第11話 模擬戦



 カラドの一件から数日が経った。

 教室の扉は綺麗に整備され、初日と変わらぬ景色を見せていた。

 授業は今日までオレにとって復習ばかりで、知らないクラスメイトにクライダーと共に教えていた。

 その間にクルデアとカイガも復帰し、実力をつけることと闇打ちに備えるため早朝訓練を開始した。


 そして今日は、復習が終わり新たに学ぶことが始まる。

 その中でも模擬戦闘というものがあり、オレたちはそこで実力を測ることに決めた。

 自分たちだけでは怪我に繋がる恐れがあるため、本気で戦うことはやめていた。

 それに、どうやら合同の授業らしく、貴族の実力も見ることができるということだ。


 合同の理由は戦闘に向いてない者たちがかなりの数いるということ。

 それで実践を行える人数が少なく、3クラス合同となった。

 ただ、戦闘に不向きな者たちも授業には参加し、適度な運動を行う。体を動かし健康を保つためもあるようだ。

 合同を行うクラスは、1-3、1-4、1-5の3クラス。

 1-3にはカラドたちが在籍しているようで、1-4は低級貴族のクラスのようだ。

 また何をされるか心配だが、警戒して置くことをクルデアとカイガと決めた。


「よろしく」

「はい。よろしくお願いします」


 二人組を作るように促されるが、オレたちは敢えて組まずに1-4の生徒に声をかけ、模擬戦闘の授業を受けることにした。

 低級貴族も貴族と呼ばれているが、大体が両親が功績を上げた者たちで自分たちをあまり特別と思っていない。

 昔ながらの奴らより幾らか接しやすい。

 何人かに声をかけて組むことに成功した。


「まずは慣らしからやろうか」

「お願いします」


 目の前の男児は、オレを気遣いゆっくりとした戦闘の動きを行い始め、オレはそれを受ける形で進めて行く。次は攻守交代で行った。

 クルデアとカイガも見てみれば同じように慣らしを行っていた。

 貴族にでもなればそういう慣習があるのだろうか。


「準備運動として行うことがあるんだよ」

「そうなんですね。取り入れてみようと思います」

「熱心なんだね」


 視線に気づいてか、慣らしを行う目的を告げて来た。

 体に動きを覚えさせるために有効だと感じており、オレはそれをそのまま伝えた。

 ただただ早い動きをやっても、何をしているのか脳と体が理解できていなければ上手く連動できない。

 それを補う為には必要な行為だと思う。

 これを初めてやった人間もそういう理由だろう。


「危ない……!」


 相手の男児から危険を伝えられる。

 ッ――――、なんだ? 木剣………?

