第14話 新事実



 数日後、寮を出て校舎を目指していると、一人の男子生徒が目に入った。

 ゆっくりとし過ぎていたため、道中生徒の姿は見えず一人遅れたと思っていた。

 しかし、貴族寮と平民寮の合流地点から少し先、普通ではない人間が居たため、少し観察することにした。


 全体重を移動させるように横に揺られながら歩く姿は、あからさまな怪しさがある。

 そういった人間なのか、体調が悪いのか、もっと近くに行かないと分からない。

 オレは少しずつ近づいて行き、少し間を開けて並んで歩いた。


「あぁぁ………今日も、また…………」


 小声で何か話しているのが聞こえた。憂鬱そうに校舎を見つめ、一歩一歩確実に足を進めながら。


 その生徒の顔を確認すると、平民寮では見たことない顔だと分かり貴族の人間だと理解した。

 オレは少し気になり話しかける事にした。


「あの、大丈夫ですか?」

「うわぁぁ……!?」


 その男子生徒は急に驚き、尻餅をついて倒れた。

 そんなに驚くことなのか、そう思いつつも正面から顔を見て逆に驚かされた。

 目の下に隈が濃く出ており、頰もこけてげっそりとしている。それに、顔に傷が少しある。

 体調が悪いとかそんなレベルの話ではない。


 明らかに憔悴している。

 ゆっくり休みちゃんと食事をしなければ、このままこの生徒は死んでいく。そう感じた。

 手を差し伸べ、敵じゃないことを表す。


「驚かせてすみません。体調崩しているのかと思いまして」

「あ……あぁ、すまない。僕の方こそ激しく驚いてしまった」


 男子生徒はオレの手を取り立ち上がる。

 その際、腕に力が入らないのか、全体重を預け引っ張られるのを待っていた。

 オレは魔力で体を強化して引っ張り、その生徒を立ち上がらせた。


「一度寮に戻りましょう。平民寮ですが、優しい寮母がいるので何か作ってくれるかもしれません」

「……そうか。それは助かるな。ここ七日ほど何も食べてない」

「それは……大変ですね。さあ、行きましょう」

「……あぁ」


 男子生徒は上擦った声を隠すように小さく返事をした。

 後ろにできた道の模様が、彼の心の悲鳴を感じさせた。


 平民寮に着き、食堂に座らせるとオレはマリエスがいる部屋に向かった。

 コンッコンッ――――。


「はーい」

「マリエスさん。ただいま」

「……ヘルト。どうしたの?」


 マリエスは二度見してオレに尋ねる。

 少し面白かったが、揶揄うのは今度にして今するべきことを話す。


「一人元気のない人を発見したから連れて来たんです」

「何? 生徒?」

「はい。貴族の方だと思いますが、あまりにも憔悴しきっていたので助けることにしたんですよ」

「どこにいるんだい?」

「食堂です」

「はぁぁ……分かったよ。ヘルトもいるかい?」

「少しだけ」


 オレは指で小さな幅を作りマリエスに返答する。

 それが少しおかしかったのか、マリエスは表情を緩めて食事を作り始めた。

 オレは話し相手をするべく食堂に戻る。


「話をつけて来ました」

「……あぁ、すまない。助かるよ」

「いえいえ。とりあえず、聞かない訳にはいかないので、何故そんな状況なのか話してもらっていいですか?」

「そうだな……」


 男子生徒は少し間を開け口を開いた。


「俺は低級貴族の息子だ。父が冒険者で、ある村を救ったことが認められ貴族になったのが始まりだ」

「へぇ〜、素晴らしいお父上ではないですか」

「ありがとう」

「それが、関係するのですか?」

「……ああ」


 肯定した。

 導入だけだと思っていたが、そうではないようだ。


「俺が言ったように、貴族には種類がある。低級貴族と伝統貴族だ」

「初耳ですね」

「そうだろうな。俺も貴族になって初めて聞いたよ」


 男子生徒は水を飲み、話を続ける。


「低級貴族と言うように、伝統貴族の方が立場が上だ。それもあって、俺はよく伝統貴族の奴らに揶揄からかわれ、虐げられているんだ」


 この話から、オレの認識は変わった。

 元々貴族対平民の図式だと思っていたが、伝統貴族対平民、低級貴族の図式だと気づいた。

 人数差ではこちらが有利、うまくやれば……。


「これまでにいろんなことをされた。筆記や実技の試験で高順位を取れば、毎回殴る蹴る、魔法を放ち暴行を加えられた」

「そんなに……」

