第7話 実は楽譜を読めないので(ドラム以外)

 帰宅後、俺は五線譜に打たれた音符の羅列を呆然と眺める。

 渡された紙は二十枚弱、三曲分の楽譜となっていた。


 いずれも次のライブの演奏する曲らしい。


「これ……全部オリジナル曲か」


 曲名も歌詞もどれも聞いたことがない。

 スマホで検索しても出てこなかったし、よくよく思い返してみれば去年の文化祭でこんな歌詞を歌っていたのもあった……ような気がする。

 流石に半年も前に一度聴いただけの曲の歌詞なんて覚えてられないって。


「……まあ、いいや。とりあえず一度叩いてみるか」


 部屋に置いてある電子ドラムに移動し、ドラムスローンに腰掛ける。

 スマホにイヤホンを接続し、メトロノームアプリを起動する。

 テンポを曲のBPMに合わせたところで、改めて楽譜に目を通す。


「ふーん、意外とシンプルなんだな」


 主軸となるビートは全部一緒というわけではないが、どの曲もシングルペダルだけでどうにかなりそうだし、スプラッシュもチャイナもなし、タムとハイとフロアの二つだけ。

 けれど、所々にテクニカルなフレーズが盛り込まれていて叩き甲斐がありそうだ。


 早速、楽譜に沿って叩いてみる。


 一度メトロノームのテンポを落とし、確実に叩けるスピードで各フレーズを頭と体に叩き込む。

 この作業をイントロから順に行っていき、大体の暗譜が完了したところで本来のテンポに戻し、全体を通して演奏——これを三曲分全部完了させる頃には、二十二時を回ったところだった。


 それに気づいたのは、最後に通しで三曲ぶっ続けで叩き終わった後だった。


「うわっ、もうこんな時間か! まだ飯も風呂も済ませてねえのに」


 ……でも、今からどっちもやるのは面倒だな。

 飯はカロリーバー、風呂はシャワーだけでいいや。

 他に優先したいこともあるし。


 電子ドラムから離れつつ、再び渡された楽譜に目を通す。

 確認するのは、ドラムの譜面から上段にある五線譜だ。


 楽譜には当然、メロディー、ギター、ベースの譜面も一緒に書かれてあるのだが、はっきり言ってなーんも分からん。

 特にギターとベースのTAB譜なんて何かの暗号にしか見えない。

 おかげでドラムは脳内で簡単に再生できるのに、肝心のメロディーラインが全くと言っていいほどイメージができずにいた。


「はあ……こんなことなら、せめてオケ音源貰っておけばよかったな」


 ドラムはもう粗方叩けるようになったから、いざ実際に合わせるとなってもどうにかなるとは思うが、それでも先にギターとベースのメロディーが分かるに越したことはない。

 だがあの後、連絡先を交換することもなく速攻で解散——という名の逃亡——をしてしまったので、音源を下さいと頼もうにも頼めない。


「……仕方ない、時雨さん経由で頼むか」


 確か時雨さんと北嶋は連絡先を交換してたはず。

 人伝いで頼むは少し憚れるが、背に腹はかえられない……意を決して、俺は時雨さんにメッセージを送れば、一分とせずに返信が返ってくる。




しぐれ:これ、美玲ちゃんの連絡先ね

    教えていいって本人の許可は取ってあるから

    私を経由するより、陽ちゃんが直接頼んだ方が早いと思うよ

    がんばれ、陽ちゃん!




 ——北嶋のアカウントを添付して。


 ………………。

 ……うん、なんとなくこうなる予感はしていた。


 とりあえず、ありがとうございます、とだけ返しておいて。

 直後、俺は思いっきり頭を抱えた。


「時雨さん、それはハードル高過ぎるって……!!」


 LINEの友達人数二桁にも届いてないのに(企業アカウント含む)。

 というか、一分以内に許可まで取れるって早すぎでしょ。


 ……でも、このまま分からないまま放置するわけにもいかないし。


「ああ、クソ。こうなったら当たって砕けろ精神だ……!」


 かれこれ十分近く悩み抜いた末、北嶋を友達登録して音源を送って欲しいという旨のメッセージを三回ほど内容を見直し、修正してから送信した。

 その十秒後、アプリを落とすよりも先に軽い返事が返ってきた。




美玲:ちょっと文章硬いよ笑


堀川:すみません……


美玲:謝らなくてもいいよ!

   ちょっと面白かったし笑

 



 俺が数十秒かけて送信するのに対して、向こうは爆速で返信してくる。

 これがコミュ力の差という奴か。


 改めて俺のコミュ障ぶりを痛感していると、メッセージが立て続けに三件届く。

 どれもYouTubeのリンクだった。




美玲:オケ音源ってわけじゃ無いけど、前に撮影してみたやつ!

   音質は微妙だけど、これなら参考になると思うよ!


堀川:助かります

   ありがとうございます


美玲:だから硬いって笑

   もっとフランクにしてもいいんだよ




 メッセージの後にウサギがサムズアップするスタンプが送られてくる。


 ——それが出来たら、コミュ障も陰キャもぼっちもやってないんですよ。


 胸中でぼやきつつ、送られたリンクを確認してみる。

 自動でアプリが切り替わり、再生されたのは限定公開の演奏動画だった。


 元より多くの人に見せる為のものではないのだろう。

 家着であろうTシャツとハーフパンツとすごくラフな格好で撮影されている。

 しかもスマホの直撮りで動画タイトルは曲名のみ、概要欄に関しては空白だった。


「……やっぱり上手いな」


 難しいリフを弾きこなす技術力は当然として、ギター単体であってもリズムが安定しているし、直撮りだけどしっかりと音作りされているのが分かる。

 これに合わせてドラムを叩けばより曲のイメージに合致したものが——。


 感心させられながら動画を見ているうちにふと思う。


(あれ、俺もしかして……めっちゃ貴重なもの見てしまってない?)


 貴重というのは、ギターの演奏しているところではない。

 学校一の美少女の部屋着姿だ。


 私服姿でさえ珍しいというのに、部屋着の希少性は更にそれを上回るはず。

 そのことに気づいた直後だった。




美玲:ごめん!

   やっぱ動画はなしで!




 向こうもそのことに気づいたのだろう。

 両手を合わせて平謝りするウサギのスタンプが送られると、リンクが三つとも削除されてしまう。


 ……やっぱり恥ずかしかったんだな。


 まだ一曲しか聴けてないけど、そこは仕方ないか。

 音声ファイルに変換して貰えればそれで十分——、




美玲:代わりに明日、直接弾いて聴かせるね!




 ……ん、なんか急に風向きが変わったな。

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