第29話 伝統貴族2
カラドが、弟が殺された。
その瞬間を、私は見ていることしかできなかった。
本当なら会場から去っており、カラドも死ぬことはなかった。
計画が狂ったのも、標的の平民ヘルトという少年。彼のせいだった。
彼は我々が与えた装備の効果を見破り、強引ではあったが証明させた。
それに、演説を行い疑念を広げ、我々の行動を制限した。
ある程度のところで立ち去る筈だったが、演説が行われ、通達を行う影の者も待機するよう告げて来た。
強引に立ち去っても良かったが、そこで席を立てば自白しているようなもの。
指揮をする仲間が、臨機応変に対応したことはすぐに理解した。そのため、それを無駄にしないよう行動に移すことはなかった。
彼はカラドと対戦相手、ホヌフィンとやらを殺害後、抵抗することもなく連行された。
恐らく彼は、長年続く伝統貴族の行いを周知するために行動し、後のことは考えていなかったように思える。
いや、彼も計画があり、それが狂った結果人を殺害するしかなかった。そう考えることもできる。
学園長の演説も始まり、良い落とし所を作ってくれた。
仲間はそれで問題無く勝利と言ってもいいだろう。
ただ、私は弟を失った。
痛み分け。そんな気分だ。
しかし、今回の件は仕方のないことだとも思う。
カラドはヘルト少年に執着していた。
ヘルト少年と戦うホヌフィンとやらが追い詰めたが、少年が不可解な動きをしたのは見た。
少年の後ろにはカラドが居た。
それを見て、間違いなく彼らの計画的犯行だと理解した。
本来なら少年一人死ぬ筈だったが、彼は奇跡を起こした。
結果、二人が亡くなった。
私も立場上カラドを擁護することができない。
家族として悲しく思うが、やっていることを返されたに過ぎない。
甘かったとしか言いようがない。
私たちもヘルト少年と学園長にやられた形だ。
ただ幸いなのは、多くの伝統貴族が関わっていたことだろう。
◆◆◆◆◆◆
選抜戦が終わり、私たちは各々帰宅した。
メイドたちは食事の用意を尋ねて来たが、すぐに手紙が届くだろうと考え、私はそれを拒否して読書を始めた。
暇つぶしと心を落ち着かせるためだ。
手紙は予想通りすぐに届いた。
私も話をするべきと考えていたが、今回の件は提案者がいるため、その者が行動するのを待っていた。
「エルス様」
「どうした?」
「今日のお仕事が終わり次第。少しお体を休めてはいかがでしょうか」
「……そうだな。そうさせてもらうよ」
執事に何を言われるか一瞬冷やっとしたが、私の体を考えてのことだった。
確かに最近は働き詰め。
ここらで休暇を取るのも悪くないだろう。
「到着しました」
「ああ。今日も待機、よろしく」
「かしこまりました」
目的地に到着し、馬車から降りる。
日差しがあり目立つが仕方がない。
仲間の馬車も続々と増え、室内に入るとすぐに会議が始まった。
「エルスは辛いかもしれないが、計画は成功した。ワタシはそう考えている」
「そうですね。我々の罪は伝統貴族が行って来た悪行の一つに含まれ、印象が薄まった感じですね」
確かにその通りだろう。
始めは平民、ヘルト少年の殺害が目的だった。
それは私たちの罪の暴露を恐れてのことであって、伝統貴族全体となれば、私たちの罪はそこに隠れる。
この成功は素直に喜んでいいだろう。
「……して、今後は被害者への援助と都市運営を真っ当に行うことが必須となる。直近での危険は犯さないよう注意を」
「ええ。我々はそこまで酷くありませんので、手紙のやり取りで報告し合えば足りますかね」
「そうだな。これを機に新たな商いを行うのも悪い手ではないだろう。それに熱中していれば何かを犯すこともない」
今後の活動の話か。
少しの間休暇を取り、別の事業を立ち上げる。
私の中にはそんな計画が見えつつあった。
少しの間、皆談笑を楽しみ、締めくくりとして我々を集めた提案者が口を開いた。
「最後だ、少し聞いてくれ。提供した武器や装備は、路上の文無しに商人を装わせ使った。足がつく事はないだろう――――さあ、話は終わりだ。食事を始めようか」
その言葉で問題は解決したとして、皆談笑を再開。
運ばれる食事を楽しみ、その日はそれで終わった。
◆◆◆◆◆◆
