第5話 即興セッション
俺が刻んだのは、テンポゆっくりめの基本的な8ビート。
何のアクセントもなく、ドラム初心者が初めて叩くようなどシンプルなリズム。
我ながら反吐が出るようなクソつまらないビートだ。
だけど、四小節回った瞬間——その考えは一転する。
北嶋のかき鳴らしたギターが、一瞬にして俺の灰色のビートを彩らせた。
ピッキングハーモニクスから繰り出される歪み強めのロックなサウンド。
やっていることは大して難しくなさそうなバッキングなのに、一発で随所に散りばめられた演奏技術の高さが伝わってくる。
それと、俺のドラムに合わせてくれていることも同様に伝わってきた。
——その気遣いが俺の胸を抉る。
わざわざ頭を下げてまでサポートを頼んだ奴のドラムがこんな不甲斐ないもので落胆されてないだろうか。
俺が北嶋の立場だったら、間違いなく後悔する。
だから、北嶋の顔をロクに見ることができずにいた。
じゃあ、もっと縮こまってないで思いっきり叩けよ。
分かってる、そんなことは俺自身が嫌と言うほど分かっている。
……でも、いざリズムを変えようとすると、途端に両手両足が鉛を取り付けられたかのように重くなる。
お前、ちょっと俺らより上手いからって調子乗り過ぎ。
一人だけ目立とうとすんなし、ドラムなんだから大人しく俺らを引き立てることに専念しろよ。
お前と一緒に演奏すんの息苦しいわ。
鼓膜の奥にへばりついて消えない声が脳内で反響する。
——ああ、だから人と演奏するのは嫌なんだ。
とりあえずリズムキープだけしっかりして、このセッションが終わるのを待つしかないか。
なんて思った時だった。
視界の端に映り込んだ北嶋の自信に満ちた笑み。
このクソみたいなビートであっても嘘偽りなく心から楽しんでいるのが分かる。
そして、視線は逸らすことなく俺へと向けられていた。
「あ……」
少しだけ、ほんの少しだけ。
全身の緊張が解けると、俺は無意識に拍の頭でクラッシュを鳴らしていた。
リズムパターンも単調な8ビートから裏拍に細かなスネアを絡めたシェイクビートに変え、バスドラを踏む箇所も増やしてよりグルーヴ感を出せば、北嶋は即座に反応して合わせてみせる。
どちらも少しテクニックを加えただけ。
なのに、相乗効果でより心地の良いサウンドに様変わりする。
北嶋の笑顔がより輝きを増していた。
——これが……セッション、なのか。
よく分からない感情が湧き出してくる。
未知の領域に一歩踏み出すことを恐れる恐怖心と、冒険に出てみたい好奇心がせめぎ合い、ちょっとずつ後者が強くなってくる。
もっと欲張ってもいいのだろうか。
躊躇いながらも、身体は自然と動いていた。
二小節丸々使ったフィルインからビートの雰囲気をガラリと変える。
フロアタムを中心にしたジャングルビート、BPMも100ちょっとから130ほどのアップテンポにして、アクセントにロータムやライドを入れたりしたファンクさのあるリズムパターンだ。
(これならどうだ……?)
視線をやれば、北嶋はサムズアップしてすぐに対応してみせた。
歪んだサウンドからクリーンなものに変更し、カッティングをメインにしたメロディーライン。
即興で弾いているとは思えないリズム感に溢れた演奏だ。
——ロック以外も普通にいけるのかよ……!
驚愕すると同時にテンションも上がり出す。
俺の刻んだリズムが今のメロティーを引き出したと思うと、逆にこっちが気持ちよくなってくる。
それからアイコンタクトを図りつつセッションを進行させていくと、言葉を介さずとも向こうが何をしようとしてくるのかが段々と分かってきた。
(……一度落として、盛り上がりを作りたいのか)
フレーズの切り替わりに合わせて、最低限のアクセントだけのフロアタムによるストロークと四つ打ちのバスドラムだけのシンプルなパターンにしてみれば、北嶋も音量を抑えた奏法に切り替えていた。
よし、上手く噛み合った。
心の中でガッツポーズを決め、少しずつ盛り上がりに向けて準備を進める。
徐々にボルテージを上げていき、最後にブレイクを決めた刹那——溜めたエネルギーを一気に解放させる。
一瞬の静寂の後、サウンドはファンクからロックへと回帰する。
俺のクラッシュをガンガンに多用したビートと北嶋のテレキャスター特有の切れ味鋭い高音を利かせたリフがぶつかり合う。
テンポも更に加速し、これが売られている楽曲だとしたら曲調も構成も滅茶苦茶過ぎて、二度と聴くことはないだろうと思う。
だけど、なんだ……これ。
演奏している側としては——バカみたいに楽しい。
相手の意図を汲んで呼吸を合わせながらも、自分の感情の赴くままにドラムを叩くのがこんなに楽しいなんて知らなかった。
本当に、初めての体験だった。
五畳にも満たない一室。
普段より少し手狭に感じる部屋では、俺のドラムと北嶋のギターが響き合う。
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