第8話 入学
山を越え、副都アグルの検問前に到着する。
アグルは壁に囲まれ平原と隔たれている。中の街は堅固に守られている印象だ。
熊の討伐が終わり、オレたちの旅は平穏が続いた。
馭者も季節外れの熊に不信感を抱きながら、偶に意見を求めて来たりもした。
「平和だな」
「そうですね」
熊の一件以来、気軽に話すようになった。
馭者の男はホイナスという名前らしく、赤茶色の髪に赤色の瞳、そばかすが特徴的で少し肌が焼けている。
外での仕事が多いらしく、動きやすいようにカーキーの作業服を来ているようだ。
「しかし、アグルで一番の学園に受かるとはな。大したもんだな」
「どうでしょうね。学園では下の方だろうと思ってますよ」
「んなバカな。アレだけ出来てそれはないだろうよ」
「そうですかね」
熊を瞬殺したことが、ホイナスにとってかなりの評価に値するらしい。
しかし、不審な点が多すぎて実力とは言い難い。
季節外れとホイナスも言っていたように、熊の動きはかなり悪かった。
それでいて、解体し肉を見たが脂は殆ど無く、肉も痩せている感じがした。骨に関してはホイナスが変だと言って回収していた。
アグルに行くために必ず通る山にいたのも不可解な点だ。
誰が何のために解き放ったのか。
ホイナスも学園に話をするようで、もしかすれば新入生の各道中で同じような被害が起きていると仮説を立てていた。
それで考えれば、平民だけが被害に遭っているため、アグルに住む貴族の戯れとなるが、どうなることやら……。
「しかし、気持ちが悪いですね」
「何がだ?」
「何も無い平原に壁のある建造物が広がっている」
「そうか? 見慣れたから何とも思わないな」
「そうですか……」
到着して思っていたことを告げた。
近くに山があるわけでも無く、森があるわけでも無い。平原のど真ん中に壁に囲われた街が存在している。
壁は必要ないんじゃないか?
住民を制限しているのだろうか?
何処かと敵対しているのか?
そんな疑問も浮かび、アグルの存在そのものを不自然に感じる。
「他の都市や街もこんな風に囲われてるんですか?」
「ここまで立派じゃないが、囲われているところが多いな」
「なるほど。覚悟していた方が良さそうですね」
「考え過ぎじゃねぇか? もう戦争してるところなんてねぇぞ」
「想定しておけば絶望せずに済みますよ」
「そうなんかね……」
戦争があったことは知っている。
村にいる際、父や祖父に教えてもらっていた。
その名残りだとしても、もう戦争を行わないなら解体してもいい。
だがそれをしないということは、まだ警戒せざるを得ない何かがあるということだ。
今はただ、一時の安寧でしかない。
いや、これを平和というのだろうな。
前の集団が検問を終えて街へと入る。
それに従い、オレたちが乗る馬車も前へと進む。
「止まれ」
「はいよ」
「身分証を」
「ほい」
ホイナスは衛兵と手続きを済ませていく。
「一人か?」
「いや、新規の入学生を乗せてる」
「……学園のか?」
「ああ、そうだ」
「どこの学園だ?」
「中央だ」
「先に言えよ。通っていい」
「悪かった」
ホイナスが証明する何かを見せると衛兵はすぐに下がった。
中央。アグル学園のことだろうか。
学園は他にもあり、区画で呼び方があるのかもしれない。
正式名称ではなく、敬称または別称、もしくは蔑称。
「中に入る」
「分かりました」
ホイナスが戻って来て馬車が動き出す。
人に当たらぬようゆっくりと進み、前を進む列に合流した。
「これは全部家ですか?」
「ああ、そうだ」
「大通りと小道しかない感じですね」
「そうだな。移動は馬車か徒歩だからだろ」
「そうですか」
窓から見える景色は、家とその前を通る人々。
小道で家を隔てたような窮屈感がずっと続く。
石畳にもなっており砂が舞うこともない。
大通りの道端には、何かを売っている出店が並び、店員も客も声を出して取引している。
「同じ色の屋根は同業者で合ってます?」
「そうだ。緑が野菜、赤が肉、青は魚、黒は都市運営。そして、黄色が冒険者施設だ」
「ありがとうございます」
◆◆◆◆◆◆
「ほら、学園だ」
ホイナスの言葉に反応し、窓を開けて前方を確認する。
「大きい……」
「改めて見るとそうかもな」
ホイナスは何度も見ているためそこまで感動はないようだ。しかし、オレが言ったことで改めてその大きさを認識したようだ。
学園は門から大きい。
馬車が四つ並んでも通れる程。
街の大通りよりも幅があるんじゃないだろうか。
道脇に植えてある草花も整えられている。
「ホイナスです」
