第2話 学校一のギター少女
俺がドラムを趣味にしていることは、学校の誰にも話していない。
話すような間柄の相手もいないし、別にドラムができることを自慢して承認欲求を満たしたいわけでもないから。
それにこの学校で楽器が趣味だと口にするのは、下心があるんじゃないかと勘繰られそうで面倒だというのもある。
俺が通う高校にはアイドル並みに可愛くて、滅茶苦茶ギターが上手いともっぱら評判の美少女がいるからだ。
教室の端っこから窓際の席を一瞥する。
視界の端では、件の女子生徒が陽キャ達に囲まれながら和気藹々と雑談を交わしていた。
北嶋美玲——この学校でその名前と美貌を知らない人間はいない。
サイドで結えた、癖一つない濡羽色のセミロングヘア。
スレンダーでありながら出るところは出たプロポーション。
そして、見るものを否応なしに惹きつける太陽のような笑顔。
あれぞ陽の中の陽キャ。
俺のような教室の隅で一人マイナーなロックバンドの曲を聴いてるような日陰者とは対極の存在だ。
北嶋のギターの腕前が初めて披露されたのは、去年の秋。
文化祭でバンド演奏を披露したのがきっかけだった。
ルックスも性格も良いおかげで元からかなりモテていた彼女だったが、文化祭が終わってからは、その人気に拍車がかかるようになった。
加えて、彼女とお近づきになりたい一心からギターを始める男子生徒が増え始め、半年以上経った今も尚、それは変わらないでいた。
本当この高校に軽音部がなくてよかったよ。
もし軽音部があったら、北嶋目的で入部したのはいいものの、その後が続かなくてすぐに幽霊部員になる連中が続出しただろうからな。
(……って、なんで俺がそんな心配してんだよ)
閑話休題。
そういう事情も相俟って、今後もドラムが好きなことを公言するつもりはない。
まあ、俺みたいなの陰キャがどうこうしたところで何かが変わる……なんてことにはならないだろうが、それでも変に波風立たせるよりは静かに過ごした方がいいに決まっている。
残りの高校生活二年、このままきっと無味無臭な日々を過ごしていくのだろう。
そう本気で思っていた。
——この日の放課後までは。
「あー、帰って早くドラム叩きてえなあ……」
* * *
唐突に声を掛けられたのは、昇降口で内履きからスニーカーに履き替えようとしていた時だった。
「——堀川くん!」
名前を呼ばれた途端、全身が硬直する。
同時に固まりかけた思考をどうにか働かせ、声がした方に顔を向ければ、北嶋が立っていた。
背中にはハードケース、手にはエフェクターボード。
どちらもどこかで見たことがあるようなデザインだ。
どこであれを見たんだったか……って、いや、今はそれどころじゃない!
「……え、あの、俺……っすか?」
「そう、きみ! いきなりごめんね。きみにど〜〜〜しても頼みたいことがあって」
「はあ……」
北嶋が俺に頼みごと……?
同じクラスになってから一度も話したことのない俺に?
………………怪しい。
普通に怪しいし、怖いんだけど。
思わず身構えていると、それを察した北嶋が宥めるように笑う。
「あはは、大丈夫大丈夫。そんなに難しいことじゃないし、決して悪いようにはしないから。ただ……ちょっとここだと話しにくいから、場所を移してもいいかな?」
「あっ……う、うす」
正直このまま帰りたいけど、周りの目がある。
ここで無下に断ったら、陰キャのくせに調子に乗っているって白い目で見られるかもしれない。
その可能性を考慮した結果、頷くことしかできなかった。
「ありがとう! じゃあ、行こっか!」
「行くって……どこに、すか?」
訊ねれば、北嶋は太陽のような笑顔を輝かせて答える。
「堀川くんもよく知っているところだよ!」
俺もよく知ってるところ……?
俺の行動範囲はそれほど広くない。
家と学校と近所のスーパーとコンビニ。
たまに楽器屋とそれと……いや、まさかな。
頭の中でやんわりと浮かんだ可能性を否定したところで、いつの間にか靴を履き替えていた北嶋に手招きされるのだった。
「ほら、早く早く!」
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