第5話 約束
少女フェリンは、同年の魔力持ちを探していた。
催しが開かれ、その日一日誰とも話すことができず、最後の宣言時に初めて彼らの顔を見た。
壇上から降り、各々母親の元へと向かう姿を眺めて話し掛ける時を待っていた。
ただ自分の母に話しかけられ、対応する内に全員が散り散りになり姿を見失う。
探して探して、やっと見つけたのが壇上で隣に並んだ男の子。ヘルトだった。
フェリンは名前も知らないが、ヘルトに勇気を持って話し掛けた。
話は順調だったが、余計な事を言って一瞬怯えさせてしまう。
ただ、ヘルトはそれに理解を示し、フェリンを庇うように対応した。
フェリンは胸の高鳴りを感じた。
言葉を滑らせた時は失敗したと思っており、今後話せないとまで考えていた。
だが違った。
勢いのままフェリンは約束を取り付ける。
その後別れ、フェリンは帰路に着く。
フェリンはヘルトの顔がチラつき、なかなか寝つけず父が帰ってくるまで起きていた。
◆◆◆◆◆◆
翌朝、いつもの時間に起きたフェリンは、朝食を摂り、身支度を済ませて出発した。
村の子どもたちは親の仕事の手伝いをする。
その習慣があるため、少し早い時間に家を訪ねても問題ない。
昨日、大人は酒盛りを楽しんでおり、今起きているのは大体子どもたち。
そのため、フェリンは道中大人を一人も見ない。
朝から何もしない日が少ないため、非日常感があり、家族以外の誰かと過ごすことすら初めてだった。
ヘルトの家に到着する。
しかし、フェリンは魔力の反応を捉え、玄関の扉に向かわず、裏庭へと回った。
「おはよう」
そこにはヘルトが座っていた。
フェリンは昨日の夜を思い出し、頬を少し赤く染める。
「おはよう……」
「少し待ってて」
「……うん」
ヘルトは家の中へと向かった。
フェリンはそれを目で追い、ヘルトが家から出てくるのを待つ。
昨日と違い、はっきりとしたヘルトの姿を見てフェリンは動悸が早くなる。
(綺麗な茶髪……)
フェリンは自分の髪色を見ながらそんな感想を抱く。
「お待たせ。行こうか」
「うん……!」
ヘルトが姿を見せ早速出発する。
目指すのは、他魔力持ち四人の家。
家じゃなくても、外で会って話せればそれで十分。フェリンはそう思っていた。
「そういえば名前言ってなかったね。僕の名前はヘルト。よろしく」
「ふ、フェリンです。よろしくね」
「うん。一つ聞きたいことがあるんだけどいい?」
「え? 何かな?」
いきなりの質問にフェリンは身構える。
何を聞いてくるのだろうか。
そんな疑問が浮かぶ。
「お父さんとお母さんって、いつも何してる?」
予想外。
自分のことを聞かれると思っていたフェリンは、戸惑いつつも答える。
「い、いつも、森に入って何かを点検してるよ?」
「へぇ〜、そんな仕事もあるんだ」
「へ、ヘルトくんのお家は?」
「父さんは農業。祖父さんが家畜を飼ってる。他はそれらの手伝い。あーでも、父さんは前冒険者だったみたい」
「そうなの?! すごいね!」
フェリンのテンションが上がる。
それもそのはず。フェリンは将来冒険者になりたいと思っていた。
すごい食いつきに、ヘルトはフェリンが冒険者に憧れているのを察する。
「冒険者になりたいの?」
「うん! そうなの!!」
「なれるよ。きっと」
「………うん!」
フェリンは、ヘルトの言葉に身震いするほど喜びを感じた。
全面的な肯定。
今までそんなことを言われたこともなかったフェリンは、ヘルトを信じ心を奪われてしまう。
◆◆◆◆◆◆
ヘルトに好意を抱いたフェリンのタガは外れ、欲求が理性を容易く飛び越える。
フェリンは昨日のことを思い出す。
ヘルトがもう一人の男の子と手を繋いでいたこと。
それが羨ましくあり、やりたくてたまらなくなる。
ヘルトの右を歩くフェリンは、ヘルトの右手をチラチラ見ながら、左手でどう掴むか脳内シュミレーションを行う。
ただ、ソワソワし出したフェリンにヘルトは気づく。
「どうしたの?」
「え? い、いや……その………」
「?」
ヘルトはフェリンの様子を見てどんな状態にあるのか考え始めた。
だが、思い浮かんだのは二つ。
他の魔力持ちに会うのが緊張していること。
催していること。
