第23話 脅迫
選抜戦の告知があった日から、呼び出しは無くなっていた。
恐らく多くの生徒が参加し、伝統貴族も自分の成長に時間を使っているのだろう。普段オレを痛めつけたい奴らも同じように何かしているに違いない。
まあ、そのおかげで今は快適に過ごせている。
授業も終わり、すぐに帰宅する。それがオレの流儀。
しかし、教室を出ると一人の生徒が立っていた。
「ヘルト・アンファング。お前に用がある。着いてこい」
その人はオレを待っていたようで、久しぶりの呼び出しを受ける。
「お前は誰だ?」
「……カラド様の後ろに居た奴だ」
「へぇ……名前は?」
「貴様っ……言葉遣いというものを覚えたらどうだ?」
「覚えてるよ。君は敬って欲しいの? だったら無理だよ、諦めな」
名前を教えてくれない目の前の男と軽口で話す。
これまで何度も関わって来て、まだ態度を改めるよう告げてくる。
関係性を考えても無理なことは理解しやすい。
彼は馬鹿なのかもしれない。
「……で、名前は?」
「………ホヌフィン・ガートル。子爵家五男だ」
「そうか」
カラドの取り巻きの筈だが、表面的な敵対心にしか思えない。
コイツは何かしら思うところがあるような、そんな雰囲気を感じる。
ただ、クルデアとカイガどちらかの相手をしていたし、許すことはない。
話は終わり、沈黙のままホヌフィンに着いて行った。
目的の場所は分かりやすい校舎の裏。そこには先に二人の生徒が待っていた。
「来たか……」
待っていたカラドが一言呟く。
オレは立ち止まり、用件が口にされるのを待った。
ホヌフィンは止まることなく進み、カラドの後ろに控える。
「用件は一つだ。選抜戦に出ろ」
何とも意外なことに選抜戦への参加要求。
何か企んでることは理解できるが、そんなこと言われなくても出るつもりだ。
流れが読めないのか?
いや、読んでいて尚、馬鹿を演じているのかもしれない。
探りの為にも拒否してみるか。
「出ないさ。時間の無駄だ」
「そうか」
カラドはそう返答し、何事もなく寮へと戻って行った。
これまでとは違うカラドの行動に、違和感しか感じない。
誰かに操られていないか?
そんな気さえしてくる。
要観察だな。何か行わない訳がない。
カラドたちを見送った後、オレも寮へと帰宅した。
帰路で襲撃が来るかも、と思ったがそんなことはなく、無事に寮へと辿り着いた。
翌日。
いつものように教室へ入ると、クラスメイトの視線がオレへと向いた。
「お前っ――――!!」
クルデアが声を張り上げ近づいてくる。
「何てことしてんだ!」
胸ぐらを掴まれ凄まれる。
「シルの教材がズタズタにされていた。心当たりは?」
次は早口な小声で事実確認して来た。
クラスメイトには聞こえない程小さな声だ。
クルデアは演技をしている。それが分かり、オレも小声で返答する。
「カラドたちだろう。昨日呼び出しを受けて提案を拒否した」
早口で伝え、クルデアはそこで制服を離した。
シルはクラスメイトの一人。名前は知らなかったが、非戦闘職の研究者を目指している女子というのは知っていた。
戦闘向きではないため、格好の的になったのだろう。
仕返しも無いし、罪をオレに擦りつけクラスの不破が目的か。
精神的に追い詰めようとしているのかもしれない。
オレがクラスメイトを陰で援助しているのがバレている?
いや、現状それが漏れることはない筈だ。
クラスメイトは話しかけて来ないし、迷惑だと視線で訴えて来るほど。
漏れる要素は無い。
疑心暗鬼に陥らせ、クラスから確実に孤立させたいのだろうか。
情報を得るための可能性は……?
今回の件でオレが怒り、カラドへ制裁を加える。そうすれば、ヘルト・アンファングはクラスメイトを大事にしている、という情報が向こうに渡る。
その線はないだろうか……?
