第20話 独りの戦い
外套の男に負けてオレは気絶した。
目を覚ましたのは次の日の早朝。
何とか体を起こして寮に戻り、身を綺麗にして食事をした。
正直細かいことは覚えていない。
「ボーッとするな。アンファング」
クライダーから指摘をされ、授業へと意識を戻される。
考えるつもりがなくても、いつの間にか負けた日のことを思い出している。
表に出てないだけで、悔しいのかもしれない。
あの日から呼び出しは再開された。
あの男が呼び出すことは無くなったが、伝統貴族たちが力をつけたのか、最近は辛勝というぐらいでギリギリ。
資質や才能は、伝統貴族たちが上回っているが、これまでの鍛錬で保てている感じだ。
授業も終わり、オレは寮へと帰宅する。
寄り道もなく予定もない。
今日はゆっくり体を休めたい。
コンッコンッ――――。
「……誰だ」
「俺だ。クルデア」
「カイガです」
「入っていいぞ」
ベッドに仰向けに倒れていると二人が訪ねて来た。
「ハハッ、お疲れのようだな」
「ああ、かなりキテるな」
「報告は読みましたが、実力者が居たとは………」
「今じゃただの貴族たちも力をつけている」
「伝統貴族で共有でもあったのでしょうか」
「まあ、とりあえずヘルトは体を休めろ」
「そうですね。僕たちの方は順調なので気にせず」
心配だったのか様子を見にきただけのようだ。
短かったが、人と話せるだけでも体が軽くなった気がする。
今でも全ての原因がオレだと認識されている為、廊下で見ることがあれば足を掛けられ転ばされたり、突き飛ばされる。
お手洗いに行けば暴力も振るわれる。
女子生徒はあからさまに視線を向けてヒソヒソと何かを言っている。恐らく悪口だ。
自分から仕向けたことだが、中々にキツい。
翌日から呼び出しが再開された。
見た顔の五人組だ。
「今日は俺たちが勝つことになる。お前は貴族を怒らせた」
「口上なんかいらねぇよ。やるなら来い」
「……まだ反抗の意思があるか」
貴族五人組は陣形を作る。
相手は訓練もして能力を伸ばしている。
数的不利を考えても真っ向から勝負はできない。
徐々に集中を深めていく。
「行くぞっ」
動いた。
前から一人。遅れて二人。後ろで魔法を準備している。一人は待機か。
魔力強化。
剣を弾っ、鉄――――?!
木剣じゃ無理っ…………。
「今日で終わりだよ。お前」
横薙ぎの一筋。後ろに跳ぶ。
刃が潰されてない。まずいっ。
「止めるなよ!!」
「ああ!」
制服が切れる。
横に一つ。大きく斜めに一つ。短く縦に一つ。
着地を成功させ、体を屈めて下を見る。
表面だけだが切れている。
血も出ているし、このままはまずい。
魔法も準備されている。
反撃しても待機している奴が何かする気だ。
状況は悪い。
致命傷を受けないことだけ気にしろ。
「ビビってんのか?」
「どっちがだ? 五人いなきゃ勝てないんだろ?」
「テメェ……」
木剣に目をやるが、鉄剣のせいで刃の部分が切断され使い物にならない。
肉弾戦しか無い。
答えを出した瞬間。オレは五人に突っ込む。
「はやっ――――!」
剣や魔法に構わず、五人のうち一人の体近くに必ず寄る。
「コイツっ……」
出だしの遅かった縦切りの男を目標にする。
敢えて剣を持つ手に突っ込み隙を与えない。
懸念があるとするなら突き。
ただ動きが大きくなるため回避しやすい。
「くそっ………後少しだろ!」
「魔法で引き剥がせっ。制服に魔法は問題ねぇ!」
「おう」
魔法が来る。
一人。いや、後二人が詠唱を始めた。
三つの魔法が飛んで来る。
コイツを盾に………くそっ、刃が危ない。
「打て」
魔法に気が逸れる。
男に隙を与えてしまう。突きの構え。
魔法。突き……。
「クソがっ……」
オレは魔法の方へと移動する。
致命傷は避けたかった。
「ちっ――――」
制服は効果は消せても威力は消せない。
三つの魔法は思いの外威力が強く、突っ込んだ形になったが弾き飛ばされた。
「おい、どうする?」
「流石に命を取ると俺たちの今後が危うい」
「確かにな」
「また痛めつければいいさ」
「次はもっと簡単にいけるだろうな」
五人組は帰って行った。
また負けた。
今回は鉄剣もあって選択肢が増えてしまったが、負けは負け。
制服はどうにかしないといけないし、今後は鉄剣の対応も考えないといけない。
剣技をどうこう言ってる場合ではなくなった。
魔法でどうにかしないと。
魔力の扱いを極めないと。
――――勝つ未来が見えない。
◆◆◆◆◆◆
結局、制服を直すことができず、ボロボロのまま登校することになった。
オレを見ると誰もが目を丸くして数秒固まる。
これまでに無いオレの変化に周囲も驚いているのだろう。
まあ、些細なことだ。
「ちょっといいかしら?」
歩いていると前から一人の女子生徒が声を掛けてきた。
マリアーナだ。