アグル学園学園長プルト・イングリースの告発によって、アグルの都市運営を管理する貴族連盟は、急遽会合することとなった。
会合は各々の派閥、組織の代表が集まり、連盟の役人が進行する形で始まった。
私、エルス・タチノフィも、当事者の兄ということもあり仲間の代表としてこの場に赴くことになった。
顔ぶれは誰もが知る
身近な人間が学園長という心許ない感じではあるが、あくまで派閥代表はおまけでしかない。
我々派閥の人間は、連盟の
貴族的立場としても下であるため、発言力はあまり高くない。
「今回集まってもらったのは、早急に都市の再構築を図るためである。今回周知の事件では、伝統貴族全ての責任とし、民たちへの信頼回復に努めなくてはならない」
「問題が噴出した学園。犯行を行い亡くなった当事者の家族として、プルト・イングリース学園長、エルス・タチノフィをお呼びした」
「早速だが、資料にもある通り――――」
会議が始まる。
学園長が選抜戦にて周知した情報を元に整理が始められ、改善するための案が瞬時に挙げられた。
学園理念の徹底。
教師陣の意識改革。
貴族家の長男優遇態勢の改善。
貴族家の存在意義を再認識、教育。
邸宅の移転と地域貢献。
などなど、多くのことが可決され、翌日から動く形となった。
学園側は、魔力持ち全てを入学させる方針へと切り替えた。
これまではある程度の素質を見て話を持ちかけていたそうだ。
ただそうすると、どうしても貴族家の人間が多く、問題が起きても対抗できないと指摘が入った。
魔力無しの学園にも通達することで、都市と都市周辺の集落、村の平均的教養を上げることで、一方的な社会状況を打破する試みも始めることとなった。
アグル学園含め魔力ありで入学が許可される学園には、貴族連盟より監査の者が必ず入ることにもなった。
魔力無しでも入学できる学園に貴族が入る事は少ないため、警備の者は派遣されるが監査は入ることはない。
監査の役割は問題の早期発見、解決、改善だ。
今回の件で教師だけでは目が届かないと証明された。
それを防ぎ、未来ある若者の育成を促進させる狙いもこの策にはあった。
私は、カラドの素行や学園からの評価、性格などを聞かれ嘘偽りなく答えた。
その際、入学当初からヘルト少年に執心していたことも口にし、起きるべくして起きた、そう結論づけた。
◆◆◆◆◆◆
会議から数日後。
私は印象が綺麗すぎるのもどうかと感じ、都市に合法的且つ秘密的な商売。異種族風俗店を開業した。
アグルでは異種族の者たちへの規制が緩い。
研究もあまり進んでおらず、異種族に何を行っても大体が許される。そのぐらいに緩い。
私は個人で異種族の研究を行い、殆ど人間と変わらないことは知っていた。
勿論、病があればそれを完治させてから営業させ、店の規則は徹底して守らせる。
変な噂が立つと終わりだからな。
私は異常者なのかもしれないが、異種族に対しても人間となんら変わらず欲情することができる。
どうやらこの性質は稀なようで、お遊び程度の収益しか見込めない。
だが、健全を目指すアグルは抑圧される部分が多くなった。
その捌け口にも良いのではないか、そう思い実行に移した。
勿論、顔が表にも出るため、私ではない別の人物を用意した。
裏で出資する形で、運営は任せて権利は私が持つことになっている。
結果は、思いの外繁盛した。
繰り返し来る客のおかげもあり、店主は客と距離を縮め情報を得ることも可能となっていた。
裏の印象が強いため、そういった情報も入ってくる。
なかなかに良い商売を始めたと、私自身思った。
仲間で集まった際は、私の異常者っぷりを揶揄される。
ただ、それは昔からのことで笑い話。
仲間たちもそれぞれ秘密の、地下的なものを行っており、表の顔と裏の顔を以前より使いこなしている。
最近では邸宅の引越しもあって、地域住民との接点が多くなった。
そこで悩みを聞いたり、慈善事業を始めたりと、評価を高めていたりもする。
始めは身動きが取れない。そんな印象を持っていたが、今ではこれが最適解と感じるほどに楽しく生活することができている。
この生活を維持するためにも、アグルの都市運営をより積極的に行っていきたいものだ。
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