第10話 無理した反動が祟って

 ハイハットで4カウント。

 イントロは、北嶋のアーミングに合わせてクラッシュとスネアを鳴らす。

 隙間をバスドラで埋め、音圧を上げていく。


 二小節後、ディストーションで歪み切ったリフの細かなリズムの抑揚に合わせバスを踏みしめ、四小節の終わり際にスネアとタムのフィルをぶち込む。

 俺に従えと言わんばかりの主張の激しいドラム。


 俺がやっているのはリズムの創造ではなく、リズムの支配だ。

 曲のテンポやイメージを俺に従わせようとする横暴極まりない演奏だ。


 けれど、それは向こうも同様だ。

 俺の押し付けに抵抗しようと、力一杯にギターをかき鳴らす。

 お前の支配なんか受けてたまるかと反逆の叫びを上げる。


 ——エゴの衝突、サウンドの殴り合い。


 それらによって生まれるのは、洗練された混沌だ。

 だが、その混沌が俺らをより高いステージに押し上げてくれる。


 正直、北嶋を見ていられる余裕なんてなかった。

 自分の演奏に集中しないと食われてしまいそうだったから。


 ただ、見なくても何を感じているかは伝わってくる。


 負けてたまるかという対抗意識。

 もっとぶつかり合いたい欲求。

 そして、より良い曲にしたいという真摯で純粋な想い。


 それは最後の一音を弾き終えるまで消えることがなかった。






 北嶋が部屋に備えられたパイプ椅子に腰掛けながら背伸びしたのは、三曲分全て合わせ終わってからのことだった。


「いやー、お互い終始アレンジしっぱなしだったねー!」


「っすね。……けど、最初のは流石にやり過ぎました。次からはもうちょっと曲に合わせて叩くっす」


 とはいえ、一曲目で溜まっていたフラストレーションを爆発させた分、二、三曲目に関しては、良い感じに今の北嶋のギターに合うリズムパターンで叩けた気がする。

 ……まあ、それでもコンビネーションとかパラディドルとか手癖でついつい入れてしまったりしたが、それでも曲を壊すほどのレベルではない……はずだ。


「そだね〜、わたしもちょっと基本に立ち返ることにするよ。歌ってられないレベルになったら元も子もないし、そしたら花奏に本気でどやされそうだし……」


 空笑いを浮かべる北嶋だが、結構ガチでビビってる。


 え、そんな怖い人なの、その”かなで”って人……。

 俺のクソ雑魚対人スキルとナメクジ豆腐メンタルで耐えれるかな。

 うわ、なんか今からもう胃の奥が痛くなってきたんだけど。

 ……あ、違えわ、これ飯食わな過ぎで起こるやつだ。


 それと今朝から続いていたストレス諸々。

 合わせが終わって少し緊張から解放された反動からか、今になって軽度の腹痛と吐き気になって襲ってきた。


 思わず顔を歪めると、北嶋がそれをいち早く察知した。


「——って、堀川くん!? なんか具合悪そうだけど、大丈夫!?」


「だ、だいじょうぶ……っす」


「全然大丈夫には見えないんですけど。もしかして体調悪いのに、無理して練習に付き合ってくれてた……?」


「そういう、わけじゃないっす。……ただ、朝からエナドリしか食ってないだけで。それで腹減り過ぎて……ちょっとヤバいだけっす」


「それ食べてるとは言わないよ! もう……そんなんじゃ倒れちゃうよ!」


 ぷりぷりと頬を膨らませると、北嶋は機材を片付け始めた。


「あの、何を……?」


「今日の練習はこれで終了! スタジオ代は私が出すから、堀川くんも帰るよ」


「いや、俺はまだ……それに、まだ一時間以上も時間残ってるし——」


「ダーメーでーす! 今無理して明日、体調不良で動けなくなったら音合わせどころじゃないでしょ!」


 ぐうの音も出ない、至極もっともな正論。

 確かに明日、体調崩したら北嶋に迷惑をかけることになるか。


 渋々スネアのスナッピーを下ろす。 

 ドラムセットを元の状態に戻してから防音室を出れば、時雨さんが怪訝そうな表情でこちらを見てきた。


「あれ、陽ちゃん? まだ一時間も経ってないけど、どうしたの?」


「……練習のストップをかけられました」


「あー、確かに今の陽ちゃんの顔を見たらストップかけたくなるね」


「そんな酷いっすか、俺の顔」


 訊けば、時雨さんは返事の代わりにコンパクトミラーを俺に手渡す。

 受け取って鏡を覗き込めば、車に酔ってゲボ吐き出す寸前みたいな顔色をした俺が映った。


 ——これは……うん、止められるよな。


「どうせ、またロクにご飯食べてなかったんでしょ。あまりに不摂生な生活送ってると、実家に連れ戻されるよ〜」


「……分かってます」


 答えたところで、北嶋も鍵を片手に部屋を出て来た。


「時雨さん、鍵お返しますね。それと二人分の代金です」


 北嶋が防音室の鍵と千円札を差し出すが、


「一時間分だけでいいよ」


 時雨さんは、五百円のお釣りを手渡した。


「え……でも」


「——その代わり、陽ちゃんを家まで送ってもらってもいい? 陽ちゃん、ここから歩いて十分くらいのところに住んでるんだけど、なんか今にもぶっ倒れそうだし」


「いや、そこまでしなくても大丈夫っすよ。そんくらいなら平気っすから」


「分かりました! 堀川くんを無事に家まで送り届けますね!」


 どうやら俺には発言権が付与されていないらしい。

 一切反論する余地のないまま俺は、北嶋に連れられる形で店を後にするのだった。

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