第22話 伝統貴族



「エルス様。お手紙が届いています」

「そうか。食事の後見るよ」

「かしこまりました」


 仕事を終えた私は、いつものように帰宅し、メイドとの会話も短いやり取りで済ませる。

 エルス・タチノフィ。それが私の名だ。

 副都アグル・タチノフィ伯爵家二男であり、被服制作を行う組織の代表だ。


 都内の五割は私のところが担っており、都市運営に助力できることを嬉しく思っている。

 ただそれは、私の一つの顔に過ぎない。

 食事を終えた私は、メイドに告げた通り手紙に目を通した。

 その中に一つ、重要なものがあり、私は急いで封を開け内容を読み進めた。


「緊急招集……?」


 これまでになかった事態に少しばかり困惑する。

 差出人は学園で知り合った友人。

 他にも複数人招集されることは知っている。

 我々は一年の半分の時が過ぎると会合する。

 都内の流行りなどの計画、情報交換、そういったことを行っている。

 ただこれは、あくまで裏。

 表立ってはお忍びという予定になっている。

 私は内容に目を通し終えると、すぐにメイドを呼んだ。


「御用でしょうか、エルス様」

「ああ。馬車を用意してくれ。目立たない奴だ」

「かしこまりました」


 メイドはこれだけで理解する。

 私は崩していた服装を整え、必要そうなモノを幾つか装備し玄関へ向かった。


「お帰りはいつ頃でしょうか」

「どうだろうな。日は跨ぐだろう」

「かしこまりました。いってらっしゃいませ」

「出せ」

「はっ」


 屋敷を出て目的地を目指す。

 都内でも有数の名所、友人が経営する宿泊施設の裏。

 それが我々の会合場所だ。

 裏と言っても施設内であることには変わらない。

 利用するのが私たちだけで特殊だが、防音盗聴対策以外は普通の施設。

 偶にある監査も簡単に認める場所だ。

 到着すると既に多くの馬車が並んでおり、自分が最後だと理解する。


「食事前だったか……」


 手紙を読むのが後になり、自分の行いを悔いる。


「遅れて申し訳ない」


 扉を開き謝罪を口にする。


「おおぉ……エルス。久しいな」

「やっと来たか」

「みな食事をして待っていたよ」


 同じテーブルを囲い、食事をする旧友たちが次々に声を掛けてくる。

 久しぶりとはいえ、皆元気そう。あの時に戻ったようだ。

 学園裏組織、伝統貴族の会合を思い出す。


「時間を合わせてもらったか。お詫びは期待してくれ」

「おお! いいな!」

「エルスのとこの服は人気だからな」

「ああ。他の都市からも依頼が来るんだろ?」

「耳が早いな、まったく」


 楽しい談笑を終え、皆の食事が終わると早速本題に入った。


「急に集まってもらってありがたく思う。今回集まってもらったのは、選抜戦にて伝統貴族の秘密暴露を目論む平民がいる、という情報が入ったからだ」

「なに……?!」「平民が……?」「嘘だろ……」


 友人たちは思い思いに反応する。

 私は声が出ない。反応としてはそれが一番だった。


「これは確かな筋、学園の伝統貴族から入った情報だ」

「本当なのか……?」

「信じ難いだろうが事実だ。我々の時と同じようなものだな」

「確かに。我々も卒業生と繋がりを持っていたな」


 昔を思い出し情報の信憑性を考える。

 一人が言ったように確かなもので間違いない。

 それに私は、誰よりも正確な情報を持っている。


「一つ。信憑性という訳ではないが、その情報が事実である根拠になり得ることを言ってもいいか?」

「ああ」

「そうか……」


 一人は答えに辿り着いたみたいだ。


「私の弟が今年学園に入学したんだ。手紙でのやり取りもあったが、休暇中の話では一人の平民が、と何回も口にしていた」

「それが……」「なるほどね」「そうか……」

「弟はその平民に固執していた。話を聞いたが、どうやら伝統貴族全てを敵に回す行動を取っているとかで、恐らく入学前平民入園試験のことも知られていると言っていた」

「「っ………!?」」


 最後のが一番全員に効いたようだな。

 私を含め全員がそれで命を葬っている。

 若気の至りでは済まされない。

 この中には子を持つ者もいる。

 親になって初めて理解したのだろう。

 私はまだ、妻も子もいない。

 本当に理解できる日は来るだろうか。



 ◆◆◆◆◆◆



 情報の信憑性が高まり、それぞれが何か考える仕草を始める。

 ただ、招待した者はそれを早々に止め、話を再開させた。


「エルスが言ったように、私の方にもある程度詳細な情報は届いている。勿論、今年入学した平民、恐らくエルスの弟が固執している奴だ」

「確定したか……」

「……今回の件は、我々だけではないことは皆も理解しているはずだ。我々の先輩たちにも同じように情報がいってる」

「伝統貴族全てでその平民を叩く。そういう訳か?」

「そうなるだろうな」


 確かに我々の秘密が漏れることがあれば、それは上の世代の秘密漏洩にも繋がる。

 既に亡くなった者も居るだろうが、現役の者たちは阻止に動くだろう。


「それに偶然か、今年は創立200年。例年の倍は人を呼ぶだろう」

「伝統貴族の卒業生も呼ばれる、か」

「そこだ。確実に我々は招待される。卒業して10年と丁度良い期間が空いてるからな」

「なるほどねぇ………」


 平民は学園も都市も巻き込むつもりなのか。

 10年前から行われていたなんて、学園は批判の的だし、それを行っていた我々にも罵声が届くことになる。

 区切り良い年代でもあるし、上の世代からすれば、我々を切れば助かる可能性すらある訳だ。

 かなり面倒な状況ではあるが…………。


「そこで、殺害計画が立っている」