「おう、おかえり。厩舎で馬車を降りて寮まで案内。それで上がりだ」
「了解です。では」
「お疲れ」
衛兵と仲良く話したホイナスが戻る。
「聞いてたか?」
「はい。寮までお願いします」
「おうよ」
馬車が動き出す。
少し進むと広場のような場所が見えて来た。
そこには生徒だろうか、数人の男女が楽しく話しており、
他にも所々に生徒らしき人物がおり、とうとう学園生活が始まることを感じる。
「待たせたな」
「はい」
「はいって、お前な……まあいい、寮に行くぞ」
「お願いします」
厩舎に到着すると、荷物を持ってホイナスを待った。
その間にデカい校舎を眺め、自分は何の目的でここに来たのか自問自答した。
そうしなければ浮かれてしまいそうで、見失いそうだった。
ここに来るほどの人間ではないのかもしれない。
「ここが寮だ。入るぞ」
「……はい」
ホイナスは遠慮なくズカズカと入って行き、オレはそれに着いて行く。
外から見て大きいと思っていたが、中は豪華というほどでもなく、落ち着く雰囲気があった。
外観とは違い木造なのが良かったのかもしれない。
「新入りかい?」
「ああ、連れて来た」
「ホイナスか……元気かい?」
「まあな」
現れたのは、センスという言葉が似合う女性。
服装も一般人のそれとは違う美的感覚で、よく似合っている。
ホイナスとは知り合いのようでタメ口で話している。
「こいつは寮母だ」
「マリエス。よろしくね」
「よろしくお願いします」
マリエスと名乗る女性は、濃紺の髪を腰まで伸ばしており、毛先に向かって明るくなっている。毛先は白に近い水色。鮮やかなグラデーションで目を惹くものがある。
瞳の色は青で、垂れ目なのが印象的だ。
肌は白く、隣にいるホイナスとは全てが対称的と言ってもいいだろう。
他に言うことがあるとすれば、デカいということだろう。
勿論、
隣に並ぶホイナスより腕は太く、だらしなく放り出された足もホイナスを凌駕する。
それでいてハリがあり質量を感じさせる。
「寮は全部で四つある。他の棟には行かないように。君の部屋はこれ」
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
「それじゃあ、案内ありがとうございました」
「おう、またな」
二人に挨拶して自室となる部屋に向かって行く。
これから世話になる場所だ。
綺麗に使って思入れあるものにしていきたい。
◆◆◆◆◆◆
目を開く前の意識が覚醒した状態。
荷物を整理して昨日は寝た。
寝る前まではあまり物音がしなかったが、激しい物音で目を覚ましてしまった。
恐らく他の生徒が慌てているのだろう。
入学初日。
式があるようで、緊張して落ち着かないのかもしれない。
だが、時間前に行ったとして何になるのだろうか。
そんなんで評価が上がるとするならば、世界はもっと忙しいはずだ。
「はぁ……」
目を開き体を起こす。
ゆっくりと身支度を済ませ、今慌てている生徒と行動するのを避ける。
幸いにも部屋は一人部屋。
何かと言ってくる者もおらず、自分のペースで行える。
寮は1階が共有スペースとなっており、入学生は2階、2年生が3階のように決められている。
ゆっくりと階段を降りる中、後ろから急いで降りてくる生徒が次々と追い越して行く。
中にはオレの顔を見て「マジかッ!」みたいな表情をする者もおり、学年が上がるにつれ面倒が増える予感がした。
「おはよう。最後だよ」
「おはようございます」
食堂にやって来たオレにマリエスは挨拶をし、寮生で最後の人間であることを伝えて来た。
正直、それが何だ。という感想しか出てこない。
挨拶を返し、コップを手に取り水を汲む。
寝起きすぐに食事は難しい。
せめて30分は経たないと厳しい。
村に居た頃も、朝起きて訓練しない時はあまり朝食を摂ることはなかった。
その習慣が今も続いているようだ。
「明日からちゃんと食べるんだよ」
「そうですね。明日から」
マリエスは強要することなく注意する程度で朝食を促して来た。
昨日の今日で、朝からの訓練は難しいと思っていたため今日は仕方ない。オレ自身そう決めていた。
「ちゃんと見てるからね。ほら行った行った」
「……はいはい、行きますよ」
「生意気だねっ、まったく」
扉越しに声を聞き階段を登る。
自室へ向かうと、支給された制服に手を通す。
いつ計測されたか分からないが、全ての丈が完璧だ。
しかし、鏡が無いため、全体的な印象を確認することができない。
恐らくだが貴族の部屋にはある。
それを考えると、羨ましさが少しばかり上積みされる。
一般人と貴族では待遇の差がある。
至極当たり前のこと。
