第6話 レールの存在



 昼を過ぎ、日が落ち始めた頃。

 オレは裏庭の木陰に寝そべり、フェリンとの会話を思い出していた。


「……将来、ね」


 パッと思いつくのは、毎朝行っている農業。家業を継ぐことだ。

 自分の生活の中にあるそれは、簡単に想像できる。

 祖父と祖母が悠々自適に暮らし、父が家畜の世話に移行する。そして、空いた農業にオレがシフトする。


 毎日同じように過ごして、集落内もしくは隣の村落から妻を迎える。両親のような生活を送り子を設ける。

 今とさして変わらない、そんな生活。


「悪くはない」


 両親と同じ生活をすることになるのなら、昼前に仕事は終わる。

 父は昼から読書をし、母は近隣の奥様の元へ。

 大体こんな感じだ。


 偶に現れる獣を討伐すれば、それがイベントと化して近隣住民で盛り上がる。

 楽しい。楽しいが、それだけ。

 何かが足りない。そんな気がする。

 レールに乗った生活のはずなのに、あまり納得感がない。


「競争したいのか……?」


 記憶と今を比較して、違う所を挙げる。

 記憶のオレには、光るものが何も無かった。

 しかし、今のオレには評価値上位の魔力がある。


 それが競争心を芽生えさせ、以前なら問題なかったレールを嫌っているのかもしれない。

 レールに乗るとしても、これじゃない。

 そんな感じ。


 ただ家業を継ぐことは、選択肢の一つで間違いない。

 まだ先の未来、決断するには早過ぎる。



 ◆◆◆◆◆◆



「ヘルトくんには冒険者になってもらいたい――――」


 フェリンの言葉を思い出す。

 何故フェリンはそんなことを言ったのだろうか。

 勿論、魔力があるからってのもあるだろう。

 ただ、それだけでなれるほど甘いものでもない。オレはそう思う。

 だが真実は知らない。


 もしかしたら、魔力があるだけでそれなりに生きていけるかもしれない。

 知識が無さ過ぎて判別がつかない。

 ………聞くか。


「父さん」

「んぁ……何だ?」


 裏庭から家の中へ移動し、昼寝をしていた父を起こす。


「冒険者について教えてほしいです」

「……分かった」


 冒険者という言葉に反応してか、父は明確に意識を覚醒させた。

 冒険者についてもだが、父の冒険者時代の話も気になるところだ。


「座りなさい」

「はい」


 いつも食事をするテーブル。いつもの席。そこで話が始まった。


「冒険者について聞きたいと言ったな」

「はい。できれば父さんの冒険者時代の話もお願いします」

「そうだなぁ……まずは冒険者の概要ぐらいを話そう」


 詳しく聞くのはこれが初めて。

 記憶にあるものに近いのか、それとも全くの別物なのか、気になるところだ。


「冒険者とは、魔力を持ち人々の問題を解決する個人の担い手。または人間社会の危機を防ぐ力ある者。この者たちのことを言っている」


 4歳に話すには難しい言い回しだ。

 まあオレには理解できるため問題ない。

 しかしこの説明だと、魔力持ちで何でも屋として働く者も、魔力無しに獣を討伐する者どちらも含まれることになる。


「要するに誰でもなれる」


 冒険者に条件は無い。そういうことらしい。

 まあ、そこはいいとして、具体的に何を行うのか。それが知りたい。


「例えばどんなことをするのですか?」

「そうだなぁ……家の困りごととか、滅多に取れない食材を採取とか、話し相手だったり、獣の討伐もあるな」

「なるほど」


 想像通り。いや、記憶通りと言ってもいい。

 次は経験を聞いてみるか。


「父さんの冒険者話も教えてください。冒険者になった理由とか」

「理由か……まあ、いいだろう」


 父から少し躊躇いがあるように感じた。

 しかし、父は話を始めた。


「父さんはヘルトと違って過酷なところで産まれたんだ。勿論この集落にも危険がない訳ではない。ただ明らかに父さんの産まれた場所の方が危険。そう感じてる」


 躊躇う理由が少し分かった。

 この集落にも危険がない訳ではないと父は言ったが、それは配慮でしかなく本当に酷いところだったことが理解できた。


「冒険者をする以外、選択肢が無かった。人を信用できるような所でも無かったし、独りで生きて行かなければならなかったからね」


 軽い口調で話しているが内容はかなり重い。

 スラムが実際どんな所か分からないが、想像上のものを当てはめるとそんな感じだろう。


「だが転機が訪れてな。独りで生きることをやめなくてはならなくなったんだ」

「どうしてですか?」

「冒険者組合ってものがあったんだけど、大改革をして講習を受けないと冒険者を続けられなくなったんだ。そこでパーティーメンバーに会って、今に至る感じだな」

「へぇ………」


 ザックリだが冒険者時代の話が聞けてよかった。

 一番の収穫は、父の魔力評価値でもある程度独りで生きていけるということだ。

