第10話 魔法基礎



 教室へ到着し扉を開ける。

 ガラッ――――。


「遅いぞ。席につけ」

「はい」


 担任から注意を受けるだけで、それ以後追及はなかった。

 自分の席と化している定位置に座る。

 授業は今、魔法の基礎をおさらいしている感じだ。

 学園始まって初の授業。

 生徒がどれほどの実力か把握するのも必要か。


 今は復習のようなもので、できないことを説明されてないため、無意識に思考は別の方へと向かう。


 今日まで怒涛の日々を過ごしている。

 それも入学前からだ。

 偶にはゆっくり過ごしたいと思うが、学園に来た理由と条件がそうはさせてくれない。


 学園には、レールに乗る一環として入学した。

 しかし、そこには条件があり、毎年何かしらの結果を残すことが必要となっている。

 今の所事件続きだが、これらを解決したところで、条件の結果に該当するかも分からない。

 オレはただ、走り続けなければならない。


 学園入学はまだスタートライン。

 ここから卒業、就職、結婚、子育て、そういう流れだ。

 ただどうだろう。

 以前と今とでは少し変わった気がする。

 いや、貴族というもの、その社会を知ってしまったためそう感じるのかもしれない。


 以前のレールに乗るという意味は、常識に従い平穏な毎日を望むものだった。

 しかし今では、レールにあるイベントを行いつつ、違うと思うことに対して正直に生きる。という意味に、自分の中で変わってきている。

 虐げることしか考えていない貴族の子息には、絶対好き勝手させない。


「ヘルト・アンファング。『あかり』をやってみろ」


 ボーッとしていたからか、担任から注意を受け実践するよう告げられる。

 何かをやれと言われるだけありがたい。

 何を話していたか、なんて聞かれれば無理だった。


「『灯り』。どうでしょうか?」

「過不足もない。素晴らしい」

「ありがとうございます」


 基本中の基本。

 オレにとっては普通のことであるため、何の喜びもない。

 ただ折角意識を授業に向けることになったため、クラスメイトの魔法を観察していく。


「完璧もいれば………苦手そうなのも居るな」


 オレと医務室の二人を除いてたった六人の女子たちは、それぞれのタイミングで『灯り』を発動させる。

 四人は問題ない感じだが、二人ほど追いつけていない者がいた。



 ◆◆◆◆◆◆



 都合の良いことに、上手くできない二人とは席が近く、後ろからアドバイスを送る。


「もう少し掌をリラックスさせてみて」


 後ろからかけられた言葉で自分の様子が理解できたのか、左前の子は力んだ掌を開き、一呼吸置いて再び『灯り』を行った。


「わぁ……できた」


 効果は絶大。

 一瞬にして動きの悪い魔力がスムーズに流れ、意図も容易く魔法の発動をもたらした。


 恐らく儀式後に魔力について教えてもらえなかったのだろう。

 魔法を発動する際、緊張して上手く魔力を調整できていない。それが問題だった。

 もう一人の方は………魔力の流れが遅いな。

 これはどうしたものか。


 先天的なもの。それならば仕方ないが、解決するとしたら溜を作るぐらい。


「魔法が発動するまでに手首辺りで溜めを作ってみて」


 女子は振り向きオレの顔を確認する。

 もしかしたら出来ない理由があるのかも。


「ふぅぅ………」


 上手く出来たようだ。

 何かしらの疾患があれば症状が出るはずだが、それもなさそうだ。


「ヘルト君。今のアドバイスの説明を求めてもいいかな?」


 担任に聞こえていたようで、全員の前で話すハメになった。

 まあいい。少しだけ魔力について教えよう。


「えーっと、彼女の魔力の流れを見まして、平均的な人間よりもその流れが遅いと感じました。なので、魔法を発動する際に時間が掛かり、発動できたとしても中途半端なものになる。したがって発動に至る前、流れに溜めを作り、ある程度溜まったところで発動する。そういう感じですね」

