがあれば、誰だって答えに辿り着く。


「……まさか、そのギターケースとエフェクターボードって」


「あっ、やっぱり分かる? それじゃあ……あとは、これがあれば完璧かな」


 言って、北嶋はスクールバッグから黒いキャップを取り出すと、これ見よがしにそれを被ってみせた。

 瞬間、帰り際に見た少女と北嶋の姿が完全に合致した。


 ——あの時のギター少女ってアンタだったのかよ……!!


「ふふっ、どう、驚いた?」


 己の無用心さに頭を抱えつつ、俺はこくりと頷くのだった。

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