第3話 魔力と魔法
変わらぬ日々を過ごす中で、おかしな部分は目立つもの。
転生してからこれまで、家と畑、放牧地を行き来する毎日。
ただその道中には他家の人々の姿も見ており、何かぶつぶつと唱える姿を見ていた。
確か父もそんなことを作業前にやる。
神への祈りという感じではない。
祈りといえば、最近母が時折りしている。
しかし、父たちがやるものとは別だとすぐに理解できた。
なぜなら、父たちが唱えた後はうっすら光るのだ。
明らかにおかしい。
前世含めこれまでに経験のないことに、好奇心を刺激されない訳がない。
オレは朝の手伝いを始める際に、父に尋ねた。
「お父さん。毎日作業前にぶつぶつ言ってるのは何?」
「ああ、あれか。あれは魔法だ」
「え……」
飛び出した言葉に意識を飛ばされる。
いや、停止させられた。
堂々と大人が答えた。
嘘を言っているようには聞こえない。
じゃあ、本当にあるのか?
オレにも使えるのか?
頭の中で次々と思考が飛び出してくる。
「どうした?」
「い、いや、何でもないよ。僕も使えるの?」
父の呼びかけによって我に返り、若干の動揺を残して尋ねた。
「どうだろうな。清めの儀式を受けないと分からない」
「受けれないの?」
「そうだな………昼にやってみるか?」
「できるの?!」
「できるぞ。ただ今からは仕事だ。さあ、始めよう」
「はい」
簡単にできるようで話を流された。
時間が来たから仕方ない。
ただ、いつものルーティンが終わり、今日の仕事の指示を受ける際、父から魔法について教えてもらった。
魔法は、魔力を元にして思い描いたものを具現化することを言うらしい。
ぶつぶつ言っていたのも詠唱と言って、魔法を発動させるために必要な行程のようだ。
もしかしたら前世のエンタメ異世界知識が役立つかもしれない。
ただ過度な期待はやめておこう。
傷ができても仕方がないからな。
◆◆◆◆◆◆
仕事の手伝いも終わり、昼食を食べることもなく父に儀式を行ってもらう。
裏庭の木陰で待っていると、手に何かを持った父がやって来た。
「ここでやるの?」
簡単にできるとはいえ、どこか特別な場所に行ったりしないのか。そう考えて父に尋ねた。
異世界知識では教会なんかが定番だ。
しかし………教会はない。
この集落には、一つもそういう宗教的な物がないのだ。
「うん? そうだぞ。儀式は誰でもできるように簡単なものがあるんだ。格式高い……凄いのもあるが今回はそんなことをする必要がないのさ」
「そうなんだ。知らないことばっかりだ」
心の拠り所はどうしてるんだろう。
そんな疑問が湧く。
前世では、宗教的なものが生活に混ざっており、特殊な行為というものは無かった、と思う。
もしかしたら、田舎特有の何かがあって、既にオレはそれを生活の中でやっているかもしれない。
異世界だからという認識が、思考の幅を狭めている。
もっとフラットに考える必要があるな。
「ああ、父さんでも分からないことが多い。色々学んでいかないとな」
父は自分自身もまだまだと謙遜する。
しかし、子どもに対する言葉遣いや対応は、自分が子どもに対して行うであろうそれとは全く違う。
オレだけならまだしも、2歳の妹にも同様に接している。
それは中々にできることじゃない。
そういう立場になれば、オレも同じ様にしてみたいものだ。
「それじゃあ、清めの儀式の説明をするぞ」
「はい」
「まず、儀式には最低二人必要だ。実践する人と観察する人だ。今回の場合、ヘルトが実践する人。父さんが観察する人だ」
「分かりました」
始めの説明に理解したことを伝える。
「じゃあ、次だ。実践する人は、水を頭から被り魔力を見つける作業に入る。で、見つけることができたら、魔力を全身に駆け巡らせ熱を発生させるんだ」
「はい」
「観察する人は、実践する人の被った水が完全に乾き切るまでこの計測器を使って観察するんだ」
「分かりました」
父が三つの砂時計みたいなものを見せて説明が終わる。
計測器。
乾く時間を測るのだろうな。
考えられることは、その速さで持っている資質がどれ程のものか分かるということ。
これで一生の運命が決まる。
前世の記憶がなければ、人生のほとんどが運で決まると知らなければ――――こんなに緊張することはなかった。
心臓の鼓動が速い。
期待と不安でぐちゃぐちゃ。
想像された喜びと絶望が同時に脳裏に浮かぶ。
あ……ダメだ。何もできない。
水は、水はどこにある?
