第二章
第7話 旅立ち
とうとうこの日が来た。
村を去り、学園へと出発する日。
およそ二年間待ち侘びた。
今日はフェリンも出発する日で、告知されているのは向こうの方。オレは家族に見送られてこの村を去る。
王都と副都が逆の方角にあるため仕方がない。
序列をつければフェリンの方が上。ならば大手を振るのはそっちになって当然だ。
ただ出発まで少し時間がある。
村に残る幼馴染には挨拶しておいてもいいだろう。
魔力の発現から怒涛の日々を過ごした。
集会が開かれ、みんなに会ったのもそれが初めてだったな。
会う回数はリーベ以外少なかったが、それでも今のオレの中では大事な人たち。今後どうなるか分からないが、また会う機会はあるだろう。
それまでのお別れだ。
「レーターたちに挨拶してくる」
「ああ、いってこい」
父に伝えて家を出る。
いってこいが行って来いなのか、言って来いなのか分からなかったが、まあいい。
二つの意味として受け取っておこう。
始めに訪ねるのはレーターの家。
「おはよう」
「おう! おはよう。お前も行くのか? フェリンの見送り」
「いや、僕は行かないよ。僕も別でこの村を出て行くからね」
「はあ!? お前、もっと早く言えよ!」
やはり集落の人間には伝えられてなかったようだ。
見送る人間がバラバラになれば見栄えが悪い。
いや、序列的なことか。
「いろいろあるんだよ。まあ、そんな訳で挨拶しに来たんだ」
「そうか………また、顔見せてくれよ。俺たちは俺たちでこの村を盛り上げるからよ」
「ああ、必ず。頼んだよ」
「任せとけ」
それを最後に背中を向けて次の家に向かう。
ほぼ無音となった世界を歩き、次は何を言おうか考える。
「やあ」
「おはよう」
「やあ」
次の家に着き、庭で何かしていた二人に声をかけた。
相変わらずな二人を視界に入れ、挨拶を行った。
二人はオレにいつものように返して、何の用か分からず棒立ちしていた。
「お別れを言いに来たよ」
「ん? なんでヘルくんが?」
「ん。へー違う。フェリン」
「僕も学園に行くんだよ。違う場所のね」
そこで二人は口を閉ざす。
レーターがそこまで深刻な感じじゃなかったから、二人も同じだと思っていた。でも違ったようだ。
二人はここに来た時より目を潤ませていた。
「また、仲良くしてね」
「頑張れ」
ルーフェとディートは耐えながら言葉をくれた。
耐える理由はわからない。
でもそれがオレに対して思う気持ち。その重さだと感じた。
「ありがとう。またね」
最後に一言。
後ろを向きオレは村長宅へと向かう。
リーベはオレが学園に行くことを知っている。
村長の孫ということもあるし、家によく遊びに来ていた。
やはり一番仲良くなれたのはリーベだったな。
「ヘルト!」
村長宅への道中、リーベと会ってしまった。
時間が押してしまったか。申し訳ないことをしたな。
「何か用事があった?」
「いやっ、ヘルトの見送りに行こうと思って」
「ああ、そうだったのか。それはすまない、ここでいいよ」
「え……?」
見送られるつもりはない。
家族だけで十分だ。
それに村長の孫がフェリンの見送りに居ないというのは、この先マイナスに働くかもしれない。
フェリンの資質は本物だ。
いずれ国に、いや、世界に名を轟かせる人間だ。
そうなった時、この村も間違いなく注目される。その際どこからか話が漏れて、熱狂的な奴らに目をつけられかねない。
それだけは回避させないといけない。
「リーベとは村で一番仲良くなれたと思っているよ」
「ならっ……!」
「でも、ごめん。最後は家族だけで過ごさせてくれ。フェリンの見送りに行ってあげてくれ」
「………」
あまり遊べなかった他三人があんな感じだ。
それより長く一緒にいた奴がすんなり受け入れるのは、無理な話なんだろうな。
その立場にならなければ分かりそうにないし、そんな日は来ない。そんな気がする。
「じゃあ……」
「ん?」
ボソッと呟かれた言葉を聞き逃すことはなく、オレはリーベの続きを待った。
しかし言葉が続くことはなく、代わりにリーベが抱きついて来た。
そんなに離れた距離でもないため、動きは一瞬だった。
「………」
「ありがとう。仲良くなってくれて」
「……うん。ありがとぅ……」
耳元近くでグズグズと聞こえ、放たれた言葉も震えていた。
ここまで思ってくれる人がいるとは思わなかった。
強まるリーベの力に応えるよう、オレも抱きしめる手の力を強めた。
リーベの華奢な体が壊れるんじゃないか。
そう錯覚させるほどに、強く抱きしめた。
こんなに熱く抱擁をすることはこれまでにない。
この年齢だから、もしくは特別な思いがある時でないと無理なことだ。