「「………」」

「ふーん」


 完璧だった一人の女子を除き、教室にいる他の人間は表情を固めていた。

 急に話し過ぎたのかもしれない。

 ただ説明はした。

 オレはやるべきことをやったぞ。


「えー、魔力を見るというのは…………どういうことかな?」

「え?」

「みんな、見えないの……?」


 分かりやすく話したつもりだったが、躓いたところが序盤も序盤。

 魔力が見えない………あ、忘れていた。

 魔力評価値が5ないと難しいことだったか。


 オレはフェリンとまではいかないが、最初から薄っすらと見えていた。だから少し特訓すれば見えるようになったのだ。

 どうやら担任含め六人は、魔力がそもそも見えていないようだ。

 そんなことあるのかと思うが、反応からして事実である。

 仕方ない、そこから説明しよう。


「ま、まず前提として、魔力は血液のように体を循環します。ここはいいですか?」

「「(うんうん)」」


 皆頭を振り肯定する。


「ただ魔力は血液と違って、自分で操ることができます。なので、魔法を発動できますし、傷の患部近くに集めることで治りを早めることもできます」

「え、えーっと………」

「……なるほどね」


 どうやら魔力を集める感覚が無かったらしい。

 いや、集まる感覚と言った方が合っているか。

 全員無意識に魔力を操れたため、その感覚が欠如している。

 ただ理解しているのが少数であるため、理論的に魔力を掴む方がおかしいのかもしれない。


「恐らく、みなさん感覚的に魔力を使っているのだと思います。なので、一度意識的に扱ってみた方が早いかもしれません」

「そ、そうか。どうすればいいんだ?」

「簡単です。『灯り』を発動させようとしてください。その瞬間に中断し、また発動させようとしてください。それを繰り返すことで、発動前に起きる体の変化を理解できると思います」


 魔力はエネルギー、少々熱を持っている。

 それを掴めば後は簡単。

 清めの儀式で理解するものだと思っていたが、そうではなさそうだ。

 偶々4歳で魂が転生したためそこで掴んだのであって、本来は産まれた瞬間から無意識に理解しているのかもしれない。

 この仮説が事実であるかは分からないが、今はそう思うしかない。

 ただ、教えたことが余計なことでなければいいが……。


「おう………なるほど。これが魔力か」

「魔力が理解できたなら、次はそれを見れるようにしてください。目に魔力を集めることでそれは可能になります」


 あとは日々訓練を行えば、日常的に使えるようになるだろう。

 オレと完璧女子以外は、俺の言う通りに魔力を扱い始める。少し経つと、クライダーは魔力が見えたようで、集中する生徒を気遣い、静かにオレの元へやって来た。


「ヘルト君。これは学会で発表できるぞ。やってみないか?」

「え……?」


 突然の話だ。

 ただこの話をするということは、常識的でないということ。教師が知らないため、有益なものではあるのだろう。

 しかし弊害がある。

 それは発表するとなると、面倒事が必ず起こるということ。

 それが無ければ問題ない。


「何か懸念することがあるのか?」

「はい。代表が僕でなければ何とかなるかもしれません」

「そういうことか。であるならば、私が代表として学会に発表しよう。助手に君ということでどうだろうか?」

「はい。構いません」


 クライダーがどういうつもりで代表を買って出たのか分からない。

 こちらとしては、これである程度の結果は出せたとみていいかもしれない。

 口頭で伝えたことを資料にして渡せば終わり。

 楽でいい。


「全員ある程度理解できたかな。それでは――――」


 クライダーは頃合いを見て授業を再開する。

 クラスメイトは一歩進んだことで自信になったのか、前傾姿勢で聞いてるような、そんな感じがした。

 オレは何故か教壇に立ち、クライダーと共に遅れているクラスメイトに教えることとなった。



 ◆◆◆◆◆◆



 ガラガラッ――――。

 教室の扉が勢いよく開き、訪問者の姿が視界に入る。


「うるさいぞっ、平民の分際で!」


 入ってきたのは、オレを攻撃してきた貴族三人組。


「そんなに大声で話してはいませんが……」

「一教師の分際で我々に楯突くな。貴族がうるさいと言ったらうるさいんだ」


 クライダーの発言に手下1が暴論を吐く。

 学園では、原則階級差別は無いとされている。

 それを大股で超えるような言い分に、クラスメイトたちは少しばかり苛立ちを見せる。

 オレもその一人なのだが、この程度ではまだ序の口だと理解している。


「注意されに来られたのですか? それとも、他に用件がおありですか?」


 あえて丁寧に対応して三人組を煽る。


「いやなに、教壇に生徒がいるのが見えてな。学園で遊んでいるのではないか思って来たわけだ」

「そうでしたか。遊びに来られたのかと勘違いしてしまいました」

「安い挑発だ。前の俺たちではないぞ?」


 ほう……口に出来るようになったみたいだ。

 ただ、過去と比べている点を考えると、まだ完璧にいなしている訳ではなさそうだ。


「ふっ。いい機会だ。貴族と平民の違いを見せてやる。お前と教師は教壇から降りろ」


 突然現れた貴族の生徒は、オレとクライダーを教壇から下ろし、自ら教鞭を振るい始めた。

 黒板に書かれている文字を読んですぐさま再現を行った。

 完璧な魔力動作を行い『灯り』を成功させ、次の復習へと移る。


「難易度を上げたこれ。書いてある通り意識すれば再現することができる。それでこれは――――」


 は………?

