第9話 そんなのはロックじゃない

 北嶋が三曲全て弾き終える。

 ふぅ、と小さく息を吐き出すと、にかっとした笑顔を俺に向ける。


「こんな感じなんだけど、どうだった?」


「……良かったっす。ありがとう、ございました」


 素直な賛辞を述べる。

 ……が、北嶋はきょとんとした顔で俺を覗き込む。


「その割には、何かものすご〜く不満がありそうだけど……」


「あ、えっと、その……気にしないでください。俺の個人的な問題、なんで。北嶋さんのギターは、本当に良かったっす。いや、ほんとマジで」


 腹立たしいのは、俺自身に対してだ。

 本来の譜面をかなぐり捨てて、旋律と本能と感情に身を任せたくなる衝動に駆り立てられる自分勝手さに対してフラストレーションが溜まりまくっていた。。


「それならいいけど。……でも、何か気になることがあったら遠慮せずにどんどん言ってね! ど〜しても譲れないところ以外は、なるべく合わせるようにするから!」


「……うす」


 まあ、多分その機会は来ないだろうけど。

 どちらかというと俺が北嶋に合わせる立場だと思う。

 その為のサポートメンバーなんだし。


「……あっ、そうだ。そういえば、昨日渡したスコアには目を通してくれた?」


「まあ、一通りは一応」


 言って、俺は最初に弾いて貰った曲のドラムをイントロから叩いてみせる。

 そのまま楽譜通りにワンコーラス演奏してみせれば、北嶋は「おお……!」と感嘆の声を上げながらぱちぱちと拍手した。


「凄い、もう叩けてる! もしかして三曲全部叩けるようになってたりする?」


「大体は」


 短く答えれば、北嶋がちょっと仰け反る。


「早っ!! 冗談半分で言ったのに。……はえ〜、まさか本当に一日で覚えちゃうなんて……きみ、本当にドラム上手いんだね!」


「……あ、あざます」


「よし! それじゃあ……折角だし、一回合わせてみようか!」


「えっ、今から……っすか?」


「そう、今! ほらほら、準備して!」


「う、うす……」


 言われるがままドラムスティックを握りしめる。

 北嶋もギターを構えたのを確認して、スティックで四カウント。


 一小節目初っ端から繰り出されるアーミング。

 そのたった一音が俺の心を震わせ、昂らせる。

 だが、それを理性で抑え、正確にビートを進めることに努める。


 相手と呼吸を合わせて、一つの音楽を作り出す。

 それがバンドだ、それが——。


 ——目の前に靄がかかる。

 身体の奥底から冷えていくような感覚に襲われる。


 間違っていない、俺は何も間違えた考えはしていない。

 そう必死に言い聞かせながら、ドラムを叩き続ける。


 けれど、サビに入ろうとした瞬間——ギターがビタリと止んだ。


「……へ?」


 咄嗟に北嶋に視線をやれば、俺をジト目で睨みつけていた。

 膨らませた頬からは、ありありと憤っているのが伝わってきた。


「あ、あの……北嶋、さん?」


「ねえ、堀川くん。さっき、何かあったら遠慮せずに意見してねって言ったよね?」


「い、言いました……」


「じゃあ、きみが今何に不満を抱いてるか聞かせてくれないかな。何かわたしに隠してることがあるでしょ」


 表情からも演奏からも丸分かりだよ、と唇を尖らせた。


 ……完全に見透かされているか。

 言い逃れは、俺のトークスキルじゃまず無理だな。


 一つ嘆息、天井を仰ぐ。

 それからゆっくりと北嶋に視線を戻す。


「……本当に、北嶋さんの演奏に不満は無いんす。音はカッコよくて、演奏はテクくて……そんで、聴いてるだけでテンションぶち上がって、アドレナリンがどばどばに溢れ出して……思いっきりドラム叩きてえ、って気持ちになるくらいには」


「聞いといてなんだけど……えへへ、そこまで褒められるとちょっと照れるなあ。でも……うーん、じゃあなんでそんなに不満そうに叩いてたの?」


「それは、その……楽譜通りに叩けなくなりそう、だからっす」


 言えば、北嶋は小首を傾げる。


「えーと……それって、そんなに悪いこと?」


「悪っす。少なくとも俺の中じゃ大悪っす」


 吐き捨てるように言って俺は続ける。


「ドラムは全ての土台となるパートっす。そんな奴が好き勝手やろうものなら、バンドは確実に崩壊する」


 ——いや、が正しいか。


 そして、侮蔑の眼差しを向けられて、後ろ指を指されて。

 最終的に居場所を全部失って——孤立する。


「ましてや俺はサポートドラムの立場。そんな奴が悪目立ちしようものなら、周りからの目が——」


「はいストーップ!! そこまでだよ、堀川くん! とりあえず何となくの事情は把握しました。つまるところ、きみはドラムをアレンジしたいけど、原曲を壊しちゃいそうで躊躇しちゃってる……で、合ってる?」


「えっ、あ、えっと……まあ、概ねはそんな感じ、っす」


 なんか斜め上の解釈になってるけど。


「なるほどね。だったら……何の問題もなーし! きみの思うがままに叩いて大丈夫です! 何故なら……わたしもライブ中とか思いつきでアドリブぶち込んじゃうタイプだから!」


 いえい、と北嶋は気持ちのいい笑顔でピースサインを立てる。


「そのせいで、後でベースの子にどやされるんだけどね。……でも、その時に一番自分が良いって思える演奏をするのって大事だと思うんだ。それがギターでもベースでも……ドラムだったとしても」


「でも、俺……サポートですし」


「関係ありません! 立場がどうのこうので自分を押さえつけて、型にハマろうとするなんて、そんなの……ロックじゃないでしょ!」


「ロック……」


 俺の呟きに、うん、と頷いてから北嶋は、


「それに音と音のぶつかり合いこそがバンドの醍醐味じゃない? だからさ、わたしも好き勝手にやるから堀川くんも思いっきりかかって来てよ!」


 瞬間、少しだけ胸が軽くなった。


 本当に好きにやっていいのか……俺が?

 自問すれば、それを察したかのように北嶋はにっこりと笑ってみせた。


「そ、それじゃあ……お手柔らかに、お願い……します」


「こちらこそ!」


 緊張で心臓がうるさく鳴りだす。

 けれど、僅かな期待が混じった鼓動は、そんなに嫌なものではなかった。

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