第9話 寮生活



 目を開けると、知らない天井があった。

 あれ? 確かオレはっ……。


「……っ」


 痛い。体のあちこちが痛い。

 体を起こすだけで、なんだこれ。


「……起きたか」

「よかった……」


 ホイナスとマリエス。

 言葉が聞こえた瞬間、目だけでその場所を見ると、二人が居た。

 何があったか聞かないとな。


「何で、僕はここに?」

「はぁぁ……」

「いいわ。聞かせてあげる。思い出したら言うのよ」

「はい」

「まず、あんたは――――」


 マリエスが何故寝ているのか説明を始めた。

 時は遡り、各クラスでの説明を行なっている時間。


 ------


「お邪魔しまーす」


 教室の扉が開き、貴族クラスの三人の男子が平民クラス、1-5にやって来たのが始まり。


「お前らは俺たち貴族の寄付金で通えることになっているが、挨拶は無しか? やはり平民に教養は身についていないのか?」


 先頭のリーダーらしき男子が、担任を置き去りに1-5クラスの9人に告げる。


「そうだったんですね。ご両親にお伝え下さい。感謝します、と」


 男子の言葉に対してヘルトが返事をする。

 そこで面白くないと感じたその男子は、ヘルトに標的を定める。


「平民は理解できないようだな」


 貴族らしい発言にクラスのほとんどが萎縮する。

 しかし、ヘルトはその言葉に何も感じていないかのように、反論を叩きつける。


「理解できてないのは貴方ですよ。貴方が寄付金を学園に渡しているんじゃない。貴方のご両親が渡しているんです。なので貴方も、ご両親により感謝した方がいい」


 その場の雰囲気はヘルトの言葉に呑まれ、圧倒的な差で勝負がついていた。

 しかし、それでは貴族のプライドが許さないのか、リーダーらしき男子はヘルトに向けて魔法を放った。

 ヘルトは、それを魔力で体を覆うことで被害を最小にしようと努めた。

 しかし、残り二人の攻撃も加わり、綻びたところに直撃して無防備になってしまう。

 そこを追撃され、ヘルトは意識を失った。


 ------


 思い出した。

 説明を受け、脳裏に映像が浮かぶ。

 クラスの奴、担任にでも話を聞いたのだろうか。

 マリエスは寮母でもあるし、そういった話が共有されていてもおかしくない。


「どう? 思い出した?」

「はい。鮮明に」

「まったく、お騒がせな奴だぜ」

「はっはっはっ。僕のせいですかね?」


 二人は微笑みオレの立場を支持しているように見せた。

 今回に関しては、何も悪いことは言ってない。

 ただ何が悪いかと言えば、貴族に対して何も言えない状況だ。

 偶々貴族として生まれただけの子どもが、何も成してないのに威張っているのがおかしい。

 それを許す親もだが、学園の大人も不甲斐ない。


「起きましたか?」

「ああ、この通り」

「動けるかい?」

「……ええ」

「じゃあ、行こうか」


 見知らぬ男子がやって来た。

 年上であることは間違いない。


「みんな待ってるよ」

「何をですか?」

「君をさ。入寮式でもあるから、みんな気分が昂ってる」

「ああ、そうでしたね」


 入寮式。

 そうか、思い出した。

 今日はその日だったか。

 記憶がまだ混乱しているな。

 明日になれば少しは回復するはず。

 気にせず楽しむか。


「おーい、みんな! 連れて来たぜ!」



 ◆◆◆◆◆◆



 オレの登場と共に、宴の開始が宣言された。

 視線はオレに刺さり、その後笑顔で乾杯の声が響いた。

 悪くない光景だった。


 用意された豪華な料理はみんなで作ったのだろうか。

 とても美味しそうだ。

 連れて来てくれた人に座れるところまで案内してもらい、そこで別れた。

 盛り上がっているが、そこに入る体力が今はない。

 食事をして眺めることにしよう。


「横座るぜ」

「隣失礼します」

