第17話 狼煙の合図



 貴族からの呼び出しが落ち着いて来た。

 そのため、オレは犯行を再開させた。

 暗躍する低級貴族に通達し、またオレの名を使って貰う。

 これでまた呼び出しが増えるだろうが、今回からは抵抗しようと思っている。

 やられたらその分やり返す、そう決めた。


 セバルたちにもそれは伝えており、どうやら今回の件に乗じて、平民、低級貴族共に伝統貴族へ毅然きぜんとした態度で過ごす事を決めたようだ。

 それに、オレと同様にやられたら同程度やり返すことも始めるようだ。

 臆してしまう者もいるだろうが、そこは頑張って欲しい。


 そうすることで、伝統貴族は平民だけを相手することなく、低級貴族と同時に相手をすることになる。

 憎悪の対象も分散されるし、平民、低級貴族は今よりも若干快適な学園生活が送れるようにもなるだろう。


 上級生の人数で言えば圧倒的に平民が多い。

 そこに低級貴族も加わると考えると、下手に相手する方が面倒だろう。

 ただ、それを伝統貴族達が理解できるかは分からない。


 懸念があるとすれば、上手くいき過ぎて憎悪の対象、力の向きが全部オレに向く可能性があること。

 それでセバル達が変に気遣わないか心配ではある。

 ただ、オレなら耐えれる。そうなってくれた方が他の生徒達にとってはいい。

 これも一つの鍛錬と考えると、より実戦向きで良い機会だ。



 ◆◆◆◆◆◆



 数日が経ち、ある程度の伝統貴族は学習し、大人しくなった。

 しかし、一部の自尊心が高く身分に固執する者たちは、圧倒できる弱き者たち、1〜3年の低学年に標的を変えて来た。


 セバルたちもこれは読めず、被害を受けた者たちへの励ましと、可能な限りの自衛手段を教えて回った。

 まさかここまで醜い奴らだとは思わなかった。

 低学年への暴力行為は多く、毎日と言っていいほど行われた。


 噂では、伝統貴族ではなくオレに対しての憎悪があるらしく、セバルたちはその真意も辿っている。

 恐らく何処かの伝統貴族が暴力を振るい、事の発端をオレと告げたのだろう。


 被害者も言われた事実を話し、それが広まった。そんな感じだろう。

 今日も廊下を歩いていると、一つ上の平民の先輩に突き飛ばされた。

 そこに居た他の先輩も、そんなオレを笑って去って行った。

 他にも、図書館やお手洗いでも何かしら被害を受ける。


 授業の妨害がないだけまだマシだが、恐らくクルデアやカイガ、ミルフィの存在が大きい。

 伝統貴族からの呼び出しでも、そのことについて告げられた。


「お前に味方はいねぇぞ?」

「平民からも、低級貴族の奴らからも恨まれることになる」

「馬鹿だよなぁ。貴族様に逆らうからこうなるんだよ」


 オレの頭を手で叩き、挑発を始めた。


「何か言ったらどうだ!!」


 腹に蹴りが飛んでくる。

 速度は遅く、ただの蹴り。

 半歩下がり半身で避ける。


「何避けてんだよ」


 貴族様はそれだけで熱くなる。


「遅いから仕方ない」

「あ……!!」

「耳も悪いか。貴族は一人で行動できない寂しがりの集まりで、誰かと一緒じゃなきゃまともに胸を張って歩くことのできない人間なんだな」

「貴様ぁッッッ――――!!」


 貴族は三人。問題ない数だ。

 怒り狂った三人は、一斉に踏み出し迫って来る。

 ただ、訓練を行ってないのか、あまりにも遅い。


 これまで暴行を受けて来たが、大体こんな感じ。

 結局、オレの鍛錬になることはなかった。


「はぁああああああっ――――!!」

「ふっ」

「っ……」


 飛び込んでくる一人に避けながら一撃。

 驚く二人に一発ずつ、空いている腹部に拳を叩き込んだ。


「弱いな。横柄な態度、改めた方がいいよ」


 どれくらい上の学年か知らないが、張り合いが無さすぎる。

 資質や才能で上の人間がいることは知っている。

 横暴な奴らは貴族の中でも弱い連中かもしれない。

 貴族内で争えないから、身分を盾に平民や低級貴族を攻撃している可能性もある。

 おこなってきた行為が度を超えているため、許す気にはならないが。

 罪はしっかり償ってもらう。



 ◆◆◆◆◆◆



 ある日、伝統貴族に呼び出されて着いて行くと、校舎に挟まれた空間に連れてこられた。

 ここは……? 誰からも見える位置だが大丈夫か……?

