第六章
第31話 敗退後
ホイナスが帰り、オレは一人ベッドの上で寝転がっていた。
屋敷の清掃は終わり、荷物の搬入も終わった。
やることは決まっているが、一度整理したい。
二人の人間を殺害したが、アグルの闇を明るみに出し、解決へと向かわせたことへの温情で、ここに来ている。
学園を即退学ではないことから、学園長の計らいで現状に落ち着いていると考えられる。
学園は残り一月程残っているため、終業式までの間、オレを隔離するために強制任務を課している。そうでもしなければ、オレを繋ぎ止めることができなかったのかもしれない。
任務内容は、三十体程の魔物討伐。
魔物がどんな生物か、オレは見たことがない。ただ、獣、動物は狩った経験がある。名前に魔が付くため魔力を有しているのは理解できるが、基本は獣、動物と変わらないはず、悲観することはないと思う。
まずは森の探索。次に地図の作成。そして、討伐開始。こんな流れでいいだろう。
森はそれなりの広さがあると思われる。
今日の進入で探索、地図の作成まで終わらせる。
やるべきことを明確化し、進入前に魔力石を設置。
早速森へと進入する。
青々とした木々が生い茂り、視界は一瞬にして緑一色へと変わる。
「やっぱりか…………」
屋敷に到着したと同時に感じた魔力。
それが屋敷を囲む森に充満している。
自然魔力のようだが、濃度が高すぎる。
村付近よりも濃い魔力だ。
魔力で生物の感知も困難。
この濃い魔力は認識阻害の役割も兼ねている。
村にあまり人が来ないのは、同じようなことを行っているからなのだと理解した。
濃い自然魔力が漂う場所は、気をつけた方が良さそうだな。
魔物であれば、純粋な鼻の良さなどで獲物を嗅ぎ分けれる。だが、オレにはそれが無い。
いつ襲われるか不明なまま、探索を行わなければならない。警戒心は最大限、慎重且つ大胆に動く。
今後のことも考慮し、自分の魔力を込めた石を等間隔に設置する。縦横百歩の距離で設置し、碁盤目状の地図を作成する。
まずは二つ目を設置。
「…………大岩が左手前に一つ」
次は横に移動。先の場所から左に進み、石を設置してまた左へと移動する。
屋敷が見え、左を向けば少し先に進入前に設置した石が見えた。
そこに四つ目の魔力石を設置し、屋敷の外周に石の設置を始める。
数十分で外周への設置が終わり、屋敷の広さも正確に判明した。
縦横百歩を五回。石の設置も同じ回数。
大きいと思っていたが、正確な数字と図を描くことで、より屋敷の大きさが異常なことを理解した。
屋敷の門から少し先の森から始めたが、そこが丁度中心。かなり細かく設計されていることが理解できる。
百歩で作図するため、思いの外距離があり一回一回が大きい。
とりあえず、百歩二回分の距離を屋敷から作図し、石を設置した。
地図には、大岩や特徴的な草花を目印に入れることで、迷った際の措置を施した。
◆◆◆◆◆◆
翌朝、目を覚ますと、早速オレは任務に取り掛かる。
作成した地図を持ち、荷物の中にあった鉄剣を帯刀。防具は無し。
最大限の警戒を行いつつ、森の中へと足を踏み入れる。
相変わらず自然魔力が濃く、周囲の生物は確認できない。
昨日の探索時には、魔物を見かけることはなかった。
ただそれは自分だけで、気づかれていた可能性はある。もしくは、夜行性で動いてなかったとも考えられる。
夜行性の場合は出直しとなるが、それはそれで早めに知りたいところだ。
「やはり魔力を感じれないな……」
昨日も試していた魔力感知を何度も試すが、反応は一つもない。
目に魔力を宿し周囲を見ることで、個々の魔力を判別できる手段。これが機能しないとなると、発見することも困難で、討伐どころの話ではない。
何とか魔物を視認できる手段を確立しなくてはならない。
ただ、その手段を確立しても、魔物たちは俊敏性が高く、攻撃性も普通の動物とは違い獰猛。魔法も使えるようで、思ったより厄介な生物であることを知った。
荷物を改めて整理する中で、魔物に関する本を見つけ、部分的に読むことで頭に入れた。
学園長の計らいだろうな。
「……ん? 今何か……」
視界の端で何かが動いた。
速すぎて姿を確認できず、臨戦態勢で次の機会を伺う。
木の周囲の草は膝まで伸びており、大きくても隠れることが可能な大きさ。森全土の草が同じ高さであるならば、まだ動きも理解できる。
ただそうでないため、警戒せざるを得ない。
「っ――――! 白い……」
隠れるように動く生物の一部を視認する。
色は白く、尻尾と後脚の形から考えて兎。
森に同化するような色では無くて一安心だ。
しかし、一瞬。
兎は宙に浮き、一匹の狼が姿を現した。
「ふぅぅ…………」
兎は狼に咥えられていた。やられたか。
どちらも魔力を宿しているため魔物だが、やはり弱肉強食。狼は兎と対照的に全身黒く、気づくのが遅れた。
それに、普通の狼より一回りほど大きく、威圧感も比ではない。
剣を引き抜く。
「――――」
狼はゆっくり兎を落とす。
始ま――――速いっ。
『フゥ――』
一瞬だ。目の前に牙が見えた。
何とか横に跳んで回避。次は何――――っ!?
