第五章

第25話 開幕



「これより宣誓を始めます。宣誓者、前へ」


 いよいよ選抜戦が始まる。

 出場者は会場の中に集められ、衆目に晒されている。

 何のための宣誓か知らないが、必要な行程なんだと言い聞かせ、黙ってその光景を見る。

 こんなことしなくてもさっさと始めればいいのに。という感想は口にしないでおいた。


「おい、あれ」

「うわっ、マジかよ」

「アス・ラントスじゃねぇか……」

「公爵家だよな?」

「優勝じゃねぇか? アイツが……六年だしよ」


 集まる貴族たちは歩き出した宣誓者を見てヒソヒソと会話を始めた。

 アス・ラントス。六年。公爵家。

 情報が入ってくるが、口ぶりからして相当な実力者なんだろう。

 ただ、これまで名前を聞いたことがない。

 一年と六年で差があるにせよ、噂ぐらいはあってもいいはず。しかし、それが無い。

 だが、佇まいは強者のそれ。

 怪しさを感じずにはいられない。


「宣誓。――――」


 爽やかに言葉を紡ぎ、最後まで優等生。

 にこやかな笑顔を見せ、観客席にいる女生徒を沸かせる。

 あまりにも完璧。だから怪しい。

 裏の顔、陰、何も感じない。

 公爵家の人間は、これまでの伝統貴族の悪事を暴いていない。それだけでも十分な証拠ではあるが、断定せず様子見しよう。もしかすると、奴が裏で操ってるかもしれないしな。


「一度選手は退場して下さい。初戦の選手は移動が完了するのを待ち、立ち合い人が来るのを待ってください」


 呼び掛けが行われ、オレたち選手は入退場通路へと向かう。

 オレは最後に動き出し、通路で初戦を見学することにした。

 残った選手は二人。

 それぞれ体を動かし、合図があるのを待っていた。

 立会人が登場する。

 いよいよ勝負開始。

 会場の雰囲気も高まっていく。


「はじめッ!!」


 試合が始まった。



 ◆◆◆◆◆◆



 初戦から激しい試合が行われ、一気に観客を引き込んだ。

 ある程度基準が分かる、そんな試合だった。

 オレは初戦を見終わり、準備のためにも控え室へと向かった。

 控え室は勿論別々に用意してある。

 伝統貴族、低級貴族、平民。それぞれ大部屋だ。

 ただ今回、平民の出場者はオレ一人。

 出場できる雰囲気でもなかったため仕方ない。

 オレほど厚顔無恥ではないだろうからな。


 準備して来た物を改めて確認する。

 鉄剣に服、急所当て。

 鉄剣に関してはホイナスに用意してもらった。

 学園が支給するものと思っていたためそこは安心していたが、得物置き場みたいなのが無いと分かって少し焦った。

 個別で買い付けなければならず、ホイナスに頼らざるを得なかった。

 ホイナスには学園長に請求しろと伝え、学園長も何も言って来ることはなかった。


 服は付与が禁止とあって、制服や運動着は着れなかった。そのためマリエスが用意してくれて、それをありがたく受け取った。

 急所当てを装備したところで、一度お手洗いへと向かった。


 用を済ませ控え室に戻る。

 しかし、遠くから控え室の前に誰かが居るのが見えた。

 オレは急いで戻ろうと歩く速度を上げた。

 だが、目の前に一人の男が道を塞いだ。



 ◆◆◆◆◆◆



「何を急いでいるんだ?」


 カラドだ。


「何の用だ?」


 質問を質問で返す。


「ふっ……今日を待ち望んでいたんだよ。やっとお前を終わらせることができるからな」

「また何か企んでるのか?」

「どうかな……?」


 あからさまだな。

 わざわざ何かすると言っているようなものだ。

 コイツはいつまで経っても馬鹿なまま。

 油断する気はないが、模擬戦でクルデアにボコボコにされていた奴が相手だ。

 ホヌフィン・ガートル、そこまでオレに憎悪を抱いていない印象だった。

 ただ、今回の選抜戦の初戦がソイツで、カラドがこうも宣言している。

 何かしら作為があったのは分かりきっている。


「何を期待しているか知らないが、その報いを受ける覚悟は持っておけよ」

「知ったことか……精精せいぜい頑張るといい」


 カラドはそう言うと何処かへ向かった。

 話す気はなかったが、こうでもしないとアイツは立ち去ることがない。

 オレは控え室の前にいる誰かを思い出して探す。

 しかし、そこには誰も居なかった。


 控え室に近づく。

 意を決して扉を開く。


「よお……」


 そこには、外套の男が座っていた。



 ◆◆◆◆◆◆



「何をしに来た……」


 すぐに浮かんだ疑問をそのままぶつけた。

 あの日以降姿を見せることはなかった。

 なのにどうして急に現れた。

 今ここで怪我でも負わせるつもりか?

 カラドの刺客………ではなさそうだが……。


「唯一の平民か」


 男は控え室を見渡し一言呟く。


「お前は貴族の悪事を暴露したい、そうだろ?」


 何故コイツが知っている。

 情報が共有されている?

 伝統貴族ならそうかもしれない。

 何だ? 何をしに来た?


「好きにするといい。結果はどうでもいいしな」


 外套の男は立ち上がり控え室を出ていく。

 何がしたいんだ。

 それが率直な感想。

 確認したかっただけか……?

 奴も伝統貴族のはずだ。暴露されて害がない訳ない。

 しかし、結果はどうでもいいと言っていた。

 奴には害が及ばない。答えはそうなる。


「今年で終わりか……」


 確実に奴は六年。

 逃げ切りを確信している。であるならば、さっき考えていた公爵家の男、アス・ラントスの可能性もあながち間違っていない。

 声は宣誓時より低かったが、魔法があれば何だってできる。

 現時点で勝てない相手だったため勝負は挑まなかったが、選抜戦で主張すれば貴族たちは動かざるを得ない。

 そうなれば奴も、今後は行動を控えるはずだ。

 もう少しで計画が完遂する。余計な問題は起こさないほうがいいだろう。

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