第34話 あまりに不摂生が過ぎるので

 今日はスタジオでの練習がない日だから、速攻で家に帰って機材の使い方とかを勉強するつもりだったのに、その予定は急遽入れられた買い出しによっておじゃんになってしまった。


「はあ……やっぱ遠いな」


 家からスーパーまではそれなりに距離がある。

 歩いて十五分くらいだろうか。

 加えて『Lilac』とは逆方向にある上、家の近くにコンビニがあるから、ここに足を運ぶことは滅多にない。


 そもそも食料品は大体ネット注文で済ませてるし。

 だからまあ、スーパーに行くのは一ヶ月振りのことだった。


 若干、億劫になりながらも店に辿り着けば、美玲が入り口でマイバッグらしきトートバッグを肩にかけて待っていた。


「……あ、陽人くん!」


「あ、その、すみません……待たせちゃいましたか?」


「ううん、わたしもついさっき着いたとこ」


 美玲はぱっと笑顔を浮かべると、「じゃ、入ろっか」と店の中に入っていく。

 その後を付いていきながら俺は、買い物カゴを取る美玲に小さく頭を下げた。


「……その、申し訳ないっす。俺なんかの為に手間かけさせてしまって」


「全くだよ、もう。前からだけど、きみの食生活聞いてるとはらはらして仕方なかったんだから。よくそれで体壊さないでこれたね」


 言って、こちらを振り返り、


「——なので、これから陽人くんには脱不摂生する為の特訓を受けてもらいます」


「特訓……すか」


「うん。具体的には、カップ麺や菓子パン、栄養ゼリーばかりの食生活にならないよう、自分で料理を作れるようになってもらいます!」


 ……うげ、マジか。


 自慢じゃないが、家庭科の調理実習では置物扱いしかされてこなかった。

 ハブられていた云々抜きにロクに包丁も触ってこなかったからな。


 作れる料理があるとしたら、卵かけご飯(殻入り)が精々のクソ雑魚太郎だ。


「そこまでしなくても、惣菜を買ったり外食でどうにかなるんじゃ……」


「ダメです。それだと満足な量食べれないしお金もかかるでしょ。わたしもきみもまだ学生な上に音楽に少なくないお金をかけてるんだから、節約できるところは節約していかないと」


 もっともな正論にぐうの音も出ない。


 美玲の言う通り、楽器代は当然として、スタジオ代だってちりつもでかなりの出費となっている。

 バンドをするようになって週四で通う週も出てき始めたくらいだし。

 時雨さんのとこじゃなきゃ、まず間違いなく今ほどは通えてなかっただろう。


 これらの理由を鑑みれば、食費を抑えようとするのは当然の判断ではある。


 それはそうと、意外と庶民的というか家庭的な考えを持ってるんだな。

 わざわざ買い物用のトートバッグを持ってきているのもその表れと言える。


「というわけだから、今日から夕ご飯だけでもちゃんとしたものを作って食べれるようになってもらうよ」


「……う、うす」


 頷けば、美玲は満足げに目を細めた。


「ならよし! じゃ、一緒に頑張ろうね!」


「……え、一緒に?」


「そう、一緒に。だって、先生役がいた方がずっと早く覚えられるでしょ。楽器だって独学より教える人がいた方が手っ取り早いでしょ」


「そう……っすね」


 俺の場合、基礎をちょろっと教わっただけで殆ど独学だったけど。

 でも、そのちょろっとした基礎があるかないかだけでも習熟レベルに大きな差が出たとは思っている。


 師になる人がいるかいないかは重要だ。


「それにわたしが言い出したことなんだから、最後まで面倒みるのは当然だよ」


「……それでわざわざ、俺なんかのために」


「気にしない気にしなーい。半分はわたし……というか、わたしらの為でもあるし。ほら、いざライブ本番って時に不摂生が祟って体調不良で出演できませんーってなったら凄く困るわけだし」


「確かに……」


 それで迷惑かけたら、合わせる顔がなくなる。

 多分、後ろめたさで数日は寝込む気がする。


「ね! だから陽人くんは、わたしの思いつきに巻き込まれちゃったなーって程度に捉えれてくれればいいよ!」


「う、うす……?」


 なんか上手く丸め込まれたような……。

 まあ、いいや。

 美玲がそう言ってくれてるのだから、深くは考えないようにしよう。


「……あっ、そうだ。陽人くん」


「あ、はい。なんでしょう」


「これからは、俺なんかー、みたいに自分を卑下するの禁止ね!」


「へ? あの、えっと、どうしてっすか?」


「なんでも! 絶対遵守だからね!」


「……う、うっす。気をつけます」


 応えてから俺は、美玲が持った買い物カゴを代わりに持つことにした。

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