「勿論見えないところで、制服で隠れる場所をね。制服は魔法の効果を打ち消す効果が付与されているけど、その威力は消されない。だからあまり変わらないんだ」

「確かに……僕の制服も綺麗なままだ」

「君もやられていたのか……」

「ええ」


 オレの話を聞き、仲間がいたことにホッとしたのか、男子生徒の表情が緩む。

 しかし、制服のことは考えたことなかった。研究して生身でも扱えるようにすれば戦闘に使えそうだ。威力の消滅も研究しがいがありそうだ。


「ただ、それだけならここまでの状況にはなってないだろう」

「原因は他にある訳ですか」

「ああ、正直今話したことは平民とされる君たちにも経験のあることかもしれないからね。現に君は経験しているし」

「そうですね。このくらいじゃ学園は何もしてくれませんから」

「聞かなかったことにしとくよ」


 学園批判に苦笑い。

 彼も思っているが口にはしないのだろう。

 ただ、気になるのは彼がこうなった原因だ。

 学園外か? 親関係か? それとも別の何かか。


「それで、原因はどんなことでしょうか。言いにくいとは思いますが……」

「……俺には懇意にしていた平民の女子生徒がいたんだ」


 嫌な予感だ。


「俺たちに身分の差はないと思っていたし、彼女もそう思っていたと思うよ。ただ、ある日彼女は学園を休むようになった」


 聞きたくない。


「理由は、貴族による性的暴行」


 やっぱりか……。

 ずっと蔓延はびこっているんだ。この学園には。

 いたずらに権力を振りかざす奴らが、伝統と勘違いして何も疑わずやらかしている。

 共有しなくてはな。


「彼女は精神が病み、この学園を去って行った。彼女の両親が引き取りに来たが、その際に貴族というだけで、俺も加害者として罵られた」

「それは……」

「ああ。先の君のように伝統貴族と低級貴族のことを知らない。ただ、それは弁明する理由にはならない」

「そうですか。話してくれてありがとうございます」

「いいや、話せて少し楽になれた。こちらこそありがとう」

「はい。お待たせ」


 そこでマリエスが料理を運んで来た。

 話も終わったため、オレと男子生徒は食事に手をつけた。


「ありがとうございました」

「いいよ、別に」


 食事を済ませると、男子生徒がマリエスに感謝を告げる。

 貴族と言えど、元が平民なだけにそこら辺はオレたちと変わらない感じだ。

 何が貴族と平民を分けるのか。

 功績だけじゃ、今回のように碌なことは起きそうにない。歪んだ性根がそうさせるのか……。


「ありがとうマリエスさん」

「ヘルトはちょっと来な」


 マリエスの部屋に連れられる。


「変なことに首を突っ込むんじゃないよ」


 小声で注意を受ける。


「いえ、僕は突っ込み続けますよ」

「はあっ!?」

「腐ってるんですよ。貴族も、学園も」

「ちょ、本当に言ってるの?」

「はい。責任を持って、全てを破壊します」


 マリエスの瞳を見据え、力強く宣言した。


「それじゃあ、行ってきます」

「……ええ」


 マリエスの抜けた返事を聞き寮の玄関に向かう。

 男子生徒は律儀に待っており、共に登校する。


「自己紹介が遅れたね。俺はセバル・アルトネイル。よろしく」

「はい。僕はヘルトです。よろしくお願いします」


 登校する際、話の流れでオレとセバルは協力関係を結ぶこととなった。

 それを含め、今回の話はクルデアとカイガには共有しようと思う。



 ◆◆◆◆◆◆



 セバルと出会って数日。

 貴族の横暴は日に日に増していった。

 始めは平民だけかと認識していたが、今では伝統貴族と低級貴族で別れていることを知り、被害に遭っているのが平民だけじゃないことが判明した。


 ただ現在は、平民への横暴は減って来ているように感じる。

 低級貴族と伝統貴族でいざこざがあると、セバルから手紙で報告されるため、そのように感じるのかもしれない。

 目につくのが減っただけで実際は変わらない。そんなことになっているかもしれない。

 何にせよ、協力者を得たオレは、より多くの情報を得ることが出来るようになった。


 協力するにあたって、平民への強姦、性的暴行が行われていることをセバルに伝えた。

 すると、どうやら低級貴族の中にも被害者がいるようで、かなりの被害件数があるようだ。

 ただそれが表沙汰にならないのは、貴族という立場から第○夫人として迎え入れられる可能性があるかららしい。

