第27話 邪魔



「妨害……? 何ふざけたことを言ってるんだ」


 ふざけたこと。間違ってはない。

 選抜戦で他人からの魔力・魔法干渉があれば、その選手は反則。自動的に負けが決まる。

 この大会に出場する者がそんなことをする筈がない。

 ホヌフィンも同じ考えか、オレの言うことを一切信じない。

 確実に妨害は受けているのだが…………証明しようがない。

 どうしたものか…………。


「どうした、距離を取って」


 ホヌフィンが挑発してくる。

 魔力が上手く扱えないため後ろに跳んだ。

 数秒でいいから時間が欲しい。

 魔力を扱うためにはそうするしかない。

 深くしゃがんだ状態から立ち上がろうとする。

 瞬間、足が痺れ体が思うように扱えなくなる。

 迫る刃。


「おいおい、無様な避け方だな」


 何とか回避し、現状把握に努める。

 何が起きた?

 設置罠なんて無い筈だ。

 体に傷は………一つある。

 今の振り抜きは完璧に回避した。

 ………初撃が当たっていたか。

 皮一枚で傷は深くなく、肌に赤い線が見えるほどだ。

 痛みも感じない程度の傷。遅れて来た痺れ。


「毒か……」

「毒……?」


 ホヌフィンはオレの言葉を繰り返した。

 意味が分からない、そんな顔をしている。

 あらかじめ付与することは禁じられているが、戦闘中に行うのなら問題はない。

 だが、今のホヌフィンの反応からそういった類のものは使用していないことが理解できた。

 ホヌフィンの知らぬところで動いている。

 そういうこと――――。


「ちゃんと勝負してくれないかな?」

「……やってるよ」


 無様に回避しながら返答する。


「妨害を受けている。毒が何とか? 試合前の揺さぶり。お前は姑息な手しか使えないのか?」

「まあ、そう聞こえてしまっても仕方ない。試合前は純粋に疑問に思ったから聞いただけだ。妨害と毒に関しては真面目に言ってるぞ? 足が痺れているし、魔力をいつものように扱えない」