「学園からか?」

「ああ。在籍する伝統貴族一派から伝えられている」

「もっと前に計画の実行は出来なかったのか? 何故選抜戦を選ぶんだ?」


 確かに。

 わざわざ大勢の前で危険を犯す必要はない。

 暴露を目論む者を殺害となれば、対象の平民近くの者からまた出てくるだけだ。

 いや、だから大勢の前でなのか。


「確かにその疑問はあるな。ただ、その平民に仲間がいた時、繰り返さないといけなくならないか?」

「……確かにそうだな」

「大勢の前だから、より恐怖を与え反抗の芽を摘むことにも繋がる」

「なるほどねぇ……」


 中々頭のキレる人間が学園内にいるようだ。

 恐らく彼らは暴力の限りを尽くしているのだろう。

 恐怖で学園を縛り、より支配するのが目的かもしれない。

 裏の組織を操る感じだな。

 これを考えた奴は、恐らく顔が割れてない。

 計画が失敗し、秘密が暴露されても無傷な人間だな。


「どうやら実行する者も決まっているらしい」

「ほぉ……」

「エルス。お前の――――」



 ◆◆◆◆◆◆



「エルス。お前の弟はカラド・タチノフィで合ってるか?」

「あ、ああ、そうだが……」

「貰った情報には、カラド・タチノフィの友人、共に行動している者が選ばれたようだ」

「……そうか」


 一瞬焦った。

 弟が主犯として名を穢すことになると思ってしまった。

 しかし、友人か。

 カラドはそう言っていた記憶はないな。

 アイツは一匹狼な所があるし、本質的には手下、都合の良い仲間ぐらいにしか思っていない気もする。

 実行犯でないだけまだマシというところだな。


「選抜戦にて、平民と実行犯がぶつかるように細工もされるそうだ」

「選抜戦実行部隊か………確かにアレは伝統貴族の仕事だしな」

「整っているようだな」

「しかし、そこまでしているなら、我々は何も手をつけることはないと思うのだが……?」


 その通り。

 秘密がバレる懸念がある。

 今の所それだけだ。

 失敗して一番首を切られやすい年代とはいえ、計画を聞く限りそれは殆ど無さそうだ。

 集まる理由はなんだ?


「はぁぁ………言ってしまえば金だな」

「はあ!?」

「何で金がいるんだ?」

「対象を確実に殺すための道具を揃える為らしい」

「揃えるって、武力で確実に葬れる相手を選んだんじゃないのか?」


 私もそう思っていた。

 ただこの感じだと間違いなく違う。

 対象より弱い人間をぶつけるつもりだ。


「対象を油断させるため少し劣る人物を選んだそうだ。油断させ、揃えた道具を用いてとどめを刺す。それが筋書きだ」

「道具は何がいるんだ?」

「まずは剣。選抜戦は実戦形式だから良いものがいい」

「他には?」

「剣に付与する毒、耐久性の高い服、魔力吸収の腕輪。全部で四つだな」


 耐久性の高い服か。

 どこからか情報が漏れたのだろうな。

 全部我々で揃えることのできる品々だ。

 我々には刃物職人、薬師、被服制作師、魔石装飾師と全て揃っている。

 付与に特化した人物も居る。

 援助がバレれば我々も裁かれることになる。

 それは避けたい。


「依頼人を用意しよう」

「そうだな。一つ挟めばどうにかできる」

「流石の頭の回転の速さだな」

「正直私たちも嵌められている様なものだ。足切り足切りで、今回の件で終わらせないと面倒だ」

「確かに、失敗するにしても成功するにしても、さっさと過去は消えてもらったほうがいい」


 皆も今回の件で、学生時代の経験が足枷になっていることに気づいたようだ。

 個人で合法的に行うのならまだ許されるが、学園での一件は歴史がある故に許されない。

 ただ、もし学園始まって全ての行いがバレているのなら、アグルが協力して隠蔽しなくてはならない。

 犯行を行った者も行ってない者も動かざるを得ない状況だ。



 ◆◆◆◆◆◆



 緊急招集から数日経ち、またもや招集がかかった。

 今回は別の人間が招集をかけた。

 内容は、入学前平民入園試験の話。

 どうやら、それらを調べる動きがあったと、現場近くの村にいる間者から情報が入ったようだ。

 それには焦らざるを得ない。


 平民がそこまでの伝手は無いことは理解できる。

 だから、恐らく低級貴族か、真実を知った伝統貴族のどちらか。

 正確に狙い撃ちでそこを調べることは難しいため、恐らく大規模に調査を行ったはず。であるならば、伝統貴族となるだろう。

 皆もそこへ辿り着き、自分の過去を呪った。


 我々はこれまで隠し通して来たが、もしかしたら、という話になり、解決策を考えた。

 しかし、目立ったものはなく、自分たちが邪魔をし命を奪った者の血縁者を調べ、その周囲にバレない様に援助する。血縁者に誠心誠意謝り個人でこの過去に付き合うなど、過去を悔いる様な、そんな策ばかりだった。


 ただ、正直亡くなったと言っているが、分からないが正しい。

 学園までを邪魔するもので、その後の経過などは聞いていない。

 我々はただ学園までの道を阻む、それだけだった。

 肉食の動物を放ってはいないし、大規模な事故を起こすことも行っていない。

 もしかすると、学園へ来るはずだった者たちは生きているかもしれない。

 生きているとするなら恨んでいるだろうが、殺してないだけまだ温情がある可能性がある。


 皆先人たちの話を受け錯覚している。

 先人たちは後の経過まで聞いて自慢していたが、我々は最大級の惨さでは無いし、まだ望みがある。

 私は念のため、皆にその時の妨害場所を聞き間者を送り込んだ。

 一縷の望みにかけて………。

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