第16話 策略



「ふんっ。この程度で根を上げるか。つまらん」


 何とか今日も伝統貴族からの暴行を凌ぎ切った。

 相手もすぐに手を引いてくれて助かった。

 実際は全く効いていない。

 魔法の勉強もだが、暴行を防ぐために最小限の魔力で防ぐという縛りをしていた。

 それが身を結び、効率よく魔力を操作する事ができるようになった。

 体力の消耗も少なく、相手が根を上げて帰って行く。


「はぁぁ………懲りない奴らだな」


 オレは寮の自室に入ると、届いていた手紙を手に取り読み始める。


 ------

 セバルだ。

 なんか知らないが、ヘルトお前が根を上げたって噂が広がっている。

 恐らく伝統貴族への犯行が無くなったこと。これが大きい。

 奴らはまた横暴な態度を取るようになっている。

 十分に気をつけろ。

 ------


 セバルからの情報はありがたい。

 この情報も使い方だ。

 まあ、オレ自身が今何かをすることはない。

 機を待つ。それだけだ。


 それから、来る日も来る日もオレは伝統貴族の暴行を凌いでいった。

 暴力行為はだんだん苛烈になり、今までの鬱憤を晴らすように続々と呼び出しを受けるようになった。

 中には犯行を行っていなかった伝統貴族の子女にも呼び出され、そういうへきなのかオレに許しを乞うよう謝れとか言ってきたものもあった。


 流石に理由がない為逃げたが、そういう人間が多いのか、だんだんと子女からの呼び出しが増えるようになった。

 それに逃げたせいか、あらぬデマも流されている。

 ほんと勘弁してほしい。

 オレが全裸で足の指を舐めたとか………。


「はぁぁ………また笑われてるよ。デマなのに信じちゃって」


 外を歩けば笑われる。

 初めての体験で少し胸に痛みが走る。

 嘘でも言われ続ければ病みそうだ。


 そんな中、一人の子女が目の前にやって来た。


「わたくし、確認しないと気が済まない質でして。あなたがどんな人物か見極めようと思い参りました」

「そうですか。確か……マリアーナさんでしたね」

「よく覚えていましたね」

「はい。ムカつく人間は覚えやすいですよ」

「ムカつく? あなた、それわたくしに言っているのですよね?」


 マリアーナは面と向かって言われた事がないのか、少し動揺を見せた。


「はい、そうですよ。あの時あなたが言ったことは覚えています」

「何だったかしら?」

「……もう少しハッキリものを言わなくてはずっとこのままですよ。口だけじゃ何とでも言えるわ。今の私に、あなたが何か出来るとは思えませんわ。ですよ」

「良い記憶力ね」


 言われたことをそのまま用いてマリアーナを挑発する。

 少しは効いてるといいが、隠すのが上手いな。


「あなたは何も知らないようですし、この問題に踏み込まないでください。これは僕の優しさです」

「いいえ。貴族として入らせてもらうわ」


 無知な態度に腹が立つ。

 遅過ぎる。遅過ぎるんだよ。

 ここまでしなくては、ここまで傷つかなくては行動しないお前に、期待などするはずがない。

 コイツは本当に何も分かっていない。


「今更だ。貴方に何も出来ることはない」

「そんなことはありません。わたく――――」

「邪魔なんだよ。無知な馬鹿はよ」

「なっ……!? 何ですか、その言い分は!」

「そのままだ。あの時言ったこと、聞こえてたよな?」

「っ……!」


 少し間を開け、オレはあの時と同じことを告げる。


「何人か殺すしかない」


 何も言わないマリアーナにオレは続ける。


「何も知らないお前には理解できないだろうが、そこまでしなくちゃいけないところまで来てんだよ。テメェら貴族は何も理解できない馬鹿なんだよ。ただ運に恵まれ、踏ん反り返ってるお前たちにはなぁあああ――――!!」


 思っていることを全てぶつける。

 何も犯してない貴族がいるのも知っている。

 だが、吐き出される感情は全て本物。

 今までは抑えていたに過ぎない。

 ここから止まることはない。


「なぁ、どう思うよ。ここまで人を怒らせておいて問題を解決しない人間たちをよ」


 マリアーナに迫り尋ねる。

 ――――バチンッ。

 あ? 殴られた? ビンタされたのか?

 視界が揺れたのと、打たれた左の耳が聞こえづらいことで、それを理解した。


「……何も知らないままにさせるからこうなるのです! 知りさえすれば、変えることはできるのです!!」


 無知って怖いな。

 言葉すら出てこねぇよ。

 勝手に盛り上がってやがる。この女。


 知りさえすればと言うが、既にセバルと先輩たちの下、罪のない伝統貴族に接触している。学園長にも掛け合った。

 ただ何も改善されない。

 だからオレが、オレたちがやってんだ。


 物語の登場人物にでもなったつもりか?