足に痛み…………切り傷? 狼は……いない!?
何処だ。どこにいっ――――。
「ってぇ………」
横からの衝撃で吹き飛んだ。
衝撃のあった方向を見るが、姿は何もない。
…………速すぎる。
狼の魔物は、俊敏性に特化した生物なのだろうか。現状ではそれが妥当だが、果たしてそれだけだろうか。
考えてる暇はない。今。
「ここで…………来ない?」
警戒を解かずに周囲を探っていく。
しかし、狼は本当に姿を消してしまった。
狼の魔物。正式名称は知らないが、
どちらも普通の動物とは違っていた。
魔兎はギリギリ目で追えたが、魔狼はどこから来るのかすらわからなかった。
今後はコレらを相手していくことになる訳だが、解決する糸口はまだ分からない。
もしかしたら、冒険者はかなり危険な職業かもしれない。
怪我もあり、まだ森の中を把握していないため、一度屋敷に戻る。
魔力の練度、戦闘経験、知識、どれも足りない。
しかし、任務期間は一月、ゆっくりはできない。
『ヴゥゥ……』
『ブルゥゥ……』
動物の、魔物の声が聞こえてきた。
茂みに体を寄せ、静かに音の方へと近づいて行く。
「いた…………」
対峙するのは魔狼と猪。
猪は恐らく魔力を持っているため、
それにしても、魔物の争いを見れるのは運がいい。
参考にさせてもらおう。
『ヴゥ――』
先に動いたのは魔狼。
一瞬にして距離を詰め、魔猪の横腹に噛みつこうとする。
しかし、魔猪の周囲に土が飛び散り、魔狼はその行動をやめた。恐らく魔法で防御したのだろう。
魔狼は先と同じ距離感を保ち、機を伺い始める。
ただ、魔猪がそれを許すことなく、土の塊が魔狼を襲う。
魔狼は、それを軽く回避し始める。速さが違い過ぎて勝負になってない。
魔狼は回避しながら足に何かを纏い始めた。
透明な何かが毛並みを揺らしている。
ただ、瞬きをした瞬間――――魔猪の足が千切れていた。
(何だっ、今のは…………!?)
明らかに異様な速さで魔猪の足を刈った。
足に纏った何かが関係しているのは明らか。
魔力を帯びている。魔法であることは間違いない。
しかし、どう考えても速すぎる。オレがアレを真似したところであそこまで…………そういうことか!