………ダメだ。体が動かない。
「準備はいいか?」
「え?」
一人の世界に入ってしまい、目の前に父が来たことすら認識できていなかった。
始まる? 水は?
………待って、まだ待って!
まだ、心の準備が――――。
「水よ。眼前の頭上に集まれ」
父が詠唱を始めた。
毎朝聞くものとは違うが、いつもの様に言葉を発している。
上を見れば水の球。
始まる。始まってしまった。
運命の沙汰が下される。
やめたい。知りたくない。
知らなければ幸せなこともあるんだ。
でも、知らなければ。
………くそっ。全然面白くねーよ。異世界転生っ。
もう戻れない。戻れないのかっ……。
やるしかない。やるしかないんだ!
「いくぞ、ヘルト」
「はい!」
一秒。
水の球が頭にあたり全身を濡らす。
一瞬目を瞑りもう一度開くと、父が三つの計測器を同時にひっくり返した。
砂が落ち始め、それを確認すると父はオレの衣服を観察し始めた。
始まった。
オレは魔力を掴むために身体の内側に意識を向ける。
見つからない。
砂が落ちる。
もう一度全身を探る。
………見つからない。
砂の山ができる。
囚われるな。囚われるな。
魔力を掴むことだけに集中しろ。
イメージだ。イメージしろ。
初めは異物感でいい。
今まで感じて来なかったんだ。
分かるだろ?
言い聞かせながら探って行く。
一つの計測器の砂が落ち切る。
「……見つけた」
「…………よし」
薄らと冷たい流れが体の中にある。
もっと早く。もっと速く流れろ。
循環して熱を上げろ。
「はぁ……はぁ……」
体力がかなり奪われ肩で息をする。
体が熱い。
服を見るとあと少しで乾き切る。
耐えろ。耐えろ。
「そこまで!」
「……ふぅ」
父は声を発すると同時に計測器を横に倒す。
オレは魔力の操作をやめ、後ろに体を倒した。
想像以上のキツさだ。
魔力を掴んでからは速かったと思うが、どうなんだろうか。
一つ目の計測器内に終わらせていれば、かなりの資質を持っていることは容易に想像できる。
上中下。
そう考えれば資質的には平凡なのかもな。
「よくやった! 二つ目の、それもこの少なさ――――よくやった!」
父はやや興奮気味にオレの成果を讃える。
基準がどうなのか分からない。
正直、少し扱えるより無い方がいいと思っている。
それは現実を正しく受け入れることが容易にできるからだ。
扱えてしまうと、幻想を見てしまう確率も上がる。
ただ父がここまで言うのだから、悪いことにはならないだろう。
「疲れた」
「本当によくやった。魔法に関してはまた明日話そう」
「はい……」
フラッと立ち上がり、自室に向かって歩く。
その後、オレは食事もせずにベッドに寝転び、気絶するように眠った。
◆◆◆◆◆◆
翌日。いつものような朝を過ごし、昨日と同じように昼から外で魔法に関する授業が始まった。
「まずは基本的なことから」
「はい」
「そもそも魔力は誰にでもある訳ではない。あるだけ、扱えるだけでもかなり才能がある」
こう聞くと、やはり昨日の結果は良かったのではないだろうか。
ただ、父がどれほどの魔力の持ち主、魔法使いに会ってきたのか分からない。
鵜呑みにするのは避けた方がいい。
「昨日の儀式を見るに、ヘルトの魔力量と魔力操作は優秀だ。ただ魔法を扱う際にもう一つ、魔力適性というものが不可欠な要素だ」
「魔力適性?」
「ああ。魔力適性とは、扱う属性や規模を決める指標。即ち、どんな魔法をどれだけ使えるのか。ということを理解するためのものだ」
少し理解し辛い。
どうやって判断するかも微妙な感じがする。
属性と規模では、一緒に表すことが難しい。
………聞いた方が早いか。
「少し分からないです。魔力量と魔力操作含めて、どうやって表すことができるのかが」
「そうだな。説明が曖昧だった。これらの情報は全て数と印で表すんだ。こんな風にな」
父が地面に木の枝を用いて描いていく。
横棒四つにそれを貫く縦棒一つ。
その横に小さく未完成な三角。
その下に同じ大きさの丸が一つと更に下に短い縦棒が一つ。
そこで手の動きが止まる。
「どう、見ればいいんでしょう」
「まず三つの表記だが、どれも最高が十で表される」
分かりやすい。
流石に数と印に関しては分かりやすく伝えられている。
「この大きめの横棒四つとそれらを貫く縦棒一つだが、これは魔力量を表している。魔力を扱えるかどうか、その情報の優先度が高いため大きく表記するんだ。この印は5ということになるな」
「じゃあ、次は魔力操作」
「ああ、正解だ。と言っても、優先度的には正直魔力操作と魔力適性は変わらない。印についてだが、この印には角が二つあるだろ?」
「はい」
「だから魔力操作に関しては2と言う訳だ」
…………呼び方は無いのか?