 まさかここでやる訳じゃないよな?


「ここは?」

「勝手に口を開くな平民」

「今からお前を血祭りに上げる」

「数はこれまでお前に反抗された人間全員。それと闇討ちされた者たちだ」


 まさかここまでやるとは…………。

 周りを見れば囲まれており、逃げることはできそうにない。

 校舎の方を見れば、ポツポツと人が顔を出しており、集まった人が何をするのか見学している。


 見た感じ貴族のようだ。

 校舎全てが貴族、それも伝統貴族たちの校舎。

 味方になり得ることはなさそうだ。


「今回の様々な事件を今日この日、終わりにしようと思う」

「そうなんだ。やっとやめてくれるんだ」


 馬鹿を演じる。


「何言ってんだ? 終わるのはお前だ平民。この数を前に何を思っている? お前は今日、ここで真の恐怖を味わうんだ」

「はぁぁ………やめないなら僕も続けるだけですよ」

「ふんっ………それならば、お前が起こして来た数々の事件を今明かそうじゃないか!」


 急に声を張り上げ、演劇が開幕する。


「この者! 平民ヘルトは学園に入学してから様々な問題を起こして来た! まずは――――」


 それからはボーッと眺め、それが終わるのを待った。


「これで皆も理解しただろう! この平民がどれだけ我々に被害を与えて来たか!」

「もういい……」

「我々貴族は舐められている! そんなことがあってはならない!」


 話を聞く気がないようだ。仕方ない。


「うるせぇよ」


 地を踏み込み一瞬で距離を詰める。

 一言呟き、劇に夢中な貴族の喉に手を伸ばす。

 無防備なそれを掴み指を食い込ませる。


「かっ、は……」


 そのままオレは力一杯握った。

 グリッ――――とした感触が残り、貴族は叫ぶことなく膝をついた。


「大丈夫か……!?」

「おい!」


 近寄る数人の貴族。

 仲間意識はあるようだ。

 それに、校舎からも高い悲鳴のようなものが聞こえ、ザワザワと雰囲気が一変する。


「先に手を出したのは貴様だ! 覚悟しろ」


 何を言い出すかと思えば、今回先に暴力行為に及んだことを盾にしている。

 観衆の中でそれは良い手かもしれないが、認識が全く違う。

 オレは今回限りのことで力を振るっているのではない。勝手な解釈で話をされても困る。


「許可は取ってある。やれ!!」


 一人の合図で、多くの貴族たちが魔力を溜め出した。

 なるほど、遂に本気を出す。そういうことか。

 確かに犯行を再開して呼び出して来た奴らは魔力を使ってくることはなかった。

 この日の為にそうして来た訳だ。オレを嵌めるために。


「行ったぞ!」


 動き出すと指示が飛び、奴らは連動して動き始めた。

 しかし、近場の一人は急な接近もあって反応しきれていない。

 まずはコイツを盾に暴れる。


 別の人間に仕掛ける。

 ただ反応され、逆に反撃を喰らいそうになる。

 そこをさっきの人間を間に入れる。

 魔法が飛んでくることはなかった。


「くそっ! ちょこまかと……」


 指示役の愚痴が聞こえる。


「奴を仕留めるためだ。当たっても構わないだろっ」

「……わかった」


 指示役と近くの奴の会話が聞こえる。

 魔力の身体強化は凄いな。


「全員被弾してでも奴に当てろ!」


 驚く奴らが数人。受け入れる奴らが数人。笑顔だったり、無表情だったり、様々な貴族が居た。

 ここまでとは思ってなかった感じかな。

 観察を済ませ、オレは攻撃を再開する。


 ――――かなりの時間が経過した。

 しかし、決着はついておらず、相手もオレも攻め手に欠けていた。

 相手の攻撃は回避できた。

 反撃を始めると、相手も簡単に回避を始めた。

 ただただ体力を減らすだけで、一向に決着が見えない。


「くそっ! これだけいながら膝をつかせることもできないのかっ!!」