 すんでのところで避けたオレは、飛んできた方に目を向ける。


「ごめんごめん。飛んでいっちゃって」


 カラドだ。

 見ていない為断言するのは良くないが、間違いなく故意的にオレを邪魔しに来た。

 反省した素ぶりもなく、慌てた様子もない。


「ありがとう」


 二人組を組んだ男児が木剣を渡す。

 それが済むと、オレは慣らしを続けるべく男児に声をかける。


「続きをしましょう」

「あ、ああ……」


 あくまで組んだ男児だけに声をかけ、カラドには一切の視線を集めることはない。

 いない者として扱い授業に臨む。

 クルデア、カイガには目を向け、何が起きてもいいよう備える。そんな意図を共有した。


 カラドへ無視を決め込み慣らしを再開させる。

 その間、カラドが背中を見せて離れる様子が視界に映った。

 組んだ男児は少しだけ緊張を解いたが、オレは更に警戒を高め、慣らしの速度も上げていく。


「速度を上げて貰ってもいいですか?」

「ああ、もちろん」


 徐々にそれは慣らしではなくなり、木剣の軌道や相手の体の動き、自分の攻撃のみを捉えていた。

 だからなのか、それ以外の雑音は妙に目立ち――――不意打ちは簡単に回避できた。


 クルデア、カイガに目を向ければ、二人も同様に不意打ちを回避しており、訓練を続けていた。

 オレもすぐに意識を戻し、再開させた。


「因縁ですか………?」

「いえ、逆恨み……ですかね?」

「申し訳ないが、ちゃんと相手をした方がいいと思うよ」


 確かに、このままでは訓練もままならない。

 相手の男児からしたら目をつけられたくないというのもあるだろうが、理由はどうでもいい。

 さっさと教師には止めて貰いたいところだ。


「一度休憩しましょう」

「そうだね」


 オレはカラドに向かって歩き出す。

 しかし、一人の教師にそれを阻まれる。


「辞めておきなさい。私から彼に注意をしておきます」

「そうですか。しかし、一言だけ言わせて貰います」

「そうか」


 穏便に済ませるという体で見逃される。

 勿論、オレは手を出すことはない。

 カラドとの間合い的に届かない距離で歩みを止める。

 カラドはオレに気づき、口角を上げて何かを期待している。

 馬鹿かよ。


「自分の成長に目を向けた方がいい。他人に気をかけるほど、君は絶対的ではない。それじゃ」



 ◆◆◆◆◆◆



 タチノフィ伯爵家三男カラド・タチノフィ。

 これが俺の名前だ。


 今まで俺の思い通りにならなかったことはない。

 欲しいと思った物は買ってもらえた。やりたいと思ったことはやらせてくれた。気に入らない奴はクビにして来たし、生意気な奴は調教して手下に加えて来た。

 入学前の平民入園試験で一人の平民の妨害し、入学も阻止している。

 他何人かは、俺より位の高い出自のくせに妨害の一つもこなせなかった。

 やはり俺は特別なんだと改めて認識した。


 入学式が終わり、生き残った者たちを見に行くことにした。

 貴族が失敗した訳だが、もしかしたら平民が上手くやったのかもしれない。

 そう思い、よい人材は手下として使ってやろうと考えた。


 しかし、手下になるどころか反抗された。

 細かいことを気にし、それを盾に俺を上から諭そうとして来やがった。

 何故俺を敬わない。

 気づいた時には、ソイツに魔法を放っていた。

 俺に着いて来る二人も同じように魔法を放っていた。


 そのクラスの担任には止めるよう怒鳴られ、大事にするつもりもなかったため止めた。

 ただ反抗されたことが気に触れ、何かしてやらないと気が済まなかった。

 ビビらせて徹底的に虐め抜いてやる。そう思い、同日決行した。

 同じ相手だと注意を受けると考え、クラスの男に目をつけた。


 奴と同じ平民の出。

 同じだからと言って、奴と同じように歯向かうとは限らない。それに、反抗したとしてもコチラは三人。

 人数有利はそうそう覆せない。


 魔法を使いそれぞれの部屋に侵入し、一人ずつ拉致。

 二人を誰も来ないであろう学園内の林に連れ込み、有無を言わさずボコボコにし、誰の目にも入る場所に磔にした。

 二人は奴のように歯向かうことはなかった。

 やはり奴だけが異常だ。

 奴の心さえ折ればこれまで通り、俺の思い通りの世界だ。


 その時もまだ、俺はそう思っていた。


 翌日、奴がどんな顔をしているか見る為に平民のクラスに行った。

 ただそこでも奴は変わらなかった。

 不意打ちで魔法攻撃を放った。

 しかし、それは防がれ侯爵令嬢に邪魔された。


 それで、今。

 模擬戦闘の際に邪魔をした。

 だが、奴はコチラに興味が無いのか徹底的に無視をして来た。

 この俺を無視しやがったんだ。

 伯爵家の俺を。


 教師が止めたため引いてやったが、奴は俺を挑発して来やがった。『自分の成長に目を向けた方がいい。他人に気をかけるほど、君は絶対的ではない』と。

 お前は弱い。そう言って来やがった。

 もう我慢ならない。

 直接叩いてひざまずかせなければ気が済まない。


 手に持つ木剣を握り締める。

 教師、俺、奴の会話が終わりを告げた。

 瞬間。

 俺は背を向けるフリをして、右手を振りかぶった。



 ◆◆◆◆◆◆



 カラドは迷いなく木剣を振るって来た。

 一瞬背中を見せ、何もしないフリで油断を誘って来たが、オレは間合いを保つように後ろへ回避した。

 木剣には魔力が込められており、当たれば打撲じゃ済まなかっただろう。