 鬱陶しい奴らと絡まなくて良いのはありがたい。

 面倒事は大体人間関係から。

 冒険者になるとすれば、ソロで活動していくのが良さそうだ。


 ただ、それが幸福に繋がるかと問われれば素直に頷くことはできない。


「お話ありがとうございました」

「ああ。また何か気になれば聞くんだぞ?」

「はい」



 ◆◆◆◆◆◆



 翌日。

 今度は父から話があると言われ、昨日と同じように椅子に座った。


「昨日、冒険者について話したと思うが、今日は別の話。学園について話そうと思う」

「学園?」

「ああ。学園というのはな、選ばれた者のみ行くことのできる育成機関。つまり同年代の優秀な人材が集まる場所だ」

「なるほど……」


 あるとは思ったが、選ばれないと通うことはできないのか。

 この感じだと、貴族的地位の者たちがいてもおかしくはない。

 恐らく学園は、その子どもたちが多く存在する場所になっているんだろう。


「学園は大きく分けて二つ。魔力ありの者しか通うことのできない学園。魔力なしの選抜者だけ通うことのできる学園。この二つだ」

「………違いはそれだけですか?」

「いいや、それだけではない。魔力あり・なしで、学ぶことが変わってくる。魔力ありは勿論魔力を用いたもの。魔力なしは、売買や法律、その他教養といった感じだ」


 明確に分けられている訳だ。

 棲み分けがされているのなら、無用なマウントもないしいいかもしれない。

 下を見て安心するような行為はあると思うが、それは人間の本能的なところもあるし仕方ない。


「僕が行くとなると、魔力ありの方だと思うんですけど、学園に行くと何がいいんでしょうか?」


 気になる先のことを聞く。

 資格として得るだけではほとんど意味がない。

 何も無い人間よりは優遇されるかもしれないが、卒業しても他と同じような人生を歩むとなると、意味を考えてしまう。


「そうだな…………まず給金は高いな。後は多くの仕事に関与できる。あとは…………あまり言いたくないが、魔力持ちというだけでかなり優遇されるな」

「そうですか」


 レールだな。

 これがオレのレール。

 学園、就職、十分な特別感、安定した日々。

 正しくレールだ。

 是が非でも学園に入学しなくては…………。



 ◆◆◆◆◆◆



「父さん。僕は学園に行きたいです」

「そうか……!」


 よく言った。

 父の表情からそんな風に感じた。

 急に話があると言われたが、これを望んでいたのだろう。

 まんまと父の思う通りになった気がするが、レールに乗れる可能性があったんだから仕方ない。


「ただ、お前を学園に行かせるには条件がある」

「条件」


 お金だろうな。

 オレが行けるかもしれない。ならば、オレより資質、才能のあるフェリンが先に決まるはずだ。

 そこで大半を集落から捻出するから、ほとんど実費で行ってくれ。そんな感じだろう。


「そうだ。学園の話はヘルト、そしてフェリンに挙がった。そうなると、やはりフェリンが先になってしまう」


 やはりな。理解できる。


「だが、ここから少し話は変わる。元々、魔力持ちが出現すれば機関に届出を提出しないといけない決まりがある。そこで学園側は人材を探し、見合う人材が居れば無償で学ぶ機会を与えてくれるんだ」


 ほう。なかなか良いシステムだ。

 フェリンが行けるのは当然として、オレもそれに引っ掛かったという訳だ。

 こんな機会はそうそうないな。


「もう理解できたと思うが、今回村には六人の魔力持ちが出現した。その中でフェリンとヘルトが、学園のお眼鏡にかなったということだ」


 ありがたいことだ。

 しかし、それでは条件のことがよく分からない。

 村から出費を捻出するなら理解できた。

 ただ今回は、言ってしまえばスカウト。

 村から条件を出す理由は無い。となれば…………。


「話を戻すと、条件はその学園からなんだ。通年であれば卒業できるまでだが、今回は王都にフェリン、副都にヘルトということで、王都の機関に配慮して条件付きの入学になったんだ」

「そうでしたか」


 理由は少しわからない。

 資質を見て決めているはずなのに、何を配慮したのだろうか。

 同じ村だから? 首都副都の関係?

 それとも、他に考えられることがあって、それがオレの方が上回ってるから、か?

 分からない。

 しかし、決まっているため従う他ない。


「それで、その条件とは何ですか?」

「条件は、"毎年結果を残すこと"だ」


 シンプル。

 とても分かりやすい。

 結果を残せないならば退学。そういうことだ。


「分かりました。頑張ります」

「ああ、期待している。入学は6歳になってからだ。残り二年、励むように」

「はい」

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