「ああ」


 両隣に男子が二人、いきなり座って来た。

 声に聞き覚えがあるのが一人。

 もう一人は申し訳ないが何も浮かばない。


「俺はクルデア。同じクラスだし仲良くしたくてな」

「僕はカイガです。クラスにたった三人の男子です。仲良くしましょう」

「クルデアにカイガね。僕はヘルト。よろしく」


 クラスメイトが来た。

 カイガという奴の声は聞き覚えがあるな。

 そうか、事件を聞き出した奴か。

 クルデアは……まだわからないな。


 二人とも肌が焼けているが、同じ出身だろうか。

 いや、それは考えられないか。

 同じ場所から平民を二人も呼ぶ必要はない。

 資質が高ければそうなるだろうが、大抵が王都に一人は行く。オレとフェリンがそうだったように。


 どちらも運動能力の高さが期待できそうだが、思考能力はどうなんだろう。

 見た目からじゃ全く想像できない。

 ただカイガに関しては、言い回し的にもキレる感じがする。となれば、そのカイガとも仲の良さそうなクルデアも、それなりの能力はあるのかもしれない。


「ヘルトはよく言えたな。貴族の奴に」


 クルデアが口を開いた。


「少し思うところがあってな」

「あれか? 辿り着けなかった奴らのこと」

「ああ、間違いなく貴族が関わっている」

「それは何となく察してました」


 カイガも同意見であることを告げた。


「僕の気持ちはあの時と変わらないよ」

「確かに親が偉いんであって、アイツらは偶々だしな」

「勘違いしてしまうのは仕方ないにしても、放置しているのであまり変わらないんじゃないですか?」

「どうだろうな。雇われている奴らは協力して黙っているかもしれない。親の耳には届いてないのかもな」

「なるほど……」

「まあ、変わらず対等な立場を貫く感じだな」

「そうだな」


 二人ともそれなりに自律している。

 話した感じ、同じような思想を持っている気がする。

 すぐに決めつけず、思考を繰り返そうとする辺りがまさにそう。

 今後も良い関係が築けそうだ。


「楽しんでるところ申し訳ない。時間的に明日に響いてしまうため、これをもって入寮式を終える。片付けして寝るように」


 唐突な終了宣言。

 先輩たちは何も言わずに淡々と片付けを始めた。

 オレたちはそれを見て何も言えず、後を追うように手伝った。


「それじゃあ、また明日」

「おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」


 クルデアとカイガは自分の身の回りのものを片付け、部屋に向かうことを告げた。

 オレはそれを見送ると、改めて確認するためにホイナスの元へ向かった。


「どうした?」

「学園に来る時のアレ。他にもあったらしいんですが詳細は分かりませんか?」

「詳細つっても、犯人が誰か。そうだろ?」

「ええ」


 ホイナスはオレの心の内を見透かすかのように返答した。


「犯人は貴族。これは間違いない」

「そうですか」

「ただ……」

「何ですか?」


 惜しむホイナスに続けるように問う。


「……主犯は子どもの中にいる」

「ほう……」


 重要な情報だ。

 貴族の子が悪さをした。

 これは大義が出来た。そう言って良さそうだ。


「学園長にも報告はした」

「はい」

「だがな、どうやらこれは毎年のように行われているらしい」

「は?」


 伝統か何かと勘違いしているのか?

 偶々ならまだしも、毎年のように人の命で遊んでいるのか。

 信じられない。

 これが同じ人間か?


「学園長も動いているようだが、強く言えないらしい」

「……何?」

「抑えろ。正直すぐに解決できるか怪しいが、俺が別で動いている。今年の内に蹴りは着ける」


 学園長は何をしているんだ?

 強く言えないとは何だ。

 言わなければならないことだろ?

 人が何人死んだ?