数を言ってるだけじゃないか。
ちゃんとどれに対しての数を言っているのか言わないと分からない状態。
言葉を作った方がもっと楽に意思疎通できる。
「最後の魔力適性の印。これは丸が規模で、小さい縦棒が属性に関している。理解できたか?」
「たぶん。この印でいうと、魔力量が5。魔力操作が2。魔力適性は1の1という感じ、かな」
「ほう……1の1か。いい呼び方だな」
項目的に一つだったためまとめたが、この魔力適性に関しても改良を加えた方がいいんじゃないだろうか。
属性と規模もどちらを先に言っているのか分からない。
共通認識があまりないのかもしれないな。
改良するとしても、四つの項目にすれば何だか気持ちが悪い。
五つなら数も数えやすくなるし…………。
「父さんは魔法を誰に教わったんですか?」
ふと気になり尋ねてみる。
「そうだなぁ。父さんは、冒険者になってから仲間に教わったんだ。ヘルトに教えてるのも、その仲間たちから教わったものだ」
「へぇ、そうなんですか」
冒険者。
やはり職業としてあるのか。
ただ前世の異世界知識から考えるに、冒険者というより何でも屋に近い。
プラスして、そこに所属して依頼をこなす社員でもあるように感じる。
それは冒険者か?
そんな風に思うこともあるが、まあ、危険に飛び込むことは間違ってないため名乗るに値するか。
オレがやるとするなら………今はやめよう。
「父さん、魔法を使ってみたいです」
「ああ、分かっている。手始めに、『
「はい」
父が『灯り』と唱えた瞬間、指先から光の球が出現した。
日が登っているため明るくは感じないが、夜になるとかなりの明るさになりそうだ。
明るさの調節もできればいいな。
淡いオレンジの光。
それをイメージして指先に魔力を集める。
「『灯り』」
「一発成功………やはり……」
指先の魔力がスッと抜けて、間隔を開けて光源の球が出現した。
大きさは大人の爪より少し大きいぐらい。
光の色は思ったより濃ゆく、昼間でも分かりやすい見た目になっている。
「ヘルト、魔法は一日一つ教える。今日は終わりだ」
「はい」
父がぶつぶつと言葉を溢していたがあまり聞こえず、一日一つと終わりであることだけ聞こえた。
父は家に戻り始め、その際も何か言っていた。
「『灯り』」
魔法の発動を実感した。
成功ではあるが、イメージと現実の誤差に違和感が残る。
何かが足りない。
そんな風に感じて、オレはふと気づくと違和感を拭おうと考えるようになっていった。
◆◆◆◆◆◆
魔法を使い始めて数日。
様々な生活魔法を覚え、少しだけ生活が豊かになっていた。
最近、父と祖父が共に家を空け、集落を離れる日が多くなっていた。
現在家には母、祖母、フィルマ、オレの四人で暮らしている。
父が集落を離れている間は、いつもの作業だけするように言いつけられており、それを実行している。
家畜の世話はいつも通り祖母が行い、その手伝いを母とフィルマがやっている感じだ。
午後からは自由で各々好きなことをしている。
祖母がフィルマを見てくれるというのもあって、オレは魔力と魔法について考えていた。
違和感の正体。
それも見つけ、今ではイメージ通りの魔法を使えている。
違和感の正体は、前世の記憶のイメージ。
それを用いて魔法を発動させていたため、思ったように扱えなかったようだ。
今生きてる世界で見たものをイメージすることでしか、上手く発動することはない。
考えてみれば当たり前のこと。
オレはただ、前世の記憶を持つだけの一般人に過ぎないということ。