「何ですか?」
「あなたの姿、見てられませんわ」
「はあ……」
「あなたは何をしているの? 制服も切り裂かれて」
周囲の人間はそこで止めていた歩みを再開させた。
マリアーナがまた説教してる。
そんな風に思ったのだろう。
マリアーナはかなり真面目だ。
それが定着している為、誰も歯向かわず遊んでいる節まである。
オレはマリアーナの問いに答えるつもりはない。
ただ、ヒントはやってもいいと思った。
「貴族に楯突いてる。それだけだ」
通り過ぎようと横を通る。
しかし、
「お待ちを」
腕を掴まれ引き留められる。
いつもなら終わっていた。
ヒントを与えたのが良くなかったか……。
「何だ?」
「どうすれば信用を勝ち取れますか……?」
真っ直ぐな瞳で尋ねてきた。
知らない訳ないか。
知っていてオレが助けを求めない、だから接触を控えていた。
ただ今回は目に余る、そんな感じか。
伝統貴族にしては珍しいな。
ただ、伝統貴族に信用なんて無い。
「伝統貴族を信用することはない」
同じように正面から告げる。
「……理由を教えて下さい」
今日はやけに粘るな。
まあいい。
これでこのやり取りが終わるのなら踏み込んで話しても構わない。
「オレが今やっていること、やって来たこと。本来なら学園、伝統貴族、アグルという都市が解決しなくてはならない問題だ。お前たちはそれを見過ごして来た。信用なんて出来るはずがないだろ」
平民や低級貴族は被害者。
アグルには都市を運営する機関があると聞いた。
身分に関係なくその機関へ就職できるとあったが、学園がこのあり様なら、貴族が支配していると考えるのが妥当。
それが事実かは知らないが、現に問題は積み重なり解決困難な状況に陥っている。
全ての原因は伝統貴族。
偶然出自が伝統貴族で真面目なマリアーナだが、信用することはない。
「全ての伝統貴族が悪とでも言うのですか?」
「ああ。中には立派な人間もいるだろう。ただこの問題の解決に動いているか?」
「………」
マリアーナは黙ってしまった。
オレはそんな彼女を置いて校舎へ向かった。
彼女がどうするのか知らないが、保険になればいい。
そんな期待しかしていない。
◆◆◆◆◆◆
私、マリアーナ・トルネルトは伝統貴族の一員です。
始めは、同じ貴族として恥ずかしいという思いと、噂に聞く卑劣な行為に憤りを感じて動き出しました。
学園の噂話は毎日のように聞こえて来ます。
ただ、誰も動いているようなことは言いません。
目をつけられれば怖い目に遭うからでしょう。
気持ちは分かりますが、私は渦中の人物の本物の叫びを聞きました。
ヘルトという少年。
まだ7歳という年齢で、このアグルの闇を一人で背負い、それを晴らそうとしている。
少年の噂も毎日のように聞きます。
しかし、あの叫びを聞いてから、全てが彼の武勇のようにも聞こえて来ます。
私は魅せられたのかもしれません。
出会いは最悪でした。
助言をしたと思えば、ある種の殺害予告。
二度目は、魅せられた本音の叫び。
そして、今回で三度目。
彼に会うたび、私の考えが浅いことを痛感させられます。
伝統貴族は他人を思いやれず、誰かが死なないと動き出さないこと。
問題を放置し理解せず、苦しむ人間に上からモノを言う態度、そんな人間の存在意義。
考えたこともありませんでした。
全てが繋がっており、彼はそれを排除するために動いていたのだと。
原因は全て、伝統貴族。
自分の力で何とかできると思いましたが、これはあまりにも大きな問題過ぎます。
彼には伝手が何も無い。
だから、私にできることを一つ、行うことにしました。
この手紙を父に。
後はもう、彼を信じるのみです。
◆◆◆◆◆◆
とうとう発表された。
待ちに待った催しがやって来る。
学園選抜戦。
学年関係なく参加することができる武闘大会。
一年に一回行われる催しで、勝ち上がり上位に入ることで、国が開催する学園最強決定戦に出場することが決まる。
各都市の最強が集まるその大会は、外国からも観光客が来るほどの大きな催しとなっている。
「来たな、やっと……」
オレはそれだけを待っていた。
分かりやすく結果を残せるからだ。
授業について行けなくても挽回できると踏んでいた。
ただ、今では別の目的も乗っかっている。
オレは今大会で学園の闇を暴露する。
体に残る傷跡、対戦相手からは侮辱行為もあるだろう。それが信憑性を上げる。
傷跡を衆目に晒し、学園の実態を訴える。
観客の平民には疑念が生まれ、伝統貴族は真偽関係なく動かざるを得ない。
学園だけの問題では済ませない。
何年も何年も伝統のように繰り返されて来た真実も全て、白日の元に晒す。
罪は償ってもらう。
誰一人逃しはしない。
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