 さて、ホヌフィンはどう出るだろうか。


「またそれか。本当にお前に苦戦してたのか? 先輩方は……」


 全く信用されていない。

 この感じだと、証明しないとそのままホヌフィンが勝ち上がり、最後まで勝つだろう。

 ただ、対戦した選手からの発言が恐らく一致する。

 そこでホヌフィンは断罪される。

 ホヌフィンに自覚が無いのなら、今身につけているものに仕掛けがあるはず。

 何とかして勝負中に証明しなくては――――。



 ◆◆◆◆◆◆



「おいおい! こんなもんかよ!!」


 客席からヤジが飛んでくる。

 オレと何かしら因縁のある人間だろうか。

 回避しかしない姿を見て発破をかけている可能性もあるが、恐らく悪意の方が大きいだろう。

 しかし、現状仕方ない。

 妨害に毒まで受けている。しかも相手は無自覚だ。

 証明して再戦するしかオレの中にはない。

 いや、別に勝たなくてもいいのか。


「ホヌフィン。お前その装備はどこで手に入れた?」


 情報を得るため尋ねる。


「カラド様の商人、その知人からだ。羨ましいか?」


 魔法を放ちながらホヌフィンは答える。

 オレは剣撃よりも簡単に回避する。

 ホヌフィンの魔法が当たることはない、そう確信した。

 今劣勢であるのも妨害と毒のせい。

 それらが解決すれば後は簡単だ。


「全然。知らぬ人からの贈り物をよく使えるな」

「ふんっ、負け惜しみはよせ。お前は実力で負けているのだぞ?」

「実力ね……」


 頭の悪い奴だ。

 もう何を言っても奴は信じないだろう。


 カラドの商人の知人。

 間違いなく何か仕込まれている。

 オレはホヌフィンの装備をもう一度観察する。


 薄らと魔力痕……これはよく観察しないと分からない。

 服には耐久性を上げた痕跡が、防具にも同じ痕跡がある。

 剣には耐久性を上げ、毒の効果で痺れが付与された痕跡が…………腕輪には、魔力吸収の付与が施されていた。


 …………真っ黒じゃねぇか。

 武器を預かる担当官は何をしていた。

 検査も無しにただ預かっていたとでもいうのか? ありえない。

 全てがホヌフィン寄りの対戦ということか。

 確かに伝統貴族でもあるし、そうなっても仕方ないか。

 オレの考えが甘過ぎたんだ。

 痺れも解けて来たし、強引に行くしかない。



 ◆◆◆◆◆◆



 魔力吸収の腕輪を破壊しないと劣勢のまま。

 魔力を眼で追うと、オレの体から腕輪に魔力が流れているのが見えた。

 剣に付与された毒も時間経過で解けるようだし、残りの体内魔力でどうにかするしかない。


「逃げるのは辞めたか」

「ああ。倒し方が分かったからな」

「そうか」


 問答するだけ無駄。

 ホヌフィンも理解しているため適当に会話を終わらせる。

 魔力を足に込め、一瞬、ホヌフィンに迫る。


「っ……!?」


 顔が歪んでいる。

 まあ、今まで痺れた中で相手していたしな。仕方ない。

 クルデアに圧倒的に負けていたし、そのクルデアより実戦を積んでいるオレに勝てる訳がない。

 装備の恩恵が大き過ぎたな。

 迷いなくオレはホヌフィンの左手首を切り落とす。


「――――ッあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ぁぁぁぁぁぁ!!!」


 ホヌフィンは絶叫する。

 剣の血を振り払い、落ちた腕輪を拾い上げる。


「やりやがった…………平民が……腕をっ」

「いやぁあああ!!」

「ほっほっほっ、昔を見てるようじゃな」


 観客席からは様々な声が聞こえてくる。

 ホヌフィンには申し訳ないが、こうするしかなかった。


「ヘルト選手の反則により、ホヌフィン・ガートル選手の勝利とします!」


 立会人はオレの負けを宣言。

 どうでもいいが、腕輪を渡す。


「どうした、反則で君は負け………」


 立会人は黙った。

 この人間が公平に裁くものなら事実を公表する。

 さて、どうなる。


「今治療を受けているホヌフィン選手が身につけていた腕輪から、魔力吸収の効果が判明しました。吸収先は対戦相手、ヘルト選手。よって、先程の判定は――――」

「いや、オレの負けでいい。だが少し時間をくれ」


 立会人の宣言を聞き、オレは選抜戦へ出場した目的を果たすため、魔力を用いて声を拡声させた。



 ◆◆◆◆◆◆



「どういうことだ……?」

「不正をしていたのか?」

「いやしかし、命に関わる傷を負わせてもいるし………」


 ザワザワと騒然とする会場に、オレは声を拡声させて目的を果たす。


「この試合は私の負けで構いません。ただ聞いて欲しいことがあります」


 少しずつ会場は静かに、オレの言葉を聞くため静寂が生まれる。


「今学園は、安心して眠ることも、集中して授業を受ける事もできない状態にあります。原因は、伝統貴族による犯罪、横暴な態度です」


 言い終えた瞬間、静寂は破られる。

 ただこれで終わりではない。

 オレは詳細を口にする。


「これまで受けて来た仕打ちは数えきれない。入学前の副都進入阻止殺害、通称入学前平民入園試験。寝込みを襲い、暴力の限りを尽くし下着で衆目に晒される磔。平民だけではない低級貴族、新貴族への強姦。それを解決するため動いた者への暴力行為、脅迫、入場時の悪意の声は新しい」


 犯罪、横暴な伝統貴族の態度に会場は静まり返る。


「長年これらの犯罪が学園内で起こっている。今座っている方々も心当たりがある筈だ。もう学園だけではどうすることもできない。何のために貴族であるのか、再度問い直してくれ。改善が無ければ――――」

「クソがっ――――!!」

「ホヌフィン!」


 剣を持ち迫って来た。

 コイツ、斬られたことしか頭にねぇな。

 目が血走ってる。


「ホヌフィン、腕のことは済まない。ただお前がつけた装備が不正とされるものだったんだ」

「ああ!? また揺動か!!」

「目を覚ませよ」


 剣で受け説得を試みるが、ホヌフィンは現状把握が出来ておらず、まだ試合が続いていると思い込んでいる。

 腹に蹴りを放ち距離を取る。


「試合は終わった!」

「まだだろ!!」

「ちっ……」


 受け流すことだけ行い逃げ続ける。

 ホヌフィンを殺すつもりはない。

 ただ、そのせいでオレは壁際まで追い詰められてしまった。

 近くで観客の声が聞こえる。


「何をしている! 試合は終わったのだぞ!!」

「誰だよ! うるさい!!」

「ホヌフィン。オレの負けだ」

「ふざけるな。お前の腕を切り落とす!」


 完全に気が狂っている。

 オレは逃げるように観客席へと飛んだ。


「離れろ!」


 後ろに向けて声をかける。

 迫るホヌフィン。

 オレはもう一度後ろへ跳ぶ。

 しかし、何かに阻まれ後ろへ行けない。

 人ではない何か。

 視界に入れようと振り向くが何もない。

 魔力か……? だが、何故?

 瞬間。オレは勢いよく跳ね返され、ホヌフィンの元へ飛んでいく。

 ――――剣が胸を貫通した。


「「きゃぁああああああ――――!!」」

「ヘルトッ――――!!」

「ヘルト君ッ!!」

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