 それも子ども。未来ある者たちだぞ。

 簡単に引き下がれるものではないだろ。


「人が死んでいます」

「ああ」

「犯人も判明しています」

「ああ、そうだ」

「それも数年、もしかしたら数十年前から行われて来ていたことです」

「……ああ」

「言えないって何ですか……何百という未来が消えてるんですよ」

「……」


 生活音だけが響く。

 重苦しい空気がオレたちを包み、口を開くことすら許さなかった。

 だが、このままでは終われない。

 貴族の子ども? 関係ない。その親、更にその親も標的だ。


「僕が――――」

「変な考えを持つんじゃないよ」



 ◆◆◆◆◆◆



 変な、という部分が何を意味しているのか。

 ただオレの意見に反対なのは理解できた。


「変な、とは何ですか?」

「分かってるだろ。あんたが出る幕じゃない」


 マリエスは、貴族に歯向かうな。そう言っている。

 しかし、歯向かわなければ変わらない。

 ホイナスが動いて初めて終わりが見えたんだ。

 それに、現に貴族の戯れを経験したオレが、何もせずに居るのは許されない。


「では、我慢しろと?」

「……そうだ」

「無理ですよ。衣食住満足に生活できている人が、それを出来ない人を笑っていい理由なんて何一つとない。それをあなたは許せますか?」


 正直な気持ちだ。

 貴族と平民では待遇が違うこと。

 住む家も違えば、食べる物、着る服すら違う。

 偶々の幸福を武器に、平民を虐げるなんて………それを許す親も同罪だ。


「……あんたは貴族に会ったことはあるかい?」

「いいえ、ないです」

「あんたは今、犯行した貴族の子どもたちを全ての貴族として見ている。それは何の疑いのない貴族への偏見だ」

「それがどうと言うんです?」

「身を案じているだけだ。変に括り付けて歯向かえばしっぺ返しが来る」


 心配か。

 それはありがたいが、落ち着くことはない。


「確かにそうだな」


 ホイナスが口を開く。


「学園長も貴族。だから仲間を集めるのも苦労している。変に噂が立つと、学園長でも首を切られる可能性がある」


 なるほど。

 声をかけた貴族が昔関与していた者なら、それを隠して学園長を狙う。

 真実は闇の中へ。

 そうなることを考え、慎重に行動していた。そういうわけか。


「それに、学園長は平民の俺を雇ってくれたし、風邪を引いた時は腕の良い医者を紹介してくれた。事件のことは学園長と俺に任せろ」


 ホイナスもそっちか。

 まだ子どもなのが悔しいな。

 心配するなと言っても聞いてもらえない歳。

 精神だけが一人前で、他がまるで足りてない。


「……分かりました。二人が言うなら仕方ないです」


 この街に来て心を許した二人。

 流石にその二人の気持ちを無下にしたくはない。

 一度落ち着くためにも任せた方がいい。

 その間に人を見る目を養おう。



 ◆◆◆◆◆◆



「はぁ……」


 昨日は濃い一日だったな。

 入学式に貴族との確執、入寮式に事件の詳細。

 毎日こんなんだったら結果を残すとごろじゃない。

 ドンッドンッ――――何だ?


「誰ですか?」


 扉を開けて訪問者を確認する。


「新入生か!?」

「は、はい」

「大変だ! あと二人の新入生が――――」

「どこだッ!」

「こっち」


 クルデア、カイガ。何があった。

 何故二人だけ………。

 まだ足りないと言うのか?


