第25話 白と黒と黒白の何か
今日出演するバンド計七組のメンバーは全員高校生にも関わらず、思ったよりもフロアは観客で埋まっていた。
数十……いや百人は優に超えているか。
それぞれのバンドが客を少しずつ掻き集めてきたからなのだろうが、だとしても一組あたり十五人以上は引っ張ってきてる計算になる。
こういうライブのチケットって全て手売りだっていうから、客集めるの大変だったろうなあ。
少なくとも俺には無理だ。
まず気軽に誘える間柄の人間がいない時点で詰んでるし、大して仲が良くもない相手に対して、チケット買ってくれ、なんて頼み込めるコミュ力など持ち合わせていない。
とりあえず閑古鳥が鳴くだけになるのは目に見えている。
やはりバンドで青春を謳歌できるのは、一部の陽キャのみ。
俺みたいな陰キャは、誰もいないスタジオで黙々と叩くのがお似合いだ。
改めて現実の非情さを痛感させられる。
ちなみに美玲と花奏は、余裕でノルマ分のチケットを捌けているどころか完売すらしてるという。
証拠にさっきロビーで学校で見たことのある人間に花奏が通っている高校の生徒、それから二人の共通の友人や知人が入れ替わりで声を掛けてきていた。
その間に俺は存在感を消しつつ、楽屋に続く扉の近くに身を潜めておいた。
こんな格好で二人の近くにいれば余計に悪目立ちするしな。
そうじゃなくてもライブハウスにいた変なシャチ頭の正体が、クラスにいるぼっちだって思われるのとか普通に嫌だし。
だからといって楽屋に篭もれば、次の出番待ちやステージ帰りの共演者と同じ空間を共にすることになる。
そうなった場合、俺のスライムよりも雑魚いコミュ力で無難にやり過ごすのは、とてもじゃないが無理な話だ。
というわけでライブが始まってからは、通行の邪魔にならないようにしつつ、他のバンドを見学しながら出番が来るのを静かに待つことにした。
ちょいちょい俺を奇怪な目でチラ見してくる人はいたが、端っこで大人しくしてるのとフロアが暗くなっていることが幸いして、誰にも声を掛けられずに済んだ。
そうして、あっという間に時間は過ぎていく。
「……これがライブ、か」
六組目の演奏を眺めながら小さく呟く。
当然のことだが、曲の完成度は良くも悪くも高校生レベルだ。
けれど、演奏する人たちも観ている人たちも同じくらいに楽しそうにしている。
一つの音楽を通じて会場全体が盛り上がっているのが伝わってきた。
「青春してんなー」
……もう少ししたら、俺もあそこに立つのか。
思った途端——心臓が強く脈打つ。
頭の中がぐらりと揺れるような感覚に襲われ、たちまち目の前が眩む。
思わず壁にもたれかかる。
——やっぱ、簡単にはいかねえよな。
脳裏にあのステージから見た最悪の光景が鮮明に蘇る。
今にも吐き出しそうになるが、どうにか堪えて体勢を立て直す。
その直後、肩をポンと叩かれる。
「陽人くん」
振り返れば、美玲と花奏が楽屋に入ろうとしていた。
「もう少しで出番だから準備しよっか」
「……う、うす」
二人に続いて楽屋に入り、ツインペダルをいつでも運べる状態にしておく。
椅子にどかっと腰を下ろしてドラムスティックを握り締め、深呼吸を繰り返しながら集中を高めていると、
「——ねえ、花奏、陽人くん」
ふと美玲が、俺らに呼びかける。
「ちょっと円陣組もうよ。手を合わせて、おー! ってするやつ」
「……別にいいけど、なんで?」
「この体制でライブするの初めてだからその記念に! 陽人くんもいいよね?」
「あっ……う、うっす」
反射的に頷いてしまえば、美玲はにっこりと笑ってみせる。
「よし、決まり! それじゃあ早速、二人とも手を出して!」
言って美玲が右手を差し出せば、その上に花奏の右手が重なる。
え、本当にやんの……?
女子の手に触れたことなんか皆無に等しいのに?
心の準備が整わずに躊躇っていると、すかさず美玲が促してくる。
「ほらほら、陽人くんもやるよ!」
「う、うす……」
流される形で右手を出そうとした瞬間、ふと思うことが出てきて、直前で腕を止める。
「……どうかした?」
「えっと、いや……あの、俺が一番下でもいい、すか?」
「……? 構わないけど、どうして?」
「それは、その……なんというか、俺が楽曲を支える立場にあるんだ、ってことを自分に言い聞かせる為……っす」
縁の下の力持ち……とはちょっと違うかもだが、物理的に俺を一番下にすることで自分の立場を形として自覚しておきたい。
あと自分から女子の手に触れる勇気がないってヘタレ丸出しな理由もあるけど、そっちは黙っておこう。
「……って、すみません。変なこと言って」
「ううん、大丈夫だよ。じゃ、陽人くん——手、出して」
「うす」
短く頷き、甲を天井に向けて右手を差し出す。
すぐに美玲の右手が重なり、花奏もそれに続く。
右手に二人分の重みがのしかかる。
——俺がこれを支える、それと思い切ってぶつかろう。
腹を括れば、美玲が簡潔に声出しをしてみせた。
「よし、それじゃあ改めて……存分に楽しもう、そして暴れよう!」
そして最後に、「せーの」と合図を合わせてから、
「おー!」
俺らは声を揃えた。
程なくして前のバンドの演奏が終わり、バンドメンバーがステージから楽屋に引き上げてくる。
その際、美玲と花奏には激励を送り、俺には驚愕の表情を向けながら場所を入れ替えていく。
(……うん、まあそうなるよね)
ある種の予定調和を感じつつ、ステージに出れば、二人に対する黄色い歓声と俺に対しての軽いどよめきが生まれる。
——こっちも予定調和だ。
なんかフロアの端っこにいた正体不明のシャチ頭が唐突にトリで出てきたら、誰だってびっくりするわ。
白いギタリストと黒いベーシストに付いてきた黒白のよく分かんない何か。
入れ替え中を示すBGMが流れる中、俺はドラムセットに身を沈め、ペダルを備え付けのものからツインペダルに取り替える。
最後に全体を軽く叩きながらセッティングを完了させれば、BGMが止まった。
静寂に包まれた暗がりの中、美玲がこっちを振り向いて無邪気な笑顔を見せる。
——頑張ろう!!
俺にだけ伝わるように口を動かした直後、照明が上がる。
強い光に照らされた美玲と花奏とアイコンタクトを交わし、一つ深呼吸。
端っこが遮られた視界の中、肺に溜まっていた重苦しい空気を吐き出してから、俺は4カウントを鳴らした。
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