 馬鹿なのか? そう思ったが、低級貴族の仕組みがそうさせていることに気づいた。


 低級貴族は一代限りの地位でしかなく、子息子女はほとんど平民と変わらない。

 調べることでその事実は出てきた。

 だから、伝統貴族とされる奴らは低級貴族を虐げるのだ。


 低級貴族の子女たちは、それを理解し貴族のままでいたいが為に、抗議することもなくされるがままのようだ。

 理解できない。オレの感想はそれだけだ。


 正直それは被害か? そういう考えもあるとオレは思った。

 身分と生活を手に入れる為に我慢している。

 そう考えることもできなくない。

 ただセバルが言うには被害に遭っている訳で、そう捉えるしかない。

 学園は身分関係なく、とうたっているが形だけみたいだな。


 オレは伝統貴族の中の長男を洗い出すようセバルに伝えた。

 ホイナスの話からも、頼れるのは伝統貴族の長男だけ。

 そこで協力を得られれば、その貴族家は功績を讃えられるだろうし、学園の問題も解決するだろう。


 オレはそう期待してセバルの返事を待った。

 しかし、セバルは直接話すとだけ書いた手紙を届けてきた。

 嫌な予感しかしない。

 オレは待ち合わせ場所に向かった。


「悪いな。我儘言って」

「いや、問題ないです。回復はしましたか?」

「そうだな。あの時よりか幾分マシだ」

「そうですか」


 挨拶を済ませ、本題に入る。


「頼まれてた件。調べてみたが難しいな。コレに書いている見てくれ」

「ありがとうございます…………なる、ほど」


 結果を見て口を閉ざす。


「伝統貴族内の長男たちはそれなり地位でしかない。貴族家の地位で対応が変わるように、次男、三男だからと無碍にできないことが、今の問題にも繋がっている」


 セバルの言う通り、特別目立つ爵位を持つ貴族家の長男がいない。

 一番上でも子爵。

 伯爵、侯爵辺りの人数が多いのもある。

 家柄というのはあると思うが、この腐り具合を考えるに、それらを破壊できる程の何かを行う奴らが居ると考えられる。

 それも高い身分の次男、三男。そいつらが集まって何かを行っている可能性が高い。


 大人になれば貴族もマシになる、そう言われて信じ、そう思っていた。

 今まで会った貴族の大人たちは、全員良いとは言わないまでも部別のある人たちだった。

 でもそれは表の顔で、裏では何かしら行っているのかもしれない。


 もう残された道は、革命しかないのかもしれない。


「最後に一つ。低級貴族の中の一人が伝統貴族に宣戦布告する」

「……あなたじゃ、ないですよね?」

「ああ。別口だ」

「組織なるものがあるのですか?」

「どうだろうな。俺はそれどころじゃなかったし、もしかしたらあるのかもしれない。情報が回ってくるぐらいだしな」

「そうですか。ありがとうございます」

「ああ。これで終わりだ。じゃあまた」

「はい」


 最後に特大な情報を告げてセバルは帰って行った。

 それを見送り、考えていたことが実現する。そんな気がして胸が高鳴る。


「前例を観れるのはかなり大きいな……」



 ◆◆◆◆◆◆



 数日が過ぎ、中々事件が起きないと考えていた頃、それは起こった。

 ドンッドンッドンッ――――。


「ヘルト! 広場で大変なことが起きてる」

「ヘルト君! 起きてください」


 朝から扉を叩く音が響き、眠りから目覚める。

 クルデアとカイガ、二人の声に従い身支度を済ませて外へ出る。


「遅いですよ!」

「仕方ないだろ。外に行く為に着替えてたんだから」

「いいから行こうぜ。運ばれちまう」


 クルデアの言葉に引っ掛かりを覚える。


「何が運ばれるんだ?」

「人だよ。人」

「五人でしたっけ?」

「ああ」


 移動しながら話をし、全容が見えてくる。

 どうやら犯行したのは低級貴族。恐らくセバルが言っていた人物だ。

 運ばれる五人の人間は、その低級貴族が襲って晒した伝統貴族たちのようだ。

 勿論、これまでに様々な犯行を行ってきた者たちらしく、案外女子の伝統貴族からは失笑されたようだ。


「これか……」

「ああ。かなり手酷くやられてる」

「聞いてる感じだと、並の治癒師じゃ治せないんじゃないか、とかなり深刻なものみたいです」

「まあ、これまでの鬱憤もあっただろうし、思った以上にやってしまったんだろう」