魔力属性にも得意不得意があり、魔狼は得意属性での攻撃だったため、あそこまでの速度を出せていたということか。
属性変換はよく行って来たが、得意不得意を気にすることはなかった。
考えればすぐに理解できること。どうして忘れていたんだ…………。
得意を伸ばす方が成長率が高く、応用も効きやすい。
まずは屋敷に戻って得意不得意を見分けなければ…………。
倒れた魔猪にとどめを刺し、食事を行う魔狼に気づかれないよう慎重に進み森を抜け出す。
攻撃して来た魔狼がどこかに消え、魔猪がいたおかげで助かった。
魔狼が同じヤツであるならば、オレは見逃された可能性がある。ソイツを仕留めることができるか分からないが、必ず成長し、任務を遂行する。
◆◆◆◆◆◆
水魔法。
オレの得意な属性魔法はそれだった。
魔力の変換速度や操作性、威力、技の種類の全てで他の属性より秀でていた。
水魔法が5+の評価なら、他は3-程度。それぐらい突出して秀でていた。
得意なこともあり、苦労することなく多くの技を覚え、応用も効かせることに成功した。
「そこか」
『ヴゥゥ――――』
魔狼が現れても動じることなく姿を目で追う。
水球を放ち攻撃。
魔狼はそれを爪で切り裂き反撃を仕掛けてくる。
ただ、宙に舞う水は魔力を失っておらず、動き出した魔狼を追撃する。肉を裂く水の刃。不意を突かれた魔狼は、眼前で足を止め力尽きた。
初日とは違い、簡単に魔狼を仕留めることに成功する。
魔狼に関して言えば、速度についていくため特殊な技を完成させた。
水を極小粒にし展開。それに触れることで魔力を介し、居場所の特定を行う。周囲を自分の領域にしてしまう技。
これにより目で追うこともできるし、即反撃を行うこともできる訳だ。
ただ、展開した極小粒で反撃を行えないため、まだ練度は足りていない。そこが改善されればこの技は完成する。
他にも応用の効く技を多数習得し、オレは一月分の討伐数をあっという間に出荷した。
森の中に居たのは、魔狼、魔猪、魔兎、
任務が終わった今は、他の生物がいないか探している。
そんな中、肩の荷が降りたオレは、一つの発見をした。
それは、魔物の肉はかなり美味しいということだ。
食糧に困り食べてみると、それが判明した。
生物として強いため危険というのもあるだろうが、恐らく食べるために討伐させられたと思う。
まあ、オレ自身も食べているため文句は言わない。
任務も終わり、水魔法という力を手に入れたオレは、学園にいた頃より充実した日々を過ごしている。
屋敷の敷地に種を植え、植物の栽培も開始した。
食料をというより、知識を身につけるための実験に近い。
退学になるかはどうであれ、知識を身につけておいて損はない。
それを自分に言い聞かせながら、残りの時間を過ごす。
◆◆◆◆◆◆
一月が経ち、学園へ戻る日が来た。
戻ると言っても、終業式に参加するだけで、後のことは分からない。
退学を言い渡されるかもしれないし、元通りの生活を送れるかもしれない。学園長の判断を仰ぐだけだ。
「よっ。迎えに来たぜ」
「待ってましたよ」
ホイナスが屋敷の中に現れる。
敷地に入るための門を勝手に開け、ズカズカと敷居を跨いできた訳だ。
…………こう思うのも、屋敷が自分のものと錯覚しているからだろうな。
「それじゃあ、通達するぞ。生徒ヘルトは学園へ戻り、学園長室へ向かうこと。その際の案内をホイナスが行う。コレだけだ」
「そうか。準備はできてる」
「じゃ、行くぞ」
屋敷を出て馬車へと向かう。
外から見えないよう工夫された箱の中へと乗り込む。
ホイナスもオレに続き乗り込み、魔法によって馬が走り出した。
「……で、一月どうだったよ」
「悪くない時間だったかな」
「ほ〜」
ホイナスは質問し、この一ヶ月の生活を聞き出し始めた。
「結構早くに終わったらしいな。任務」
「そうだな。植物栽培の時間の方が長い」
「金もいらねえーし、言われてみれば悪くないな」
「ああ。最終的にはあんな感じで暮らすのがいいな」
「そうだなぁ」
正直答えることはそこまでない。
もう八割は伝えた。
次はこちらから聞いてみるか。
「ホイナスはどうなんだ? 変化はあったか?」
「そうだな。学園の雰囲気も変わったし、集落や村に伝えるために動いてたな」
「他には?」
「あぁ…………、マリエスと旅行に行くことになった」
「やっとか」
「やっと、って何だよ」
「そのままの意味さ」
二人に何かしら繋がりがあるのは、寮に案内された時から知っていた。