可能性が捨てきれないため、ここでの反抗は無し。
もう少し様子見しよう。
◆◆◆◆◆◆
教材ズタズタ事件から数日。
次はクルデアとカイガに矛先が向いた。
内容は、クルデアとカイガは、ヘルト・アンファングと以前まで行動を共にしており、今でも裏で繋がっている。というものだった。
痛いところを突いてくる。
この噂が流れ始め、クルデアとカイガは呼び出しが増え、傷を作るようになっていた。
オレは手紙で二人に、嫌々付き合わされたと言うように仕向けた。
二人もそれを理解し、呼び出され問い詰められるたびにそれを口にしている。そう報告を受けている。
そのおかげか、呼び出しの回数は減り、二人への誤解が解けクラスメイトと再び良い関係を築いていた。
しかし、そのせいでクルデアとカイガ、ミルフィ以外のクラスメイトの鬱憤が爆発した。
「あんたいい加減にしてよね!」
席に着いて黄昏ていると、一人の女子が詰め寄って来た。
名前は知らないが、確かこの女子もシルと同じく、オレが魔法基礎でアドバイスした一人だった気がする。
魔力の流れが遅い子だったか。
「何がだ?」
「これまでのことよ! 入学してからこれまで、どれだけ迷惑をかけるのよ!」
何も知らないからここまで怒れる訳だが、そう仕向けた手前返す言葉もない。
全ては相手からで、オレは反抗しているに過ぎない。
それに、伝統貴族たちに
ここは正面から受け止めるしかない。
「なら、学園長に退学願いでも出してくれ。オレはオレの信念に従い行動しているだけだ」
「た、退学って……」
「どうした、8人の署名を集めて出すだけだぞ。迷惑だと言ってな」
そこまで考えてないのは理解している。
ただこういう道しかない。
オレ自身レールに乗って過ごしたかったさ。
でも、無意味に
それに、彼女は貴族に歯向かうこと自体あり得ない。そんな考えを持っているのかもしれない。
目の前でオレが魔法を受けたのは知っているはずだ。
オレらの年齢であろうと魔力持ち。倍の精神性は持ち合わせている。
過去に貴族を敬う何かがあったのか知らないが、それでは根本的な考えが違う。
彼女のような考えがあってもいいが、もう少し広く世界を見て欲しい。
偉そうだが、今回に限ってはオレが正しい。そう思う。
「どうした。何も無いなら席に着いたらどうだ」
「………」
彼女は授業が始まるのもあって席に戻った。
少しは耐えてくれ。もうすぐ終わるから。
◆◆◆◆◆◆
ミルフィが誘拐された。
一日学園に来なかったと思えば、二日も登校することはなかった。
女子たちの話では、寮を訪ねても声が返って来ず、部屋に寮母と入るがそこにミルフィは居なかったようだ。
クルデアとカイガもそれを知らず慌てていたため、クライダーに捜索願を出すよう伝え、二人には学園長室へ報告するよう告げた。
時間との勝負だが、既に二日経過している。
学園の何処かに居るとは思うが、ミルフィは既に――――考えたくもない。
オレは仕方ないと割り切り、カラドの教室へと向かうことにした。
教室を出る際、クラスからの視線を感じたがそれは無視した。
「おや? 誰かと思えばヘルト君じゃありませんか」
1-3。
カラドの居る教室に姿を見せると、嬉しそうにカラドはオレの名を呼んだ。
何をしたいのか知らないが、茶番に付き合うつもりはない。
ここまでされたらオレが黙ってないことは知っているはず。ただ、それでもやって来たんだ。
覚悟はできてるよな。
「ミルフィの居場所を吐け」
「んー? 何のことかなー?」
ニヤニヤとしながらおちょくるような態度をカラドはとる。
「いいから吐け」
「んー? 知らないなー?」
我慢の限界だ。
コイツも殺害決定だ。
ここまでしなかったら見逃してやったものの、選抜戦で良い見せ物になってもらおう。
「吐け」
オレは魔力を集めカラドのみにぶつける。
純粋な魔力のみの攻撃。
外傷はないが、魔力の圧に精神は正気を保てない。