 相手が愚痴を漏らす。

 魔法攻撃ばかりで回避しやすい。

 ただそれは相手も同じ……工夫が必要だ。

 オレはさっきまでの光景を思い出し、攻め手を変える。


 体力的なことも考え、攻撃時のみ身体強化を発動させる。

 すると、リズムを壊され、少しずつだが相手に攻撃が当たり始めた。


「何してる!」


 相手に焦りが見え始める。


「今か……」


 もう一度移動時にも強化し、リズムを変化させる。

 魔力を込めた木剣で一撃ずつ、貴族の顔面を高速で叩いていく。

 相手の魔法は回避し、その瞬間の景色は鮮明に映る。

 次々に相手は倒れていき、指示役だけが残った。


「何だよっ! お前ぇ!!」

「何故僕が貴方たちに反抗するか分かっていますか?」

「……」


 指示役は黙った。

 考えたことすらないんだろう。

 言っても分からないだろうが、観衆の目もある。少しは変わるかもしれない。言っておくべきだな。


「入学式前、学園に到着するまで妨害があった。調べたところ、伝統貴族がそれを起こしているみたいなんだ」

「……ある訳ないだろ! そんなこと」

「いいや。学園長も知っていることさ」

「は、はぁ……?」

「癇癪を起こし突然の魔法攻撃も放って来た。他には知人に対しての辱め、二度目の魔法攻撃、授業妨害、そして――――低級貴族と平民子女への強姦」


 頭上の校舎、窓から覗く伝統貴族の子女たちの疑念の声が広がっていく。


「し、してないさ! そんなこと!!」

「嘘をつくな。ここに居ない奴らも同罪なんだよ。知っていて尚、止めることはなかった」

「………証拠は?」


 ここに来て悪知恵を働かせて来た。


「被害者がいる」

「そんなの証拠にならねぇ」

「いいよ、そうやって逃げても。オレは学園だけの話で済ませるつもりはないし」

「は?」

「じゃあな」


 本音を告げ、オレはその場から寮へと帰る。

 言った言葉に嘘はない。

 奴がどう判断するか、聞いていた奴が何を思うかでまた変わってくる。

 素直に引いてくれると有り難いがなぁ……。



 ◆◆◆◆◆◆



 翌日、早朝。

 一人で朝食を食べるため、オレの朝は早い。

 ただ、今日は一人じゃないようだ。


「久しぶりな感じだ」

「そうですね」

「どうした? 二人とも」


 食堂へ来た二人に尋ねる。


「偶々早く起きたらヘルトがもう起きてたからな。思わずカイガも起こして来たんだ」

「はい。正直まだ眠いですよ」

「そうだな。オレもあまり眠れなかった」

「何かあったのか?」


 クルデアの問いに答える。


「昨日も呼び出しがあってな。今まで以上の数を相手していて、その時没頭していたのが忘れられなくてな」

「そうか………」

「確かに、以前より………ヘルト君雰囲気変わりました?」


 カイガが何かに気づいて尋ねてくる。

 しかし、変化があった感じはしない。

 雰囲気と言っているし、フワッと感じる違和感を探せと言われても無理だ。


「分からないな。食べたらどうだ?」

「ああ、俺も食うぜ」

「そうですね。食べましょう」


 それから三人で朝食を済ませ、オレたちは図書館へ向かった。

 学園は開いてなくても、図書館は別だったりするため使わせてもらう。

 誰もいない図書館で、オレたちは授業や最近のことについて話し、学園が開くのを待った。


「それじゃあ、また」

「またな、ヘルト」

「ああ、また」


 図書館で二人とは別れ、行動を開始する。

 短い時間だったが、二人と話せて少し楽になった。

 気付かぬうちに疲れが溜まっていたのかもしれない。

 とりあえず今日は様子見、ゆったり過ごすか。

 何も無ければ、後はイベントで片をつけるだけだ。

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