「くそっ、遅かった……」

「状況は? 何があったんだ?」


 訪ねてきた男子に着いて来ると人だかりができており、何台かの馬車があった。

 遠くには出発している馬車が三台見えた。


「……二人は全身に傷を負っていた。しかも、下着一枚で放り出されていたっ」

「……なに?」


 暴行を受け、辱めも受けたのかっ。

 これを我慢なんて出来そうにないぞ、ホイナス、マリエス。

 百歩譲って大人の貴族に手は出さない。

 だが、学園にいる間、オレは貴族を許しはしないぞ。

 何かあるたびに対抗し、平民の恐ろしさを身に刻み込んでやるっ。

 学園は教育方針から身分差は無いものとされている。

 親に泣きつくまで徹底的だ。


「マリエス……」


 誰かから説明を受けている。

 寮母だから話が共有されているのかもしれない。


「マリエスさん」

「……君か」

「二人は無事ですか?」

「無事………命に別状はないと説明は受けた。既に学園内の医務室に運ばれているようだ」

「そうですか」

「私は行くが、君は?」

「行きません」

「そうか」


 マリエスは、寮母の責任を果たすために医務室に行くようだ。

 しかし、この事件を学園はどうするのだろうか。

 見ていた人の数が多いし、流石に注意、忠告があってもよさそうだ。

 ただ、この世界は貴族に甘い。

 確かめる必要があるな。


「マリエスさんっ」

「何だ? 急いでいる」

「報告は上がりますか?」

「……誰に?」


 この状況でマリエスはしらばっくれる。


「学園長にです」

「……私も報告をする義務がある。だがこの騒ぎだ。もう既に上がってるだろうさ」

「そうですか」

「私は行く。無茶なことはするなよ」


 返事はしなかった。


「大丈夫そうか?」

「医務室に行ってるみたいです」

「そうか。もうそろそろ時間だ。支度を済ませた方がいい」

「はい……」


 さすが先輩、だな。

 こういった理不尽は既に経験しているのだろう。

 やり返せばどうなるか分からない。

 だったら自分に火の粉が降りかからないように努めるしかない。

 それが利口な人間なんだろう。

 ただ、オレには難しそうだ。


「ねぇ、聞いた? 今日の朝、新入生の男子が晒されていたらしいよ」

「えぇ!! ほんと……?」


 登校を開始して、寮から学園へ向かう道に差し掛かると、女子生徒が話をしていた。

 ある程度小声気味なのは、貴族のお嬢様に聞こえないようにするためだろうか。

 噂はすぐに広がる。

 今回の件も、一時期の娯楽として消化されるのだろうな。


 校舎へ入ると、オレは紙に描かれている場所を目指した。

 昨日は結局、学園内の施設の話が聞けなかった。

 担任の配慮か、資料が自室に置いてあったため有効活用させてもらう。


「ここか……」


 学園長室。

 一生徒、それも新入生が来るべき場所ではない。

 それを承知の上で、オレはこの場を訪ねた。

 コンッコンッ――――。


「……はい」


 ……居た。

 ドアノブに手をかけ扉を開く。


「1-5。ヘルト・アンファングです。お聞きしたいことがあって訪ねました」

「……本来は手続きがあるのだが、まあいいだろう」

「ありがとうございます」


 学園長の言う通りではある。

 しかし、こちらにも譲れないものはある。


「聞きたいこととは何かな?」

「今朝の事件と入学前事件、昨日の暴行事件についてです」

「なるほど。続けなさい」


 学園長は目を細め、オレを鋭く睨む。

 何を言いたいのかはお見通しのようだ。


「この三つの事件には、貴族家の子どもが絡んでいると思うのですが、学園側は対処しないのでしょうか」

「ほう。何か思うところがあるのかな?」

「はい」

「……言ってみなさい」


 少し間を開け、学園長は続けるように告げた。


「こんなに頻発しているというのに、学園側の対処が見えないというのが一つ。後は個人的に思うことで、偶々貴族として産まれた分際で他の者を傷つけ、それが許されるのはどうなのか。そう思います」


 全てではないが貴族を貶すような言葉も使い、思いを告げた。


「ここだから許される発言だ。外では気をつけた方がいい」

「知っています」

「そうか。君の思いに私は概ね賛成だ。幼少の頃に私も君と同じような考えを持っていたよ」


 言葉だけ。そう捉えておこう。

 簡単に信じることはしない。


「しかし、殆どの国々、都市では階級が設けられ、発展した歴史と社会がある。それに、人はすぐに錯覚に陥る」

「仕方ない………そう言いたいんですか?」

「……そうなるな」


 結局か。

 学園長も貴族。

 少しは理解を示しているが、権力側なのは変えることのできない事実。

 ただ、言質はとらねばな。


「学園長は貴族ですよね?」

「ああ、そうとも」

「では、二つ聞かせてください」

「何かね?」

「何のために平民の入学を許可するのか。貴族なら貴族との話を通せる思うがそれはできないのか。この二つです」


 学園長は動かしていたペンを置く。

 この答えがオレの行動を変えることと理解している。そんな雰囲気だ。


「平民でも入学を許可するのは、社会の中で活躍する者を多くするためだ。もう一つの方は、話をすることはできる。しかし、それは難しい。納得できたかな?」

「……はい。失礼しました」


 答えがはっきりした。

 学園長は………使えない。

 自分たちで何とかするしかない。

 ホイナスとマリエスが言うように、難しい立ち位置なのだろう。

 貴族の親に言うのか、子どもに言うのか。その判断も難しい。

 学園長はほぼ八方塞がり。

 自由に動けるのは、生徒たちのみ、か。


 ドアノブに手を掛け扉を開く。


「犯行を行った者たちも、成長すれば理解するだろう」


 振り返る。

 学園長は手を動かし、もう何も言うことはない。そんな態度だった。

 オレは放たれた言葉を反芻した。


 ――――やはり、学園長は使えない。


「それじゃあ、僕たちは我慢して耐えろ。そういうことですね」


 廊下に出ると、皮肉を告げ扉を閉めた。

 反応して学園長が顔を上げたが無視。

 入学を許可して貰えたのはありがたいが、最後の言葉は許されない。


 無意識だろうが、オレたちを下に見ているのが分かった。

 何人の命が亡くなったと思っている。

 何人の人間が傷つかなきゃいけない。

 体験しなければ分からないのだろう。

 この学園にいる間、階級制度は無いものとされている。

 やられっぱなしは許さない。

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