第8話 二人きり、再び
翌日、俺は朝からずっと気が気ではなかった。
理由は単純——再び北嶋とスタジオで二人きりになってしまうからだ。
昨日、一時間もぶっ通しでセッションしたというのに今更どの口が言ってんだと思うかもしれないが、あれは訳も分からないまま流された結果、偶々ああなったというだけだ。
だからあの状況に微塵も慣れてなんかいないし、仮に昨日の俺に「放課後、北嶋に声掛けられてセッションすることになるぞ」と伝えれば、ほぼ確実に今みたいな状態になるだろう。
おかげで絶賛睡眠不足で飯もロクに食えていない。
朝にエナドリ一本、昼もエナドリ一本、そんで多分夜も精神的疲労でエナドリ一本とエナドリ尽くしの一日で終わる気がする。
本当はもうちょっと飲みたいところだったが、エナドリの飲み過ぎは身体に悪いからこれくらいに抑えている。
我ながらメンタルクソ雑魚ナメクジ過ぎて泣けてくるが、今日だけの辛抱だ。
カフェインブーストも掛かっていることだし、なんだかんだ乗り切れるだろ。
そんなわけで放課後になり次第、速攻で学校から『LIlac』へ移動し、昨日と同じ部屋の中でドラムを叩く準備をしていれば、程なくして北嶋も息を切らしながらやって来た。
——途端、一気に緊張が高まり、心臓がバクバクと鳴り出す。
「お待たせ、堀川くん! 待った?」
「あ……いえ、俺もついさっき着いたところっす」
「そっか、なら良かったあ! ……と、そうだ。ありがとね、きみが予約してた時間を使わせて貰っちゃって」
「えっと、その……お構いなく。いつも遊び半分で叩いてるだけっすから」
今日のスタジオ練習は、俺が以前から予約していたものだ。
とはいっても、この時間が空いているから入れたってだけだから、自分の練習時間が減ることへの忌避感とかは特にないし、今の演奏が分かった方がより呼吸を合わせやすくなるから、デモ音源を貰うよりもこっちの方が有り難かったりする。
「すぐに準備するから、ちょっと待っててね!」
言って、北嶋はケースからギターを取り出し、手早くセッティングを始めた。
ちなみに同じクラスなのに現地集合にしているのは、例えサポートメンバーだとしても、北嶋が同じ学校の人間——ましてやどこの馬の骨かも分からないぼっち陰キャ——とバンドを組もうとしているのが周りにバレると面倒なことになりかねないからだ。
だから俺としても北嶋にしても、関係性を隠しておいた方が好都合だったりする。
……まあ、三日後には解消される関係だけどな。
などと内心で呟いていると、
「ところで、一つ確認しておきたいんだけど。……堀川くん、昨日私が送ったリンクの動画……見た?」
唐突にそう訊ねられたので「一つだけ」と正直に答えれば、北嶋はその場で屈んで顔を両手で隠した。
「あ〜〜〜っ! 手遅れだったか〜〜〜! うう……ダサい部屋着見られちゃった。何年も着てるせいで襟元だるんだるんのダサダサTシャツが……」
「な、なんか、すみません……」
「ううん、謝らなくても大丈夫だよ。私の不注意が招いたことだから……」
笑顔で言う北嶋だが、確実にダメージを喰らってそうだ。
あと本人の名誉の為に言わないでおくけど、ちょっと自爆してるんだよなあ。
Tシャツの襟元だるんだるんとか今知ったよ。
口を噤んでいれば、北嶋のセッティングが完了した。
「——よし、準備終わったよ! 何から弾けばいい?」
「あ、えっと、それじゃあ……『Heart’s Cry』って曲から、お願い、します」
「オッケー!」
リクエストしたのは、昨日途中まで聴いた曲だ。
軽い口調で応える北嶋だったが、弾き始めた瞬間——雰囲気が一変する。
初っ端アーミングで入る強烈なイントロ。
シンプルなリフから繰り出される感情的なメロディーライン。
聴いた瞬間——初見じゃないのに興奮で鳥肌が立ち、ついさっきまで全身を支配していた緊張が一気にぶっ飛ぶ。
「おい……なんだよ、これ」
今、理解する。
どうして北嶋が直接ギターを聴かせると提案したのかを。
恥ずかしい格好を見られたくないというのもそうだが、撮影した頃と大分演奏が変わってしまったのもあるのだろう。
——というか、最早動画と別物じゃねえか……!
そう思うくらい、今の演奏は全てにおいて洗練されていた。
気づけば自然と身体がリズムを刻み始める。
頭の中に入っているドラム譜が勝手に再編し出す。
感情のままにドラムを叩きたい衝動に駆られ——抑え込む。
(馬鹿か!? 勝手にアレンジしようとしてんじゃねえよ!!)
俺はあくまで一度限りの代役なのだ。
そんな奴が出しゃばって良いわけがない。
俺がするべきは、貰った楽譜に沿って忠実に叩くこと。
自分勝手な演奏は、自分一人の時だけに留めるべきだ。
今にも沸き立つような昂りを落ち着けて、ギターのメロディーラインと暗譜したドラムのリズムを擦り合わせることに集中することにした。
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