ただ流石に後者は無いとして、ヘルトは落ち着かせるために手を差し出した。
「手、繋ぐ?」
「……うん」
フェリンは静かに手を握る。
動悸は激しくなるばかり。
それがヘルトに聞こえてないか心配し、更に意識を向けさせられる。フェリンは終始動悸の音を耳にしていた。
しばらくして一人目の家に着き、フェリンはヘルトに紹介される。
それからヘルトのアシストの元、いろんな会話をして仲を深めていった。
それはレーター、ルーフェ、ディート、リーベと行っていき、フェリンの目的は果たされた。
◆◆◆◆◆◆
昼前に用事が終わり、帰路に着く。
繋いだ手を大きく振るほどフェリンの気分は良く、ヘルトもそれに合わせている。
「どうした?」
急に止まった手にヘルトが尋ねる。
フェリンは、今日会った者たちの将来のことを思い出していた。
初めは自分と同じように冒険者になってほしいと思っていた。ただ、それぞれの想いを聞いてそれを尊重したいとも思っていた。
別々の夢、目標を持ち、それまでに会える時間が少ないのではないか。そう思ってしまい、寂しく感じていた。
「みんなと会えるのは、あとどれくらいかなぁ……って」
「そうか」
フェリンは特に、ヘルトのことが気になっていた。
昨日の宣言では、自分のできることを精一杯やるだけと言っていた。
ヘルトなら冒険者もできるし、他のことも出来るんじゃないか。フェリンは一日共にしてそう思っていた。
自分は冒険者になる。
この村を離れ、みんなと会うことはもう無いかもしれない。
それがフェリンの胸を締め付ける。
「ヘルトくんには冒険者になってもらいたい。でも………ヘルトくんもやりたいことがあると思ってて、だから」
ヘルトは黙って聞く。
フェリンは素直な気持ちを口にする。
「だから………大人になったらまた、今日みたいにみんなに会いたい。その時は、ヘルトくんにも手伝ってもらいたい」
離れた後も、また会いたい。
まだ出会って二日目。
フェリンはもう、ヘルトに恋していた。
ずっと一緒にいたい。ずっと近くで日々を過ごしていたい、と。
また会おう。
そう言ってほしくて、フェリンはヘルトに伝えた。
だが、それは叶わない。
「それは、本当にそう思うよ。大人になっても、みんなと笑っていたい。でも」
フェリンの体に力が入る。
「未来がどうなるか、僕には分からない。フェリンが言ったように冒険者になるかもしれないし、家の仕事をやってるかもしれない」
ヘルトはフェリンの気持ちに共感し、それでも未来は不確定であることを伝える。
そして、あえて嫌なことも告げる。
「それに大人になった時、フェリンが僕らに会いたいと思っているかどうかも分からない」
「会いたいよ……!」
「じゃあ、フェリンがずっと思い続けて、大人になった時答え合わせをしよう」
ヘルトはフェリンの言いたいことを理解していた。
ただ、その思いが永遠に続くなんてことはない。それも理解していた。
思いは風化し、様々な経験を経て上塗りされ、考えは変わっていく。
まだ4歳の子どもに理解しろと言っても無理な話。
それを分かっていても、ヘルトは伝えたかった。
フェリンが足を止める。
ヘルトは少し待ち、動かないと分かると手を引いてフェリンの家まで送ることを決めた。
「じゃあ、またね」
「……」
ヘルトはフェリンの家の前まで来ると、別れの言葉を告げて道を引き返して行く。
フェリンは、ずっと協力的だったヘルトが変わってしまった。そう感じていた。
「どうしたの? フェリン?」
家の前にいる娘を不思議に思ったフェリンの母が尋ねる。
しかし、フェリンは何も答えない。
母は近づき顔を見て、何も言わずに抱きしめる。
「何かあったんでしょ?」
「………ヘルトくんに、嫌われたかもしれない」
「本当に? お母さんに話してちょうだい。何があったのか」
「うん……」
母に優しく話かけられ、フェリンは素直に話した。
何があったか分からないが、フェリンが何か誤解しているかもしれない。母はそういう思いで話を聞く。
娘の恋が実ることを、胸の内で応援しながら――――。
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