 磔にされている五人は、普通の生活をしていれば負うはずのない大怪我を負い、ほぼ全生徒に周知された。

 暴行に、性的被害の犯人であると。

 ただこんなことが起きれば反撃もあるわけで、伝統貴族が隠れて低級貴族に暴行を加えることが多くなり、それは過激化していった。


 平民は一時平穏な生活を手に入れ、オレたちは自己の成長に目を向けた。

 情報はセバルから入るため、何かあればそれから動けばいい。ミルフィにはクルデアとカイガ、どちらかと話すよう言っているため、そこは問題ない。


 ただそんな中、またしても伝統貴族の磔が行われた。

 人数はまた五人、この前とは違う者たちだ。

 これには黙っていた学園も介入せざるを得ず、クラスの解体と再編成が行われた。

 それで解決はしないが、学園はそれを行った。


 あくまで上の学年の争いであったが、一年にも影響された者たちがはしゃぎ、伝統貴族、低級貴族共に数人の怪我人を出して一旦終わった。


 学園は校舎を増築し、伝統貴族、低級貴族、平民と分けた。

 正直、これでは身分どうこう言う学園とは真逆だが、どうするつもりだろうか。

 貴族に甘すぎることを無くせば解決すると思うのだが、やはり学園長は使えない。


 そうして、一度争いが終わったこともあり、貴族の矛先はもう一度平民へと向いた。

 先輩たちはまた始まったことに辟易しながら、励まし合って凌いでいる。

 これに対してセバルは、申し訳なく思うと同時に一時の平和を享受できるとして感謝していた。

 セバルはオレたち平民の気持ちも分かるため、代表する人間とも話がしたいと伝えてきた。

 オレはそれに快く応じ、先輩に相談する形で話を持ちかけた。



 ◆◆◆◆◆◆



 セバルと先輩たちを各々で話すように促し、セバルには情報だけ交換し合うことで関係を続けた。

 ただまたしても問題が生じた。

 もう一度平民に矛先が向くことになったため、カラドが再びちょっかいをかけてくるようになったのだ。


 模擬戦闘の授業でもそれは変わらず、クルデアやカイガに対しては更に強く来るようになった。

 それにクルデアは我慢の限界が来てしまった。


「勝負をする」


 クルデアは一言告げてオレとカイガに書面を渡してきた。

 そこには気絶か降参するまで決闘を行う、と書かれており、対する相手もカラドにその紙を渡していた。

 教師は知らないが、邪魔することのできない勝負が始まった。


「はぁああああああ――――!!」


 ――――勝負はすぐに終わった。

 クルデアがカラドの手下を気絶するまでボコボコにした。

 あまりにも一方的だったため、教師が止めに来たが書面を見せて注意で済んだ。


 だがやはりそれで終わることはなく、カラド率いる伝統貴族たちは、クルデアとつるむオレとカイガにも執拗な嫌がらせを行ってきた。

 先走ったクルデアは謝ってきたが、態度を変えない貴族たちが悪いとして、オレとカイガはそれを受け取らなかった。


 そして、とうとう看過できないことが起こった。

 クルデアが決闘した次の模擬戦闘の時間。

 カラドの手下の挑発に乗り、カイガが決闘を受けた。

 カイガはその手下をクルデア同様ボコボコにした。

 ただ、奴らはそれでは終わらなかった。


 カイガが手下を気絶させると、他の伝統貴族が三人カイガを襲った。

 それにはカイガもどうしようもなくやられ、三日間安静にしなければならなかった。

 それにはクルデア含め、情報がいった先輩たちも怒りが湧き、一触即発の状態だった。


 ただオレは、このままでは終わりが見えないと感じて、クルデアとカイガに一度反撃を止めるように伝えた。

 最初は反発されたが、危険な時は力を使ってもいいが、極力逃げるように強く言いつけた。

 二人はオレに考えがあることを見抜き、信頼して承諾してくれた。


 このままでは不毛な争いが続くだけ。

 学園は貴族側で、体裁は平等を謳う。

 理解のある貴族教師はいるが、大きく出れない現状もおかしい。

 産まれるだけで上下ができる世界の中で、それを限りなく無くそうとも動かない奴らには反吐が出る。


 偶々の運を力に変えて他を押さえつける。

 だったらこちらにも考えがある。

 貴族も、学園も、アグルの都市も――――覚悟してもらおう。

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