二人で馬鹿をするわけでもなく、一人の人間として互いに接していた。どちらから誘ったかは分からないが、距離近く話していれば、年相応に契りを交わしてもおかしくない。
特別二人の容姿が悪いこともないし、性格的にも悪くない。上から言わせてもらうが、身の丈にあった相手、そんな感じだ。
それから学園に着くまで、魔物や魔法、学園事情について話した。
「到着だ。着いて来てくれ」
「……? わかった」
馬車を降り、学園長室まで向かうと思われたが、止まっていた場所は見知らぬ建造物の前。石でできた倉庫のような、そんな建物の前だった。
「学園に行くんじゃなかったのか?」
「これから向かう。お前を一目につかせないようにだとよ」
「なるほど」
他の生徒への配慮というわけか。
一応人殺しでもあるし、恐怖を与えてはならないということだろう。
ただ隠し通路があると、裏を感じずにはいられない。
「通路はここまで。扉を開ければ学園長室だ」
「開けてくれ」
「わかった」
ホイナスが扉を開く。
正面には学園長が座り、中の様相も学園長室のそれだった。
これも魔法なのだろうな。
どうなっているのかさっぱり分からない。
「失礼します」
「ありがとう。ホイナス」
オレは黙って足を踏み入れた。
「一月の任務、ご苦労。これから君の進退に関して話がある」
「はい」
何を言われるのか。
退学、収監、新たな任務……復学、どれだろうか。
「ヘルト君、君の主張により学園、アグルが変わった。我々伝統貴族では動きにくい部分もあり、君の行動はそれを補い、凌駕するものだった」
そうきたか。
上げて落とす。もしくは上げて落とす、そして上げる。どちらかだ。
「ただ、そんな功績があっても二人の命を奪った。これはどうしようもできない。だから、君には特別対応することとなった」
「そうですか」
「うむ。学園には在籍し、登校を行わない形をとることとなった」
特別対応か……。
公表されるかどうか。そこが気になる。
「その形で学園に在籍する人間はいますか?」
前例のないことだと面倒。その確認はしておかないとな。
「ああ、一人いる。アス・ラントスという生徒だ。故あって彼も登校していない」
「分かりました」
アス・ラントス……やはり怪しいな。
学園で見ないと思ったが、特別対応のせいだったか。
…………オレだけで今回の件を暴露できたのはおかし過ぎるな。
長年伏せられてきた不正の数々。それが簡単に明るみに出た。それに、奴は外套の男でもある、とオレの中では疑いがある。で、今回の特別対応の話。
疑うなという方が難しい。
アス・ラントスは、犠牲を払いながらも黒幕として伝統貴族を操り、オレと対峙することで解決へと導いた。妄想かもしれないが、そう考えることもできる。
ただ、もう終わった話。そんなことより、今後のことについて聞かなくてはならない。
「公表しますか……?」
「いや、それはないだろう。式に出てもらおうと思っていたが、それも無しだ」
「分かりました。ですが、幾つかお願いを聞いてください」
「何かね?」
「クラスと他数人の生徒と話す時間をください。それと、一度故郷に帰らせてください」
後悔すると思い、自分の願いを告げた。
「いいだろう。クラス以外の生徒の名前を言いなさい」
「セバル・アルトネイル。リーナ・クロイツ。マリアーナ・トルネルト。この三人です」
「了解した。他にはあるかね?」
「そうですね……」
あの条件は生きているのか?
「卒業の確約をお願いします」
「……そうだったな。君には条件が出ていた」
かなりの数お願いすることになった。
ただ、学園には通わないため、そこが不透明になると卒業資格がなくなる恐れがある。
学園長が何を考えているのか知らないが、今後も都度確認して要求をしていく。
「……いいだろう。元々君には卒業してもらう予定だった。長期休暇後、君はこの前の屋敷に住むことになる。教師陣もそこに派遣するため問題ないだろう」
「分かりました。ありがとうございます」
サラッと言いやがったが、屋敷が学園になるということらしい。
まあ、敷地も広いため、教師陣の住居も建設されるだろう。屋敷も部屋数が余っているし、そこを教師陣の研究室兼教室にするのも考えられる。
…………別で住居を用意してもらった方が良さそうだな。
「では、君の要望に応えるとしよう。ホイナス、応接間にヘルト君を連れて行きなさい」
「了解です。行くぞ、ヘルト」
「はい」
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