ただ、少しばかり気持ち悪さもある。
これが何だったか、最近は思い出せずにいる。
少しモヤモヤした気分を変えるべく、強制的に次にするべき行動を行う。
今日は何も必要ないということだったため、自室を出て鍵を閉める。
鍵を胸の内ポケットに入れながら階段を降り、いざ集合場所へ――――。
「待ちなっ」
「はい?」
靴を履き、外へ出ようと扉に手をかけた瞬間。後ろからマリエスの声が聞こえた。
すると、マリエスは一直線にこちらに向かって来て、オレの頭に手を伸ばした。
「こんな日に寝癖つけて。ほら、この魔法覚えときな」
「うお〜。すごい」
マリエスはオレの寝癖を整えながら宙に水の板を顕現させた。
水面鏡。波紋が広がることもなく、魔力操作でくっきり見えるように調整してある。
並の技術じゃない。マリエスは何者なんだ?
「ほら、これで良し。行って来な」
「ありがとうございます。いってきます」
ゆっくりと歩き出し、指定されている場所まで向かう。
周りに人は居らず、一人静かに景色を眺めながら歩く。
だんだんと人の声が聞こえ始め、指定された場所には多くの生徒が集まっていた。
ただ一箇所にという訳ではなく、二つの集団が分かれて存在していた。
外から見れば一目瞭然。
貴族と一般で分かれているのだろうな。
「さて……と」
指定された広場に到着し、始まるまで待機する。
数分後。
貴族の奴らが大まかな列をなして動き出した。
ようやく始まる。
ただ正直、一般のオレたちは免除してほしいところだな。
観に来る親も居なければ、見栄など気にしてない。
周りを見た感じ、この学園の貴族一般の人数比や、待遇の差で大体が理解している。
「さあ、あなたたちも着いて行きなさい」
貴族の奴らの案内が終わるためか、教師の一人がオレたちの集団に声をかける。
集団といっても、両手で数える程度。
二つと思われた集団だったが、殆どが貴族出身の者たち。溝ができていたのは、貴族至上主義的な奴らが距離をとっていたからだったようだ。
先陣を切る者が居らず、動く気配がしない。
オレは仕方なく一番に動き出し、最後尾の貴族に着いて行った。
辿り着いた場所は、大きなホール。
下がステージで、座る側が段々高くなっていく構造。
列を成して、どの椅子に座るのか前の動きを見る。
既に座る前列を確認する。
「……」
どうやら、貴族と一般で一つ空けるように座るみたいだ。
オレはそれに見習い、前の貴族が座ったのを見て一つ空けて腰を下ろした。
後ろに居た奴も横の椅子に座り、全員が席に着いたところでホールに声が響いた。
「これより開式する」
ザワザワしていた雰囲気は静寂に包まれる。
主に話していたのは貴族たちだが、やる時はやるのかと、偏見が一つ解消された。
それから式は順調に進み、入学する貴族家親代表挨拶、五年目代表生徒挨拶、学園長式辞が行われた。
堅苦しい言い回しをしており、オレ含め大体の人間が理解できているのかすら怪しい。
まあ、古くからの決まりだろうな。
式が終わると、数十人単位で呼び出され移動が始まった。
クラス分けだ。
貴族の方から呼び出され、始めの方に呼ばれた生徒たちは顔を綻ばせ、開く扉から歓喜の声が漏れて聞こえていた。
貴族の中にも競争があるのだろうか。
後の方になると、扉を開き外に行っても声は聞こえてこなかった。
そういうことなんだろう。
「1-5。一階最南教室――――」
残ったのは一般の人間のみ。
ごちゃごちゃじゃないことが幸いか。
貴族とは何かしら起きそうで警戒していた。
それが日常的に起こらないことが楽。
一階の教室ってのもいい。
「――――ヘルト・アンファング。以上」
名前を呼ばれた。
今度は逆で最後になり、前を進む奴らに着いて行く。
◆◆◆◆◆◆
ゆっくり歩いていると、自然と離され迷子になった。
とりあえず一階最南教室ということで、南にある建物へ向かった。
すると、そこには一人の女生徒が居た。
それも明らかに学年の違う生徒だ。
「ここは六年の校舎よ。あなたはどこの子かしら?」
やばい。
普通にやばい。
金髪。間違いない、貴族だ。しかも六年生。
迷ったと言ってもどうなるか分からない。
いや、正直にいうべきだな。
「道に迷ってしまいまして」
「そう。ああ、今日はそうでしたね」
「すいません。1-5と言ったら分かりますか?」
「はい、分かりますよ」
よし。
話の分かる人で良かった。
場所を教えてもらって終わりだ。
「申し訳ないですが、その場所を教えてほしいんです」
「ふふっ、分かりました」
「……ありがとうございます」
「しかし――――」
何だ。どうなる。条件付きか?