 ドンッ――――。


「あっはっはっは――――こいつ馬鹿だろ!」

「ヒッヒッヒッヒッ、まともに受けてるッ」

「ククッ、阿呆ですね」


 背中に痛みを感じながらも、耳に届くのは貴族三人組の汚い笑い声。

 掌に出現させた炎の球。

 それを見せて、オレたちにも再現できると告げた。

 その瞬間、掌をこちらに向け、その球をぶつけて来た。

 幸い警戒していたこともあって、そこまで大した怪我はしていない。


 魔力を使って全身を覆い、腕を胸の前で交差させ防いだ。

 奴らはそれを見逃しているのか、はたまたそれを知った上で、吹き飛ばされたことに嘲笑っているのだろうか。

 魔力持ちのくせして、幼稚さが抜け切れてない。



 ◆◆◆◆◆◆



「大丈夫か………!?」


 クライダーが安否の確認へやって来る。

 流石教師。貴族でないため助けることに躊躇がないな。


「大丈夫です。軽傷で済ませました」

「……そうか」


 問題ないことを伝え、バラバラに散ったドアの木片に注意して立ち上がる。


「何事ですの?」


 左から声が聞こえ、その人物に視線を向ける。

 口調からして貴族の子女。しかし、見た目は控えめな茶髪で、何も結えずストレートに流している。

 合っているか分からないが、貴族をしてない、そんな感じだ。


「あなた……教師の方ね。説明をお願いします」


 ツカツカと近寄って来て、クライダーを見てそう告げた。

 クライダーも、その言葉に従い口を開く。


「これは――――」

「おお! マリアーナ様ではないですか!」


 しかし、教室から出て来た三人組、リーダーの男子に遮られる。


「あなたは?」

「申し遅れました。タチノフィ家三男、カラド・タチノフィと申します」

「伯爵家の……」


 マリアーナと呼ばれた子女は、礼儀なのかカラドと名乗る男子の相手をする。

 おかげで情報を得たのだが、今それが必要なのか疑問だ。


「しかし………ここは貴族の教室ではなさそうね」

「ええ。我々も挨拶をして帰ろうと」

「挨拶……?」

「ええ、そうです。親交を深めようと」

「そう」

「では、我々はこれで」


 マリアーナは離れる三人組に声をかけることもなく、立ち去るのを見届ける。

 三人組がへりくだっていたため、それなりの爵位がある家の者なのだろう。

 会話の圧もそれなりにあって、追い払ってくれて助かった。


「ありがとうございます」


 クライダーもオレに続き頭を下げた。


「礼には及びません」


 凛とした態度でオレとクライダーに相対する。

 家柄的にも実力的にも優っているためか、カラドたちにも堂々としていた。

 ただ少し、さっきより冷たく感じる。


「……もう少しハッキリものを言わなくてはずっとこのままですよ」

「承知しております」


 クライダーが返答する。

 しかし、オレはこの感じが嫌いだ。

 現状合わせてやってるのはコチラだ。

 助けてもらったが、結局マリアーナも貴族。

 オレたちのことは知らない。

 ましてや、オレが何を思っているかなんて、考えることすら難しいだろう。


「そもそも貴族がマトモであれば、我々が言わなくても済みますよ」

「あなた……生意気ね」

「あなたもあの三人組と変わらない」

「何を仰りたいのですか?」


 オレは決して引くことなくマリアーナに対峙する。

 三人組も、マリアーナも、結局オレたち平民を下に見ている。

 先人が築いた功績の上に居ることを理解せず、その功績を自分たちが残したものだと錯覚している。

 偉いのはお前たちじゃないというのに。


「口だけじゃ何とでも言えるわ。今の私に、あなたが何か出来るとは思えませんわ」


 マリアーナはそう告げると、背中を見せて来た道を戻って行く。

 ………腹が立つ。

 第三者のくせに、全てを知っているかのように振る舞い、地位によって黙らせようとしてくる。


「………何人か殺すしかないか」


 マリアーナの背中を見ながら結論を口に出す。

 レールに乗って平穏に暮らすのが目的のはずだが、何故か無視できない。

 色々と知っているからだろうか………。

 別に貴族を殺す必要は無い。

 理解させればいい話だ。

 ただ既に、多くの命を奪われていることが、それを償いとして考えているのかもしれない。

 いや、そうでもしないと、奴らは理解できない愚かな者たちなのだ。


 オレ自身も被害に遭っている。

 それがより強く影響しているのかもしれないな。

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