第23話 日陰者の独白
「——実は過去に一度だけ、バンドを組んだことがあるっす。当時の同級生が、文化祭でバンドをやるから一緒にやってくれって頼んできたのがきっかけで」
「……そうだったんだ」
「っす」
中二の秋前の出来事だった。
その頃の俺は今よりちょびっとだけ外向的だったのもあって、二つ返事でドラムを引き受けることにした。
叩くことは好きだったし、バンドを組んでの演奏に興味もあったしな。
「ただ正直言って、その時のメンバー全員、中学生レベルというのを抜きにしても、演奏も歌唱もお世辞にも上手いとは言えなかったっす」
言葉を選ばないで評価するのなら、ボーカルもギターもベースも漏れなく素人に毛が生えた程度。
人前で演奏するには、個人でも全体でも相応の練習を重ねる必要があった。
とはいえ、幸いだったのは演奏する三曲がどれも比較的簡単な部類だったことか。
ついでに本番までは大分期間があったし、しっかり練習さえすれば問題なく完成させられる。
——そのはずだった。
「……でも、そうじゃなかったんだ」
小さく頷く。
他の三人はまともに練習するつもりはなかったからだ。
確かに素人目から見ればそれっぽい演奏はできていたと思う。
でも、少し音楽を齧っている人間からすれば全然形になっていなかった。
「だから、もっと練習して完成度を上げようって何度も提案しました。だけど、誰も聴く耳を持ってくれず、逆にウザがられるようになったっす」
けれど、俺がバンドをクビされることはなかった。
というよりは、できなかったというのが正しいか。
俺の代わりになるドラムを見つける手間や労力を考えると、俺を手元に置いといた方が遥かに楽だったろうしな。
「その頃からですかね。俺への当たりが強くなったのは」
ガン無視されるだけならまだマシで、人格否定するような悪口を叩かれることもあった。
更に酷くなってくると、自分たちの演奏を棚に上げて俺のドラムに文句をつけるようになってきた。
単調な楽曲だった故、少しでも盛り上げようと入れていたドラムのアレンジを罵倒に近い勢いで咎められ、それが発展して原曲にあるフィルインにも関わらず余計なことをするなと執拗に叱責され、挙句の果てに最低限のビートでリズムキープだけしろと命じられた。
『お前、ちょっと俺らより上手いからって調子乗り過ぎ』
『一人だけ目立とうとすんなし、ドラムなんだから大人しく俺らを引き立てることに専念しろよ』
『お前と一緒に演奏すんの息苦しいわ』
なんてことを言われたのもこの時期だったか。
だが、その時にはもう何も言い返す気力すら湧いてこず、ただただショックで数日眠れなくなったことは覚えている。
結局、最終的には全く合わせ練習することなく文化祭当日を迎えることになった。
「……それで、どうなったの?」
「当然、散々な結果で終わったっす。酷すぎても最早お通夜でしたね」
ギターは普通にミスりまくるし、ベースは独りよがりな演奏するからテンポがぐちゃぐちゃ、ボーカルもそれっぽく歌ってはいるけど、実際はキー外しまくり。
俺も原曲よりもかなり簡略化された手抜きビートを叩かされたせいで、全く盛り上がりを作ることができなかった。
でも、これだけならただ白けた演奏をしたってだけで話が済んだ。
よくある話ではないが、ちょっとした黒歴史を作ってしまった程度で片付けられただろう。
——本当に最悪なのはここからだった。
「何が、あったの?」
「クソな演奏をした原因を全て俺のせいにされてました。俺が我儘過ぎてバンドの足を引っ張ったから、まともに練習にできなくてあのような結果になってしまった——そんな話をでっち上げられていたっす」
俺からすればどう考えたって無理のあるカバーストーリーだ。
だが、バンドのメンバーは全員クラスの中心的存在で発言力があり、俺にはそれを否定できるだけの発言力を持ち合わせていなかった。
そのせいで観客の非難の矛先は、全て俺一人に向けられた。
お前が折角の演奏を台無しにした。
ドラム経験者とか言いながら、そのくらいしか叩けないのかよ。
陰キャが足引っ張るとか最低だしキモいわ。
そう言わんばかりの排他的な視線を体育館中から突き刺すように向けられて、それ以来ステージ上からフロアを見下ろすのがトラウマになった。
そして、この一件がきっかけで俺はクラスからハブられ、卒業するまでそれが改善されることは一度もなかった。
「——これがさっきのリハーサルで上手く演奏できなかった理由っす。あれから三年近く経ったし、演奏する場所も学校じゃなくてライブハウスだからなんとかイケるかと思ったんですが……ダメでした。すみません、こんな大事なことずっと黙ってて」
頭を下げるも、ただ静寂が流れるだけ。
あまりにも反応がないので、恐る恐る顔を上げて美玲の様子を窺えば、きゅっと口を結んで、拳を握りしめていた。
静かにではあるが憤りを露わにし、何なら悔しさを滲ませているのが見てとれた。
美玲がようやく口を開いたのは、十秒近い沈黙を挟んだ後だった。
「……何それ、陽人くん少しも悪くないじゃん。むしろ一番の被害者じゃんか」
「へ……?」
思ってもなかった反応に間の抜けた声が漏れる。
そのままつい訊いてしまう。
「怒ってない、んすか……?」
すると、美玲は小首を傾げ、
「陽人くんに? ……まさか、全然!」
一転、にこりと破顔してみせた。
「感謝こそすれど、きみに怒ることなんか一つもないよ。だって、わたしらの為に頑張ろうとしてくれたんだもん! そんなきみを責めることなんかできないよ」
「……そうだった、んすね。てっきり俺、今になるまで隠してたことに対して腹を立てていたのかとばかり」
「わたしが怒っているのは、その時のバンドメンバーと周りの人たちです! 誰も陽人くんの凄さを分かってなさすぎ! これだけの才能を埋もれさせるなんてどうかしてるよ!」
まるで自分のことのように怒りを露わにする美玲。
初めてだった。
あの一件に関して俺を味方してくれようとしてくれる人が現れたのは。
途端——息が詰まり、目頭の奥が熱くなる。
知覚した直後には、目尻からボロボロと大量の涙が溢れ出していた。
「あれ……?」
なんでだ。
自分で原因が分からず、戸惑っていると背中に温もりを感じる。
美玲が優しく微笑みながら、俺の背中を優しくさすってくれていた。
「教えてくれてありがとう、陽人くん」
本当にありがとね、その一言が余計に涙腺を崩壊させてしまう。
泣き止むことができたのは、それから十分近くが経った後だった。
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