第三章

第13話 崩壊の音



 模擬戦から何事もなく長期休暇が明けた。

 クルデアやカイガは故郷に戻り、オレは学園に残って朝から晩まで鍛錬を繰り返していた。

 他に残っている人も見なかったため、各々の故郷や実家に戻っていたと思われる。


 休暇の間は、ホイナスとマリエスがよく顔を出してくれて退屈することはなかった。

 二人もやることがあまりないらしく、オレの疑問に答えたり、偶に街での買い物に付き合わされた。

 自分の中では充実した休暇を過ごせたと思う。


 休暇明け三日前ぐらいから人が戻り始め、学園内は徐々に活気を取り戻していた。

 一日前にしてようやくクルデアとカイガも到着し、久々の再会を喜び合った。


「おかえり」

「おう。ヘルト、カイガ、久しぶり」

「二人ともお久しぶりです」


 二人とも移動で疲れていたためその日は挨拶程度で終わらせた。

 休暇明けの登校日初日は、もう一度学園の生活習慣に戻すため、午前だけで終了した。

 午後からは何もないため寮に戻ると、恒例のパーティーが開催された。

 久々の再会を祝し、次の休暇まで学業にいそしむことを誓って、ということらしい。


 急な催しだったが、一度経験しているため参加するまでの時間は短かった。

 クルデアもカイガも同様で、すぐに荷物を自室に置いて駆け足で参加した。

 その日、平民学生男子寮はどんちゃん騒ぎで、先輩後輩関係なく大いに盛り上がった。


 翌日。

 オレがいつものように早朝から鍛錬を始めていると、クルデアとカイガが起きて来た。

 どうやら体調も万全のようで、気遣いする必要はないみたいだ。


「休暇中俺はサボらなかったぜ」

「僕も同じく」

「ああ。それじゃあ、始めよう」


 入れ替わりで慣らしを済ませる。

 全員動きが様になっており、それだけでも模擬戦闘のレベルが上がる気がした。

 ただ、いきなり激しくするつもりはない。


「少し速くやってみよう」

「そうだな」

「ええ。準備段階ですから」


 その通り。

 やるとするなら明日からだな。



 ◆◆◆◆◆◆



 翌朝。

 昨日のように鍛錬を始める。

 まずは周辺を歩き、徐々に速度を上げて体を温める。

 最終的には走り、最後は最高速度で息を上げる。

 そこから体を起こすために全身の体操を行う。

 そうして準備が完了する。


 今日から激しく鍛錬を再開させる。

 クルデアとカイガにも伝えているため、遠慮することはない。

 始めはクルデア。


 慣らしを始め、徐々に速度を上げる。

 もうこれ以上は、というところで慣らしを終え模擬戦を始める。

 以前授業で行ったものとは別で、より実戦に近く怪我もする恐れがある。

 それを承知で実行する。


「ふっ……!」

「よっ………と」


 木剣を振るが簡単に回避される。

 やはり成長している。

 回避するまでがスムーズで、よくオレの動きを観察している。

 少し力を出そう。


 魔力を全身に流し、いつでも一部を強化できるようにする。

 始めは踏み込み。

 スムーズな魔力移動にクルデアは反応が遅れる。

 その隙をつき右手に持つ木剣を振りかぶる。

 そこでもう一度踏み込む。

 速度が増し、クルデアの構えでは届き辛い左の二の腕を狙う。


「くっ………!!」


 見事に当たりクルデアは顔を歪める。

 続けて接近し、左手を掴むと引っ張り腹部へ肘を叩き込む。


「あ゙……」


 思ったより深く入り、クルデアは木剣を手放しうずくまる。

 そこで終了。


「魔力で防いだのに………」

「そりゃ力が働いてるからな」

「確かに。クルデアが引っ張られましたが、ヘルトは体が流れてませんでした。逆に向かっているような気さえしましたね」

「そうしないと当たらないからな。まあ、一旦クルデアは休憩だ」

「くそぉ……」


 クルデアを移動させ、カイガとの模擬戦へと移行する。

 連続はキツイが、実戦ではそんな甘いことは言ってられない。

 キツイ時にどう動けばいいのか、それを学ぶ機会でもあるため、必要なことだ。


 慣らしが終わり、戦闘へ。


「こちらからっ……!!」

「ちっ……」


 先手を取られた。

 カイガは身を低くして一気に速度を上げた。

 足元狙いか?

 いや、顎に一撃か。


 身を低くして待っていたが、そのことに気がつきカイガを観察する。

 案の定、足に一撃入れると見せかけ、手前でスカし振り上げで顎を狙って来た。

 瞬間。

 カイガの軸足の左足目掛け身を屈め、左斜めに体当たりを行う。


「ぐはっ……」


 仰反るカイガ。

 そこを狙い、服を掴み背負い投げる。

 地面に背中を打ち、カイガは肺の空気を押し出され、一瞬目を瞑る。

 そこで木剣を首に当てがい終了。


「負けですか……」

「ふぅ………身を低くしたのは一瞬迷ったよ」

「……なるほど。読み負けですか」

「もう一つ選択肢があれば当たってたな」

「そうだといいんですが……」


 連続の実践を終え、思ったよりも体力を消耗した。

 緊張感があるからなのか、いつもより疲れた。

 クルデアの元へ行き、交代を告げる。

 後は二人の戦闘を見て朝の鍛錬は終わり。


 これを毎日続ければ少しは強くなれるんじゃないか?