リーベと他に誰か。
これほどのものはオレの人生でそれぐらいだろうな。
「それじゃあ、もうお別れだよ」
「……ぅん、ありがとう」
「またね」
力を緩めるとリーベも腕を解いた。
オレはそこで時間を止めることなく、自宅へと歩みを進めた。
どんな対応が良かったか分からない。
ただこれが正解でしかない。
オレの見てる世界では、それが全てなのだから。
◆◆◆◆◆◆
「戻って来たわね」
母の声が聞こえる。
まだ少し家まで距離はあるが姿が見える距離。
今日が最後であるため気にしているのかもしれない。
気にするな。というのは無理な話か。
「戻ったよ」
「もう行くか?」
「そうだね。行こうかな」
のんびりする父に帰宅を伝え、問われたためそれに答えて荷物を取りに行く。
後は家族三人に挨拶をすれば出発だ。
祖父母は現在集会に参加している。それは昨日の時点で分かっていた為、二人には昨日の内に挨拶を済ませている。
「ヘルト」
最後の確認をしていると、部屋に母が入ってきた。
もう既に涙目だ。
色々あって甘えることも少なかった。
オレ自身は何とかなりそうだが、母レリンはどうなのか分からない。
今後、フィルマやその下の子どもに対して依存してしまわないか心配だ。
「お母さん。僕は――――」
「いいのっ」
母は言葉を遮って抱きしめてきた。
「あなたが気を遣ってるのがやっと分かったわ。お父さんが言っていたことも、やっと分かった」
「………」
そんなに態度に出てたかな?
出したつもりはないが、子どもらしからぬ行動がそう映ったのかもしれない。
まあ、気を遣っていたのが事実であるため、反論することはない。
「あなたは自分の思うように生きなさい。成功しても失敗しても関係ないわ。お母さんとしては、また顔を見せて欲しいけど…………六年の時間をありがとう」
「はい。お母さんの子どもになれて良かったです」
オレ自身も抱きつく手に力を込め、母をできるだけ抱きしめた。
恐らく母との最後の時間。
その一瞬を忘れないよう、母の温もりを感じ続けた。
「はい。次は……フィルマかしらね」
「そうですね」
腕の力を抜いて母から離れる。
母の言葉に応えつつ、荷物を持って玄関へと向かう。
フィルマも既に4歳。
3歳の頃から魔力は感じていたため、もしかしたらオレと同じように色んなことを考えているかもしれない。
恐らくだが、魔力持ちは色々と成長が早い気がする。
思考能力もそうで、魔力持ちの幼馴染とその倍を生きる村人でやっと同じくらい。そんな感じがする。
成人が15歳とされる村で、ほぼ二倍の成長となると、もう既にオレ含め魔力持ちは成人の域にいるのかもしれない。
ただこれは仮説だ。
学園に行くことでそれは証明されるだろう。
懸念があるとすれば、フィルマがオレを追いかけて来るくらいだろう。
オレが去った後に清めの儀式をやるだろうが、5-は固い。
フィルマの魔力は薄らしか感じられない。
それはこちらが劣っていることを意味する。
父がフィルマの魔力に全く気づいていないのがその証拠でもある。
「お兄ちゃん!」
「おっと……」
オレを見つけたフィルマは勢いよく飛び込んで来る。
年々増す力に耐えていたが、今は力を込めないと受け止めることもできない。
フィルマもそこの力加減は考えているようで、オレの時だけやけに強い。
「もう行っちゃうの……?」
「そうだね。とりあえずお別れだ」
「いいもん。フィルマもすぐにお兄ちゃんと同じとこ行くから」
「そっか。なら、オレが出た後に清めの儀式をするといい。魔力を持ってないと来れないからな」
「ふふっ、大丈夫だよ」
フィルマの頭を撫で、会話を進めた。
フィルマは魔力があることを確信しているかのように答えた。
やはり分かるのだろうか。
魔力量評価値が5の段階には、何か特別なものが見えてるのかもしれない。
それが解明されるのも、また面白いな。
フィルマから離れようと、抱いていた腕の力を緩める。
だがフィルマは、逆に抱きつく力を強めた。
「フィルマ」
「……やだ」
離れたくない、か。
会話の中で、そんな雰囲気は感じなかった。
思いの強さがそうさせるのかもしれない。
オレにはまだ体験したことないものだな。
しかし、離れなければ出発できない。
気持ちは嬉しいが、フィルマには離れてもらう。
「もう行くから」
「……」
「二年後楽しみにしておくよ」
フィルマの手を解きもう一度抱きしめる。
フィルマは強引に引き止めることもなく、その場に立ち尽くしていた。
それを最後に、オレは外へと歩みを進めた。
残るは父のみ。
そこまで言葉を交わすこともないだろうが、挨拶は怠らない。