「しかし、一つお願いを聞いてください」
「お願い? それはどんなものですか?」
「簡単です。私に抱き締められて下さい」
「……はい? いいですけど……?」
「では……」
何故こんな条件だ?
何が目的だろうか。
陥れるつもり……は無さそう。
女生徒が近づいて来る。
そして――――抱き締められた。
優しく。抱き寄せるように。
「お名前聞いてもよろしいですか?」
「……ヘルト、と言います」
「そう。ヘルト君ね。ありがとう」
耳元で名前を聞かれた。
不意なこともあり、胸が一瞬高鳴る。
それを意識したことで、拍動数が上昇する。
やばい。普通に。
年上の魅力をこの歳で。
もう少し成長していれば間違いを起こしていた。確実に。
腕が解かれ体が離れる。
その瞬間に見えた女生徒の顔は、優しい微笑みで惹き込まれそうになる。
「この子に着いて行くと、目的の場所に行けるわ」
急に小鳥が現れ、説明が始まった。
「ありがとうございます」
「いいえ。では、また」
「はい」
返す言葉が分からず、ただ返事をしただけになった。
また会うかは分からないが、もし次があればもっとマシな対応をしたいところではある。
小鳥を追いかけながらそんな風に考える。
「着いたか。ありがとう」
小鳥を指で撫でて感謝を伝える。
小鳥は来た道を引き返して行く。
しかし、遅れてしまった。
どうするべきか。
「何をしている。早く入りたまえ」
「え?」
扉の前に立っていると後ろから声がかけられた。
「どうした」
「入ります入ります」
急いで扉を開ける。
すると、先に来ていた生徒がこちらに視線を向ける。
「全部で9人か」
後ろから声が聞こえた。
9人。教室内の人数とオレを含めた数。
あれだけ人が居て、この人数。謎だ。
「席に着け」
言われるまま、オレは空いてる席に向かう。
「俺の名前はクライダー。お前たちの担任となる。六年間よろしく」
六年。
受け持ち続けるのか。
いや、オレの場合まだ分からないか。
「とりあえず言っておくべきことは…………えー、このクラスは一般出身の奴しかいない。最後のクラスになったのは貴族との関係。人数が少ない理由だが、事故で辿り着けなかったため、この人数になった。質問は?」
淡々とクライダーは説明した。
事故の部分は、恐らくホイナスの報告のおかげで分かった部分じゃないだろうか。
「いいですか?」
「どうした?」
「事故と言われましたが、僕もそれに近いことは起きました。元々クラスには何人居る予定だったのでしょうか」
最前列の男子が手を挙げ質問した。
周りの奴らは前のめりの雰囲気を出したように感じた。
やはりそうか。
クラスの連中は全員何かしらあったが辿り着いた者たち。
人数によっては仮説が当たることになる。
クライダーが口を開く。
「20だ」
20人。
11人がこの場に居ない。
なのに、日程は変わらず進行している。
この現状が許されている。異常という他ない。
「貴族の戯れか?」
思わず声に出てしまった。
あり得ない言葉に誰もが口を閉じる。
分かっていても耐えなければならない。
それが現在の制度。社会の、世界のルールだ。
「次に建物について――――」
クライダーは話を変えるように施設の説明に入ろうとした。そこで――――。
「お邪魔しまーす」
三人の生徒が許可なく教室へ入って来た。
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