 そう思うと同時に、まだ足りないとも思う。

 レールに乗るだけのはずが、必要以上に強さを求められている。

 カラドたち貴族にはもう少し考えて欲しいね。


 最後のクルデア対カイガは、体力の限界を迎えたのと時間を考えて途中で止めた。

 明日は二人から再開ということで何とか納め、急いで登校の準備に取り掛かった。



 ◆◆◆◆◆◆



 数日が過ぎ、休暇前の日常が戻って来た頃。

 寮の仲間である平民の先輩が、あからさまに虐げられている現場を見てしまった。

 オレたちはそれを見て目を合わせ、意思疎通を行った。


 誰も助けない状況的に、飛び出していくのはまずい。


 クルデアもカイガも理解したらしく、オレの指の合図で引き返すことに従った。


「先輩。何が起こっているんですか?」


 オレは見つけていたもう一人の先輩の元へ向かい、小声で状況を尋ねる。

 後ろにはクルデアとカイガも控え、先輩を見ている。


「……お前たちか。分からない。相手が貴族であることは間違いない。ただ、こんな人前で、大人数でやられているのは初めてだ」


 先輩ですら初めてのことにオレたちは息を呑む。

 ただ確認の為にも一つ尋ねる。


「今まではどんなことが?」

「お前たちも経験あるかもしれないが、2、3人に難癖つけられたり、貴族よりも高い成績順位だと呼び出されて暴行を受けたり、だな」

「何だよそれ。道理がねぇぞ」


 クルデアが反応する。

 言いたいことはわかる。

 ただ今は落ち着いて欲しい。


「ああ、そうだ。だから俺たちも黙っていることはなく、近くに潜み当事者が殴られた瞬間に飛び出て発見する。そうやって穏便に済ませて来た」

「それは穏便と言えるのでしょうか?」


 カイガが疑問を投げかける。

 それにオレは補足する。


「最低限、って感じだと思う。それ以上は……」

「そうだ。コイツの言う通りだ。お前たちも入学早々あったと思うが、反抗してもやり過ぎは良くないんだ」


 言いたいことが痛いほどわかる。

 ただ、オレはカラドに対してやり過ぎている。

 先輩たちも、上手くやり過ぎたのが原因で今の状況があるのかもしれない。


「たぶん、俺たちはやり過ぎたんだと思う」

「上手くやり過ぎて怒らせた感じですね」

「……ああ、解決策を思いつくまで、一旦耐えるよう全員に共有している。あんまり長く居るとお前たちも目をつけられる。気をつけろ」

「……はい」


 オレは返事をしてクルデアとカイガに合図を出した。

 その場を離れ、人気の無い場所でオレたちは立ち止まった。


「どうすれば解決できるか……」

「学園は何もやらないのか?」

「どうでしょうね。やってはいると思います。ただ、相手は貴族ですし、もし話が行っても罰することは難しいかと……」


 そう。カイガの言う通りだ。

 一度確認を取る作業が必ず入る。

 親に止めるよう伝えても、自分の子がそんなことする訳ない。そう思って確認する為、子どもが嘘をついても、それを信じてしまう。

 報告されるのは何も無かったという言葉のみ。

 親の前で犯行を見せなければ、納得させることは難しいだろう。


 穏便に済ませるには、既に詰んでいる。


「とりあえず戻って話そう。誰に聞かれているか分からない」

「そうだな」

「はい」


 オレたちは寮に戻り話を続けた。

 部屋はオレの部屋。

 階段から近いというのもあって、流れでそうなった。


 三人のうち誰かが案を出すが、そこに指摘が入り堂々巡り。

 何も思い浮かばなくなり詰まっていると、ホイナスが顔を出した。


「何辛気臭い顔してんだ?」

「どうしたんですか? いきなり来て」

「ああ、入学前事件覚えてるだろ。一応報告しに来た」


 ホイナスは声を小さくして話し始めた。


「何でも、貴族の連中は入学前に、顔合わせとして関係のある貴族とパーティーがあるみたいなんだ」

「パーティー?」

「ああ。そこで既に学園にいる貴族が入学する奴に伝統の話を持ちかける」

「それが事件のことですか?」

「そうだが、話しかけられるのは長男ではなく次男、三男と、切り捨て可能な人材に持ち掛けてやがるんだよ」

「尚更悪質だなぁ……」


 思ったよりも闇深い事件に溜息が混じる。

 特定の人間だけだと思っていたが、これでは殆どの貴族家が関わっていることになる。

 そうなれば学園だけに留まらず、副都アグルの問題になる。

 穏便にどころか力づくでも難しくなった。

 手を引くしかないのか………。


「そういう訳で、これ以上は都市、下手すれば国の問題になる。俺たちも動きが制限されるだろうさ」

「そうですか。ありがとうございました」

「ああ。起きちまったもんは仕方ねぇ。ただそうだな………これから起こるかもしれねぇことなら、ちゃんと防げばいい」


 ホイナスの言葉に違和感を感じる。

 絶対に起きる。そんな確信を持ってるような気さえする。