「父さん。行ってきます」
「ああ、行ってこい。いろいろ学ぶといい」
「はい」
玄関近くの部屋にいる父との挨拶を終える。
オレは扉を開けて外へと出た。
少し歩けば学園から用意された馬車がある。
そこへ辿り着けば、この村ともお別れ。
たぶん、もう帰ってくることはないだろう。
◆◆◆◆◆◆
森への入り口に到着する。
すると、音も無く一人の人間が現れた。
「学園の方ですか?」
「ええ。準備は整いましたか?」
「はい」
「それでは行きましょう」
迷うことなく森へと向かって行く。
学園の人間と肯定したため、オレも迷うことなくその人間についていく。
黒い
できれば学園っぽいので居てくれれば分かりやすかった。
「さあ、乗ってください」
「はい」
その人間が止まると、森の終わりに馬車が用意してあり、促されるまま乗り込んだ。
村は木々で囲われており、外の世界を見ることはなかった。一度だけ、年下の女の子を探すことになった時、森に入って薄らと先が見えたのがあるくらいだ。
それ以外じゃ森に入ることもなかったし、村の放牧地だけでもかなりの広さがある為、無理して行くことはなかった。
だが、改めて外を見ると壮大さが桁違い。
開拓は進んでおらず建物は見えない。
草の絨毯が広がり、ポツポツと動物らしき影が見える。
無造作に生い茂ってる訳でもなく、殆どの草が同じ高さで生えていた。
人の手が加わってる感じはない。
絶妙な時期に動物が食らってるのかもしれない。
「外の世界は初めてと聞いたが、本当だったんだな」
馬車の窓越しに外を眺めていると、一人の男が中に入ってきた。
黒い外套を手に持っていることから案内人で間違いない。しかし、口調が砕けている。
さっきまでとは何かが違う。その違和感を感じつつ、言葉を返す。
「はい。村はかなり広いですし、あの場所だけで生きていけますから」
「確かに。楽園のようだったよ」
「楽園?」
「いや、こっちの話さ」
都会に疲れ、村に惹かれたのだろうか。
まあ、オレには関係ない話であるため、続けて外に目を向けた。
草原の所々に木が生え、その影で休む動物が見える。
ただそれを狙う奴らも見えた。
「出発する。動くぞ」
「はい」
とうとう動く。
そう思ったのも束の間、ここにはオレと案内した男しか居ないことを思い出した。
しかし、馬車は動き出した。
二人とも中に入って座っている。
馬車はどうやって動かしている?
魔法か?
しかし、男の魔力量はそこまで感じない。
何か別のカラクリがあるはず……。
「何考えてんの?」
「馬車が動くカラクリを」
「あー、そういうこと」
男は何か納得して、懐から丸い石を取り出した。
「何ですか? それ」
「この馬車を動かす石。
「魔力石……詳しく教えてもらえませんか?」
「いいぞ。コイツは名前のまんま、魔力が詰まった石だ。馬車を動かしてるのは魔法だな」
「なるほど」
つい石に目がいき馬の存在を忘れていた。
馬が動かなければ進んで行かない。であるならば、魔法で馬を動かしていることになる。
しかし、常に指示を出し続けるのは目の前の男も休まらないし、動物に指示を出すのは至難の業のはず。
「馬車で完結してない、か」
「正解」
導いた答えは当たっていたようで、男が答え合わせをしてオレの思考を終わらせた。
「これは学園オリジナルだな。学園の厩舎に戻るよう指示が出る魔法があってな。それを使ってるって訳だ」
「そんな使い方もできるのか」
「まあ、これからいろいろ学ぶさ」
男もそこで喋らなくなり、静かな道程を進んで行った。
森に再び入り、林を抜け、山に登った。
しばらくすると、男が口を開いた。
「ここに居ろ」
「何ですか?」
分からず尋ねるが、男は馬車が動く中扉を開けて馭者席へ向かった。
すると、途端に馬車は止まり、静寂が訪れた。
操作が下手なのかと一瞬頭を過ぎる。
しかし次の瞬間、その思考は一瞬で消えた。
◆◆◆◆◆◆
「デカすぎだろっ……」
扉を開け、外を覗いたオレの視界に入って来たのは、馭者を余裕で超える熊だった。
「ありえない……!」
馭者の声が微かに届く。
何がどういうことなのか、オレにはさっぱり分からない。
「何がありえないんですか……?」
「あ? おいっ、出てくるな」
「いいから教えてくださいっ」
気が動転しているのか馭者は冷静さを保てていない。
一本道で引き返すことも難しい。
そんな状況で巨大な熊が現れたなら、馬車を捨てて逃げるか……闘うしかない。
「……この熊は、今の季節に出てくることはない。異常事態なんだっ」
「分かりました。一人で来たのもそれが理由ですか?」
「ああそうだ。本来なら最低二人は必要だ」
学園側のミスか……?