 理想だけ、資質だけの自己保身者が。


「それがお前たち伝統貴族の答えなんだよ」


 オレはマリアーナの腕を指して告げた。


「分からない、知らない、怖い。結果、暴力を振るう」

「ちがっ、これはあなたを――――」

「何にも分かっていないお前にさとされる訳がない。別にお前らが居なくとも街は機能する。お前らの存在意義が何なのかもう一度考え直せ」


 マリアーナを置いてオレは寮へと向かう。

 この学園にアイツみたいな貴族は居ない。

 少しはマシだが、この闇深い問題を穏便に解決なんて出来ないことは分かりきってる。

 アイツが活躍するのは終わった後だ。



 ◆◆◆◆◆◆



 マリアーナに頬を叩かれた話が学園に広がった。

 誰がどこで見ていたか知らないが、ややこしくするもんだ。

 二人は恋仲だったとか、告白に玉砕したとか、根も葉もないことが広がっていた。


 そのせいで、セバルや暗躍してもらっている低級貴族が手紙を通して尋ねてきた。

 せめてもっとマシなデマを流せと呆れ、それ含め最近の暴力行為が面倒に感じて来たことを返信した。

 後少しの辛抱とも付け加えた。


 心配してくれる人間はまだおり、クルデアとカイガもそうだ。

 今起きている全てのことはオレが原因となっているため、いわれのないことも指摘され疲弊していないか、そんな感じだ。

 しかし、そんなことでは何も感じない。

 寧ろ、守っているはずのクラスメイトに忌避されていることの方が心にくる。


 彼女らに何も言っていないことも原因だが、彼女らの成長した能力でも本気を出した伝統貴族たちには叶わないだろう。

 変に刺激するより大人しくさせておいた方がいい。


 コンッコンッ――――。

 もう誰もが寝ている時間。

 そんな夜更けに誰かが訪ねて来た。

 扉越しに聞こえるヒソヒソとした声は、警戒する必要のないもの。

 一人の先輩とホイナス、マリエスだった。


「どうしたんですか? こんな夜中に」

「何やら大変そうだと思ってな。顔を見に来たんだ」

「俺はマリエスと一緒にだ」

「私はこの規則違反を取り締まるためだ」


 それぞれ理由があるようだが、もう夜も遅い。

 変に騒がれても他の人たちに迷惑がかかる。


「先輩。僕は大丈夫ですよ」

「そうか。何かあれば遠慮なく言えよ」

「はい」

「それじゃあ、また明日な」


 先輩は言いたいことだけ言って帰って行った。

 マリエスは注意すると思ったが無視して、ホイナスと一緒に部屋に入って来た。


「どうしたんですか?」

「悪いところはないか?」

「大丈夫ですよ。さっきも言ってたでしょ?」

「心の方はどうなんだ?」


 ホイナスが次々と尋ねてくる。


「少し疲れてますよ。ここに来たってことは知ってるんですよね?」

「ああ。噂は耳にしていたが、さっきの奴に全部聞いた」

「これ以上はやめておきなさい。君の体が保たないわ」


 マリエスも話を聞いたのだろう。

 二人ともオレによくしてくれているし、聞きたい気持ちも山々。

 しかし、二人が言っていた貴族たちは何も解決に導かない。だからオレがやるしかなくなった。


「それは聞けません。準備もして来ました。それにこれまで受けて来た傷を無かったことにはできないので」

「そう………ごめんなさい。何も知らずに居たのは私たちの方だったみたいね」

「すまなかった。それに、大人が不甲斐なく申し訳ない」


 二人はこれまでの過ちを謝罪した。

 正直止められていて続けていたのはオレの方だし、それは筋が違う。ただ二人を許すことで、今後の変化は期待できるだろう。


「いいですよ。時が来た時に変われば」



 ◆◆◆◆◆◆



 呼び出しが止むことはなく、伝統貴族の書は毎日のように届く。

 単なる呼び出しもあれば、ただ流されて罵るだけのものもある。

 マリアーナの一件から、伝統貴族の子女たちからも更に増え、帰宅後それらを読むのが日課になっていた。


「リーナ・クロイツ。六年生か。今日はこの人だけだな」


 順番に読み進め、今日の呼び出しは一人だけ。

 偶にはこんな日もあるのか、と思いながら自室を出た。

 子女からの呼び出しは、辱めを受けさせ尊厳を踏み躙るような、そんなことが多い。

 今の所全てにおいて逃げているが、いつどうなるか分からない。

 最大限の注意を払っておこう。


 別に反抗しているのだから呼び出しも行かなくていいが、時間稼ぎにもなるし素直に従っている。

 勿論、暴力は防ぐし辱めは受けない。

 少々の鬱憤を晴らさせるのが目的だ。


「ここか」


 そうこうしているうちに指定された場所に到着した。

 辺りは静かで人の気配もない。