 それに、カラドは頭を狙って来ていた。確信犯で間違いない。


「「ッ――――!!」」


 時が止まったように、周囲は静寂に包まれる。

 反応していたのはオレだけで、教師ですら欺いている。当の本人たちにとっては理解が及ばないだろう。


「さっきから何ですか? 下手くそな振りでも見て欲しいんですか?」

「そんな訳ないだろ。言わなきゃ理解できないのか?」

「ええ、分かりません。僕はあなたと同じように生きて来ていないので、空気を読んで察するなんて出来ません」


 何かしゃくに触ることをしたのはわかる。

 しかし、それが何なのか、何に機嫌を損ねているのか分からない。

 いや、カラドのことだ。オレみたいな存在が不愉快なんだろう。


「そうだな。平民にわかる訳なかったな」

「やっと理解できたんですね。それじゃあ、こんな馬鹿なことはやめてもらって、相手の元に戻って下さい」

「馬鹿……?」

「ええ。あなたは………馬鹿じゃないですか」


 瞬間。木剣が迫る。

 魔力の反応も薄らと感じる横薙ぎの軌道。

 反射で足を抜き落下することで回避。

 大股に開いた足を地面につけ、跳ねるように元の高さに戻り、木剣での反撃も同時に行う。


「っ………」


 カラドは下からの攻撃、木剣を仰反るように回避する。

 一瞬宙に浮く。足を地面につけ踏み込み接近。

 木剣が衝突――――砕ける。

 つかを捨て、全身に魔力を纏う。


 逃げるカラド。

 魔法を放ち遠距離戦を狙っている。

 種類が多く見分けが難しい。

 ただ、溜めがあるためそこに狙いを定める。


「くそっ、何故当たらない!」


 苛立つ声が聞こえる。

 この調子だ。

 距離は縮まって来ている。

 後は一瞬の隙に接近し、顔面に一発入れれば終わり。


「ハァ……ハァ……」


 肩で息をしている。今だ。

 足に魔力を集め、普段より強く地面を蹴る。

 そうすることで、押し返しが強く速度を増すことができる。

 一瞬で近づき。


「何っ……!?」

「ふっ――――ん……?」


 オレとカラドの間に透明の壁が出現した。


「そこまでっ!!」


 声の主は、1-3の教師。

 何故止めた。後少しで奴を殴れた。

 世界がお前中心じゃないことを理解させるいい機会だった。

 この教師も向こう側か?

 拳を引きその教師に向き直る。


「な――――」

「今回のことは不問とする。授業に戻りなさい」


 オレを遮り声を張り上げる教師。

 何が不問だ………テメェら貴族のいかれた奴のせいでこうなってんだ。

 自覚が足りねぇんだよ。


 まあ、オレの体力もギリギリ。互いに救われた感じか。

 周りの雰囲気的にオレの勝ちっぽい感じだし、今日のところは良しとするか。


「カラド君。後でお話があります」

「チッ……」


 小さく舌打ちをしてカラドはその場を去った。

 アイツがこれで反省することはないだろうが、どう対処するべきか。

 何回も同じ手は通用しない。

 やはり鍛える以外に道はない、か。



 ◆◆◆◆◆◆



「アイツも懲りないなぁ」

「そうですね」


 授業が終わり制服に着替える途中、クルデアとカイガが話しかけて来た。


「勘違いしていて、プライドも高い。厄介でしかない」

「そうか? 今回止められなければヘルトの勝ちだっただろ」

「ええ。木剣が折れた時はヒヤッとしましたけど」


 二人はまだ楽観的に考えていた。

 何度も魔法を放ったカラドと肉体を強化して動き回ったオレが、殆ど同じタイミングで息が上がった。

 カラドが魔力の使い方を覚えていれば、オレはあっという間に仕留められていた。

 オレ自身もそうだが、今後は魔力の練度がものをいう戦闘になるだろう。


「辛勝と言ったところだな。今回の戦闘で改善点も多く見つかった」

「戦ったお前が言うならそうなのかもな」

「確かにそうですね」


 二人は意見を改めた。


「今後は魔法の習得、肉弾戦の強化、得物を折られない技術の習得に時間を使うけど、二人はそれでいいか?」

「朝の訓練か? 俺はいいぞ」

「僕もそれで構いません。ただ、魔法に関しては急がなくても、と思いましたね」


 カイガは意見に賛同するが、一つだけ異論を唱えた。


「確かに、それには同意する部分がある。今回カラドが使用したであろう魔法は、一切覚えるつもりはない」

「ええ。それなら問題ないかと。隙が大きい派手なものばかりでしたから。実用的ではありませんでした」

「ああ、確かに派手だったなぁ」


 カイガが言ったように、今回のカラドの魔法は見た目重視で、魔力の消耗も激しかったと思う。

 溜めが長く放ってくる場所も大体分かっていた。

 肉体を強化するだけで回避できたのもそれが大きい。

 そう言った理由もあるが、オレたちが求めている魔法はそんなものではない。

 カイガもそれを理解しているため、オレの提案に一度異論を唱えたのかもしれない。


 今回のように、二人にはもっと考え主張して欲しい。

 ただオレの意見になびくだけの奴はいらない。

 オレ同等かそれ以上に成長して欲しい。

 魔力量の評価値では、二人はオレより上だからな。


「どれだけ魔力を節約出来るか。今後はこの勝負だろうな」

「そうですね」

「いろいろ試さないとなぁ」


 着替えを済ませるのと同時に改善点の話は終わった。

 それからオレたちは教室へと向かい、残りの授業を淡々と受けた。

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