いや、それはありえない。
熊が出なければ一人で十分だったはずだ。
この山を越えれば副都はすぐそこ。ならばこの山を調査していてもおかしくはない話。
しかし、季節外れの巨大熊が出現。
これは人為的臭い。
誰が何の為か知らないが、必要な措置だったという訳だ。
「闘えますか……?」
「いや、逃げた方がいい」
「逃げれば追って来ますよ?」
「……そうだな」
馭者は正常な判断ができていない。
一人で送迎するぐらいだ。それなりに戦闘能力はあるはず。なのに逃走を提案した。
馭者はあてにならなそうだ。
「一つ言っておきますが、これは人為的な気がします」
「何……?」
馬車を降りながら馭者へと告げる。
「偶然が重なりすぎなんですよ。副都近隣の山で、居ないはずの熊が出現、そこを通る一人の馭者と新規入学生」
「は? ありえないぜ、そんなこと。何のためにやるんだよ!?」
「理由なんていくらでも考えられますよ。退いてください。僕がやります」
「……わかった。馬を引かせる」
馭者は戦闘の邪魔にならないように、馬車を少しずつ下がらせる。
さて、どうしたものか。
武器は腕の長さぐらいの剣が一つ。魔力と魔法。
以前の父の姿が思い浮かぶ。
年下の女の子が近くの森で迷子になった時。
初めにオレが女の子を見つけたが、そこには2
かなりの体格差で、初めて見る熊にオレ自身怯んでいた。
何とか足を動かして距離を取ろうとしたが、一瞬で追いつかれる絶体絶命の状況。
そこで現れた父は、鬼気迫る表情をしており、荒々しい戦闘を行い熊を討伐。オレたちを助けてくれた。
その瞬間が思い浮かぶ。
それと似た瞬間が今、オレの目の前に起こっている。
やるしかない。
「……よしっ」
熊に向かって走り出す。
手に持つ剣には魔力を纏わせ、熊との距離を測る。
今。
「あとは……」
パンッ――――と、音が響き渡る。
そこで戦闘は終了。
慌てて馭者が駆け寄って来る。
「一瞬じゃねぇか……!」
「そうでしたね」
「そうでしたね、ってお前な……」
馭者の言う通り、本当に一瞬だった。
巨大熊が万全じゃなかったためだ。
熊は反応が鈍く、オレの動きに全然着いてこれてなかった。
それが幸いだった。
「どうやって倒したんだよ。これ……頭吹き飛んでるぞ?」
「……まず少し離れたところから跳んで背中に乗りました。そこで斬りつけましたが、致命傷を与えられなかったんですよ。なので、魔法攻撃で終わらせました」
「簡単に言うなぁ……」
「とりあえず熊をどうにかしましょう」
転がった熊の処理を二人で行いつつ、オレは戦闘を振り返る。
刃が通らなかった。
まずここが反省点。
一撃で終わらせることもできる相手だった。
刃に魔力を纏わせるだけでは耐久度が上がるだけで、切れ味は変わらなかった。
魔力の性質を変える必要があるか? 要研究だな。
仕留めた攻撃は中々再現性があってよかったと思う。
魔力を指先に集め、属性変換。指先に水球を作り出して脳に射出。後、分散させ水球内部に火を生み出し温度上昇。一瞬の温度上昇であるため、爆発が起き過剰なエネルギーは外へと広がる。
ただ魔力操作の時間が長く、その分反撃を受ける可能性もある。
そこは改善が必要だな。
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