ドンッ――――と、音が鳴る。
ガラスは割れ、床と机は軋む。
甲高い悲鳴が歪んで聞こえる。
「や、やめ……」
カラドは苦しそうに言葉を紡ごうとする。
だが、オレはやめない。
コイツはもっと苦しむ必要がある。
「やめなさい!!」
後ろから大人の声。
振り返れば三人の教師が近づいて来ていた。
誰かが呼んだのだろう。
ただ止める訳にはいかない。
オレは体内魔力ではなく、自然魔力を集め、教室全体に圧を放った。
◆◆◆◆◆◆
「何だっ、これは!」
「や、やめなさい! 話を聞かせなさい」
「くっ、生徒。それも一年で……」
教師は圧を受けても少しは耐えることができるようだ。
自然魔力というのも関係するかもしれない。
魔力操作、規模、純度の評価値が上がっている感覚はあった。
恐らくこれらを極めれば、より強い圧を与えることが可能になるだろう。
教師から目を離しカラドへと戻す。
今も苦しそうに何か伝えようとしている。
「や、やめ……ろ。教える、から…………」
そこで少し圧を弱める。
「さっさと吐け」
「選抜戦………参加、しろ……」
「ああ、元々そのつもりだ」
「…………学園、北の隅にある教会。そこに――――」
オレは圧を最大で放ち、カラドの意識を飛ばす。
コイツにもう用はない。
教室を見渡すと、既に伸びてる生徒が多いが、まだ意識を保つ奴らも居た。
這いつくばる貴族を眺めつつ、教師の声を無視して教室を出た。
そこで圧を解いて、オレは教会へと急いだ。
教会を発見し近づく。
外観から古びており、教会がある一帯だけ手をつけられていない。
何故ここに教会があるのか、そんな疑問もあるが、今はミルフィを探すのが先決。
到着して微かに感じる魔力を辿り、居場所を特定する。
「裏か……?」
建物内に入っても先を示す魔力に気づき、考える間もなく外へと向かった。
「墓? 何で墓が……」
建物の裏に回るとそこには墓が幾つかあった。
オレは微かに感じる魔力を頼りに、一つの墓の前に辿り着く。
埋まって………掘り起こすしかない。
何を考えているのかは分からないが、早く見つけ出さなければ――――居た。
「ミルフィ!」
「……ヘル、ト」
ミルフィは棺桶の中に詰められ、土に埋められていた。
衰弱している様子を見てオレはすぐに医務室へ向かうことを決めた。
ミルフィを背負い、体を強化して全速力で走る。
何を考えているんだ、アイツらは。
生き埋めなんて、オレが我慢し続けていたら死んでいたぞ。
あの教会は言われないと知らないし、探そうとも思わない。
白骨化して発見されてもミルフィかどうか分からない。
そういう仕掛け……?
それでも良かったってことか……?
後出しでオレに精神的苦痛を与えることもできる。
………カラド以外の奴が仕向けているな。
「すいません! すぐに治療をお願いします!」
「っ……!? そこに寝かせろ!」
「はい!」
医務室の人間は初めて見たが頼りになりそうだ。
教室に戻ってクルデアとカイガに報告。
それで今回の件は終わりだ。
クライダーと学園長には二人で報告に行ってもらおう。
「二人とも……」
「……おう」「……」
クルデアとカイガを教室近くで見つけ、隠れるように二人を呼んだ。
「ミルフィは発見した。今医務室にいる」
「ふぅ………」「良かった……」
「いや、まだ発見しただけで、アイツが何かされてるかもしれない」
二人が忘れていたことを思い出させる。
「後は任せる。オレは寮に帰る」
「お疲れ」「任せてください」
二人を先に教室へと戻し、安堵の声が響いて来た。
そこでオレは何食わぬ顔で教室へと戻り、荷物を持ってもう一度教室を出る。
「何してたのよ。アイツ」
「こんな時にも自分勝手に……」
そんな声が聞こえて来たが今更。
オレは気にせず寮へと歩みを進めた。
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