第35話 二度目の、でも

「お邪魔しまーす!」


 美玲を家に上げるのは、ライブ前日の親睦会以来だ。

 あれから一ヶ月も経ってないのに随分と久しぶりのように感じる。


 とりあえず中に案内しつつ、キッチンに向かう。


「代わりに荷物持ってくれてありがとね! 重かったでしょ」


「い、いえ……これくらい、大したことないっす」


 言いながら、購入した物を入れたトートバックを台所に置く。

 食材の他に足りない調味料も幾つか買ってきたから、バッグの中はそれなりの量となっていたが、機材を運ぶのと比べればどうってことない。


「と、とりあえず買ってきたもの冷蔵庫に入れるんで、美玲さんはゆっくりしててください」


「わたしも一緒にやるよ。そっちの方が早いでしょ」


「あ……う、うす」


 一応、客人であるわけだし断ろうとしたが、既に手を動かしていた。

 テキパキと慣れた手つきで仕分けしているので、逆に俺が手伝いに回ってしまう。

 美玲の指示に従って冷蔵庫に食材を入れていけば、あっという間に冷蔵庫に収納しきってしまう。


「よし、完了!」


「すみません、わざわざ手を煩わせてしまって」


「いいっていいって、わたしが好きでやってることなんだから。陽人くんが気にすることじゃないよ」


 言って、美玲はにっと白い歯を見せた。


 相変わらず、俺に余計な気を遣わせないように配慮してくれてる。

 それが有り難くもあり申し訳なくもある。


 ——俺に合わせてくれてるんだよな、色々と。


 作った料理は自分も食べるからといって、買い物の代金も割り勘にしてくれたし。

 本当に美玲には頭が上がらない。


「さてと、作る前にちょっと休憩しよっか。ずっと歩きっぱだったしね」


「う、うす。じゃあ、飲む物用意するんで、美玲さんは先に適当にくつろいどいていてください」


「うん、分かった。ありがとね!」


 美玲をリビングに行かせた後、俺はコップに今し方買ってきた麦茶を注ぐ。


 前もこんな感じにお茶を用意したよな。

 その時は花奏も交えて三人だったけど、今は俺と美玲の二人……きり?


 ——あれ、もしかしてこの状況、もしかしなくてもとんでもないのでは……?


 ふと思ってしまう。

 途端、緊張で脳がバグり散らかしそうになる。


 冷静になって考えてみれば当然だ。

 学校一の美少女を家に招き入れてんだぞ。

 これで平常心でいろって方が無理な話だ。


「お、おおお、落ち着け……!」


 小さく声に出して、自分に言い聞かせる。


 女子と部屋で二人きりになるのは初めてじゃないだろ……!


 そう、花奏の時を思い出すんだ。

 美玲が飯を作るからと買い物に出かけた時、一時的にだけど二人きりになっていたあの時を。

 あっちはあっちでバカほど緊張していたけど、今よりは断然マシだった。


 つっても、花奏が美玲から頼まれた作業をしてたってのがデカかったけど。


 その時のことを思い出せば、幾らかは平常心を取り戻せるはずだ。

 落ち着いて、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。


 吸って、吐いて、また吸って……、


「——って、ダメだ。全然緊張が収まらねえ……!」


 え、なんで。

 マジでなんでだ?


 ライブの時とは全く系統の違う緊張だ。

 指先が冷えるような感覚も高熱にうなされるような感覚もない。

 ただただ顔の周りがクッソ熱く、心臓の鼓動がやかましい。


 とはいえ、いつまでも美玲を待たせるわけにもいかない。

 流水をぶっかけるようにして顔面を濯いで物理的に顔を冷やしてから、お茶を持ってリビングの扉を開ける。


「すみません、お待たせしました……」


 声を掛ければ、機材を並べたラックを眺めていた美玲がこちらを振り向く。


「ありがと! って、顔濡れてるけど……どうかしたの?」


「あ、いえ……ちょ、ちょっと顔になんか、つ、付いてた……気がしていたので」


 思いっきりきょどりつつも、どうにか話題を逸らす為に話を振ってみる。


「あ、あの……何か、見てたんですか?」


「うん。何か賞状が飾ってあるなーって思って。前に来た時は見えなかったから」


 美玲の視線を追ってみれば、ラック上部の前面に額縁に入れられた賞状が雑に置かれてあった。

 前に見えなかったのは、機材の陰に隠れていたからだろう。

 それが何度か出し入れするうちに視認できる位置まで移動したか。


「あれって、何の賞状なの?」


「あれは……小六の時に地元の子どもドラムコンテストで優勝した時のやつっすね」


 答えれば、


「……へえ、そうなんだ。陽人くんって昔からドラム上手かったんだね!」


「まあ、昔から友達いなかったんで、家でドラム叩いてばっかでしたから。それに規模もそんなに大きくなかったですし……」


「それでも一番を獲れたのは凄いことだよ。だからほら、もっと胸張って!」


「う、うす……」


 笑顔を浮かべる美玲から咄嗟に視線を逸らしてしまう。


 やべえ、いつも以上に目も合わせられなくなってるな。

 これ最後まで俺のメンタル持つ自信ないんですけど。


 内心で弱音をこぼしてしまうのだった。

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ぼっちで陰キャの俺を学校一の美少女ギタリストがバンドに勧誘してくるんだけど 蒼唯まる @Maruao

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