それに評価軸も自分なりに研究し、より明確に能力を知れるようにした。
評価軸は全部で五つ。十段階評価だ。
魔力量、魔力操作、魔力属性、魔力規模、魔力純度。
暫定的だが、この五つに収まった。
ただそれを使っているのはオレだけ。
聞かれた時には教わったもので伝えている。
「お兄ちゃ!」
フィルマの声が聞こえる。
家に目を向けるが姿はない。
となると、敷地の横にある放牧地………いた。
祖母と一緒に馬の背に乗り、こちらに向かって来た。
オレは腰を持ち上げ立ち上がり、尻を数回
「何をしてるんだい? ヘルト」
「考えごとをね、お婆ちゃん」
「そうかい。いつでも相談するといい」
「うん。そうするよ」
祖母と話しながら、抱っこをせがむフィルマを抱き抱える。
魔力で全身を強化し、倒れてフィルマを怪我させないように配慮する。
祖母もそれを分かっているため、フィルマをオレに預けたんだと思う。
周りをよく見ている。
祖父に対してもよく気を遣っている印象だ。
ただ一つ気になるのは、祖母と話すと毎回相談に乗ると告げられることだ。
オレに対して何か思うことがあるのか、最後にはそういう流れになる。
「お婆ちゃん………何かめちゃくちゃ集まって来てるよ?」
「ん? どうしたんだい?」
「お婆ちゃん、後ろ」
指を差して祖母に後ろを見るように促す。
「え? どういうことだい?」
祖母も初めての経験か、何もできず固まってしまった。
しかし、かなり迫力のある光景だ。
放牧していたであろうほとんどの家畜たちが近寄って来ている。
原因は何か。
考え始めるが何も浮かばない。
フィルマも驚き泣くことはなく、いつも通りオレに掴まっている。
「お婆ちゃん、どうするの?」
「どうもこうも、大人しくしてるしか……」
「まあ、突進ではないからね」
ゆっくりと歩いてくる。
それを見て逆に動くことができない。
ただ待つしか選択肢はなかった。
「お婆ちゃん、フィルマを」
「分かったよ」
少し嫌がるフィルマを祖母に預け、柵を越えて放牧地へ足を踏み入れる。
ただ歩き始めて分かった。
家畜たちはオレを目指している。
何故だ?
自然と疑問が浮かび、最近起こった変化を考える。
「魔力、か」
簡単に思いつき、その変化を改めて振り返る。
自分が認識する前から魔力はあったはず。
しかし、その時に家畜たちが歩み寄って来るなんてことは無かった。
認識するとしないとでは、魔力の何かが変わるということか?
周りの人間に聞けば解明できると思うが、父以外から魔力を感じたことは無い。
「少し行ってくるよ」
「気をつけな」
「うん」
祖母に告げて家畜たちに歩み寄る。
柵の後ろは家。もしものことがあったらいけない。
そう思い放牧地の中心に向かった。
「どうしたんだい?」
近寄ってくる家畜たちを撫でながら尋ねてみる。
勿論返事はない。
危害を加えてくる気配もない。
本当に何が起きているのだろうか。
「いるよ――――君以上の――――」
どこからか声が聞こえた。
「何だ? どこから聞こえた?」
オレ以上の何かを持つ者が居る。
当たり前と言えば当たり前。
しかし、その何かが分からない。
どこの誰が、何のために伝えた?
分からない。
ただそれを最後に、家畜はオレから離れ始めた。
今の言葉を伝えるため?
ならもっと前でも良かったはず。
「分からないな……」
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