 オレは気になり尋ねる。


「何か知ってるんですか?」

「………ここだけに留めろよ。クルデア、カイガ。お前たちもな」

「おう」「はい」


 ホイナスの声色は重くなり、オレたちは吐き出される言葉に集中した。


「お前たちには早いかもしれないが、平民の女生徒が貴族の輩に――――」


 話を聞き、寒気がした。

 それは二人もそうだったようで、話が終わっても中々口を割ることはできなかった。


「お前らクラスの名前は聞いてないが、一つ上の学年でも起きている。できる限りのことはしておくといい。お前たちだから話した。それじゃあな」

「……はい。また」


 重苦しい空気が部屋に蔓延する。

 入学前事件の話から更に重く、オレたちの精神にダメージを与えた。


「二人とも、六人救えるぞ」

「……そうだな。六人、六人も救える」

「はい。我々に出来ることをやりましょう」

「まずは、アイツに伝えよう」

「そうですね。彼女なら」

「俺が伝えておく」


 そこから先輩の話は一度置いて、起こりうる問題に対して話し合った。



 ◆◆◆◆◆◆



 一人の先輩の虐げられる現場を見てから数日。

 毎日のように先輩たちはボコボコにされていた。

 日を追うごとに標的も変わっており、先輩たちの目論見も見透かされているような、そんな立ち回りを貴族の奴らは行っていた。


 そして、遂には説明してくれた先輩が、大人数の貴族に暴行を受けていた。

 オレたちはそれを遠目に見て、貴族達が去るのを待ち、先輩を追った。

 隠れるように姿を消した先輩は、あえて少し見えやすい岩に背中を預け姿を見せていた。

 オレたちはその裏手に周り声を掛けた。


「痛みはどうですか? 先輩」

「ハァ……ハァ……お前たちか……」


 苦しむ声が静寂の中響く。


「体は別に、何ともない……フゥゥ……」

「他に何かありましたか?」

「あぁ……クラスの女子がな……」


 その瞬間、オレはホイナスの話を思い出す。

 クルデアもカイガも同じだろう。


「強姦だ…………俺たちは、自分たち……だけと、思い込んでいた」

「被害者は、何人ですか……?」

「半分……六人だ」


 半分という言葉だけでもかなりの不安があった。

 しかし、正確な人数を言われ、更に寒気がした。


 先輩たちの人数は学年が上になる程多い。

 恐らく、入学前事件の成功率が低く、助かった人が多かったのだろう。

 かなり前から行われているらしいしな。

 それに世代的に、オレたちの代近くが次男、三男が多かったとも考えられる。


 偶然とはいえ、助かればそうなってしまう。

 オレの中でそんなルートが出来上がっていた。

 多分、恐らく、そんなことがこれまで起こっていた。

 考えるだけでも腹が立つ。


「お前たちは、関わらない方がいい。と言っても……女子たちは、守らないとな……」

「だけど、マトモに動けるのはオレたちぐらいじゃ……」

「いいんだ。俺たちは共有している。俺らの先輩たちにもな……お前たちは、クラスの女子……そいつらを守ってやれ。もう、行け」


 オレたちは先輩に従いその場を離れた。


「何でッ……俺たちがっ、平民だからかっ………!」


 だが、悲痛な叫びがオレたちには聞こえた。


「ヘルトっ」

「ああ」

「僕たちでやりましょう」


 その日から、オレたちは朝と夕に鍛錬、実戦を何本も何本も行った。

 授業も食い入るように聞き、学園にいる時間は様々な本を読み知識を貪った。

 朝になって登校すれば、クラスの女子すら顔を歪めるほど、毎日傷を増やしていた。


「やり過ぎよ。あんたたち」


 そんなオレたちを見かねたクラスメイト、ミルフィが声を掛けて来た。

 ブラウンの髪が特徴的で、根は優しい姐御肌。パッチリとした目に丸顔なのがギャップだ。

 そんなミルフィは魔法の復習の際に完璧だった女子。

 そして、オレたちが噂を伝えた協力者でもある。


「いや、足りない」

「何言ってんの。デア」

「いえ、クルデアの言う通りですよ」

「アンタも? カイ」


 ミルフィは二人を略称で呼ぶ。

 長っ。というのが彼女の感想で、オレたちには分からない。

 しかし、


「ヘルト。あんた無茶させ過ぎよ」


 オレだけは呼び捨てなんだよな。


「そんなことはない。前にもクルデアが伝えたが、オレたち自身の成長とお前たちの安全の為だ。お前も隈ができてるぞ」

「………」


 ミルフィは黙って自分の席に戻って行った。

 アイツもアイツでクラスメイトを守りたいのだ。

 他の女子に言ってもいいが、怖がらせるだけで学園を楽しめないようになる可能性があった。

 それは避けたかった。

 ミルフィには申し訳ないが、解決するまでサポートしてもらう。

 才能では貴族に負けてない逸材だからな。

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