 荘厳な扉が一つ。近寄りがたい雰囲気を放っている。

 ただ躊躇なく、扉を開けた。


「お久しぶりです」


 そこには、入学式の際に道を教えてくれた女生徒がいた。


「……お久しぶりです」


 正直何を言われるのか分からない。

 今まであった貴族の中で一番緊張する。

 女生徒、リーナさんは椅子から立ち上がり近寄ってくる。

 オレは警戒して魔力を張り巡らせる。

 だが、


「何もしませんよ」


 リーナさんはあの時のように抱きしめて来ただけだった。

 何がしたいのかわからない。

 あの時も、今も――――。


「今日は抱き締めて貰おうと思ってお呼びしました」

「そう、ですか……」

「抱き締めて下さらないの?」

「……」


 耳元での会話が続き、彼女の望みを聞く。

 あの時と同じように、突然のことに胸が高鳴る。

 驚き、戸惑いもあるが、それ以上に彼女の魅力にやられている。そんな気がする。

 オレは彼女の望みを叶えるべく手を回して抱き締めた。


 年齢差もあるため、側から見れば可愛がられている弟のようにも見えなくもない。

 ただ、それが彼女の望み。

 これで今日の呼び出しは終わりだ。


 彼女はスッと力を抜いて腕を解いた。

 オレもそれを察して腕を解き、彼女の言葉を待った。


「待ってます」


 何のことか分からないが、恐らく今起きていることだと思う。

 彼女はオレを信じて待っている。

 何故待っているのか知らないが、今起きていることを終わらせる理由にもなる。

 全てが終われば、報告しよう。


「今度はこちらから訪ねます」

「はい。今日はありがとうございました」

「……では、また」


 オレは扉を開き外に出る。

 緊張が解ける。

 いつもの呼び出しより疲れた気がする。

 また会う約束はしたが、今回ほどの緊張はもう無いだろう。

 楽しみもできたことだし、後少し耐えるとしようか。



 ◆◆◆◆◆◆



 やはり俺は特別かもしれない。

 一度はそうではないと思ったが、この現状を見れば明らかだ。

 平民のヘルトという奴は、今や学園で知らぬ者は居ない。

 悪名とでも言うのか、汚名とでも言えばいいのか分からないが、とにかく奴の名は地に落ちた。

 俺を始め数々の伝統貴族、それも上級貴族に逆らったようだ。


 直接俺が叩き潰してやりたかったが、それはもういい。

 今は落ちた奴を甚振いたぶり、これまでの鬱憤を晴らすのが先だ。

 その中で死ななければいいが、その時はその時だ。

 次の模擬戦闘が楽しみだな。


 ------


 学園には、伝統貴族たちが集まる会合場所があった。

 それは学園が創設されて以来、ずっと隠され続け一部の者にしか知られていなかった。

 そこで行われる話は勿論学園のことであり、伝統貴族が優位に立てるよう事を運ぶための話し合いの場所とされていた。


 だが最近は変化し、悪事を話すための場所となっていた。

 今は、平民ヘルトの数々の蛮行に対しての反撃について話していた。


「奴は今大人しく何も起こしていないようだ」

「しかし、これまで何人の貴族を襲って来た?」

「多少の可愛がりはあるようだが、情報によればそこまでこたえている感じではなさそうだ」

「段階を上げようか」

「そうですね。我々が動けば他も同じようにしますから」


 そこで会合は終わった。

 ある者は日常の中で、ある者は休日に、ある者は迫り来る一大イベントで、ヘルトへの報復を企てていた。


 ------


 学園長室。

 そこには一人の中年貴族が居た。

 椅子に座り、学園内で起きている全てのことを、報告書を通して眺めていた。


 今年に入って、例年の十倍の事件件数があり、その全てに一人の平民が関わっていることに男は目を向けていた。


「ヘルト・アンファング………」


 男は彼を入学させたが、彼には特別な条件付きでそれを認めた。

 それは結果を残すこと。

 だが、今現在彼は問題しか起こしていない。


「だが、この問題は彼によって暴かれた………」


 あれもこれもと、書類を整理しまとめてみれば、何年何十年と続いていた問題が、ヘルト・アンファングによって暴かれ解決に向かっている。

 それらを踏まえて結論を出す。


が終わるまで待っても遅くない」


 男は予定通り一年間の結果で進級を許すかどうか判断するとした。

 自分に対しての物言い、態度、数々の問題。

 それらを思い返し、男は一人の人間として、彼の行き着く先を見ることにした。

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