第35話




ー〈セレンディート〉ー


 アマンダ達と別れてヴィンスの中隊と合流するべく西方面へと急ぐ道中。

 貰った地図を参考に最短のルートを選び、何度か魔物とも遭遇しては交戦しつつ、避けられそうなのはやり過ごし、ようやく見覚えのある場所まで到着した。


「ベテルギウス〜、どうどう。お客みたいね」


 あらかた燃えて燻る林を越えた所で覚えのある気配を感じて戦馬を降りる。


「傭兵長、伝言を預かってる…」


 現れたのは目元以外を布で覆った一切の肌の露出の無い狩人の傭兵。

 敵兵と違い、随分と森に慣れ親しんだ気配の消し方をしている。


「えっと…、アンタ名前なんだっけ?」

「名乗ってない。伝言は二つ…」


 頼まれていたのだろう、淡々と必要な事だけを伝えてきた。


「はいはい、聞かせて」

「一つはアハド。『俺達は他の傭兵を拾って川上を目指してる。明日の朝には撤退するか決めるからその気があったら来てくれ』」


 現在は夕方前。

 今から野暮用を済ませた後では時間的にかなり厳しいだろう。


「本当に真面目な奴だなー。金にもならないってのに他の連中の面倒まで見てんのかよ。アタシよりよっぽど傭兵長してんじゃん!」

「もう一つは中隊長。『セレン。お前の事だから無事だろう。こちらは混乱に乗じて敵本陣に向かう事にした。どうにかして合流を間に合わせてくれ。報酬の分の働きを期待する』」


 魔物の大量発生にもめげずに敵陣への攻撃を続けていたらしい。

 諦めが悪いというか、執念すら感じさせる。


「逃げずに突貫したのかよ。無茶すんなあ…」

「以上。ちゃんと伝えた…」


 ふとセレンは、この狩人傭兵が伝言の為だけに残っていたのだろうかと疑問に思った。


「はい、ご苦労さん。ところで何でアンタはまだこんな所に居るわけ…?」

「これ、復元出来るくらい揃ってるの探してた…」


 見せたのは何かの破片。

 見覚えがあると思ってよく見ると、あの魔物を封印していた壷の破片のようだ。


「あー、魔物の封印されてた壷ね。どっかに売るつもり?」

「それなりにツテはある…」


 北の軍の実験兵器と思われる封印された魔物の解放は、法力の使えない者にとっては大変な脅威である。

 情報を欲しがる組織は多いだろう。


「地図は持ってる?」

「無いことになってる…」


 それは持っていると言っているようなものだが、セレンは気にしない事にした。


「まあどっちでもいいや。これ、渡しとくから簡単に書き写したのでいいからアハド達に届けてやって。アタシは時間までには間に合わないかも」

「これ、軍用の『地図』だね…」


 渡したのは敵の小隊長の荷物から入手した地図である。

 実は襲った部隊から複数枚を回収していて余った物だったりする。それでも撤退を進める傭兵達にとっては貴重品だろう。


「その後は好きにしていいわ」

「了解。傭兵長、北に行くなら渓谷はやめた方がいい…」


 こちらの意図を読んでか、狩人傭兵は忠告をする。


「何でよ、最短ルートでしょ」

「魔物が渓谷の死体に群がってて渋滞してる…」


 セレンは蜘蛛の魔物が横幅の無い谷の道でひしめいている様子を想像してげんなりした。

 中隊に加勢した際に大量に射殺した死体が転がってるとしたら、確かに魔物が群がるのも頷ける。


「あー、なるほどね…。想像したら鳥肌立ったわ」

「急な斜面は登れないから、崖の上を進んで行けば比較的安全…」


 狩人傭兵は戦闘を避けて移動しているのだろう。

 魔物への対策は何も戦闘方法の確立だけでは無いという事だ。


「忠告感謝しとく。アンタも死なないようにね。生きて再会できたら名前教えなさいよ」

「分かった…」


 そう言って別れを告げ、再び戦馬へと騎乗する。

 地図を広げてルートを確認。少し遠回りになるが安全な道順を決めてから走り出す。


「(あの弓使い、たぶん女の子よね…)」


 正確な弓の扱いに森での気配の断ち方は森に親しんだセレンにはよく分かる。法力を使った所はついぞ見なかったが、只者では無いのかも知れない。

 優秀な傭兵と次に会える機会を楽しみにしつつ、目的地へと急ぐのだった。




◇◆◇




 崖上のルートを進みながら気になって崖の下を覗くと、うっすらと張られた霧の向こうに蠢く赤黒い絨毯が見えた。


「あー、これは酷いわね…」


 あれが全て蜘蛛の魔物だとするなら、一体どれほどの壷を用意していたのだろうか。

 アマンダの言うように、セレンは自分の見通しが甘かったのではないかと顧みる。


「魔物、魔物、魔物、魔物。生きてる人間が見当たらないけど、喰われたか逃げたか。どっちにしろ誰かに聞ける状態じゃない、と」


 とてもではないが、ヴィンスの中隊があの数を討伐し切れるとは思えなかった。


「あーもう、成果報酬どうすんのよ〜!」


 あの魔物が置き去りにされた死体を喰い漁っているのだとしたら、法力印を確かめられる状態ではないだろう。

 それは即ち、成果報酬の確認が取れない可能性が高いという事だ。


「これ、戦争終わっても魔物だらけで人の住める土地じゃ無くなるわよね〜…」


 戦争が終わっても設置した罠が消えないのと同じように、蜘蛛の魔物もこの場に残り続ける事になるのだろう。

 それは罠よりもずっと恐ろしい話である。


「いやいや、もしかして魔物討伐の依頼が出てお金取り戻せるんじゃない?」


 そこでハッと気付いたセレンは、成果報酬は受け取れずとも新たなビジネスチャンスと捉えられるのではないかと前向きに考えた。

 不謹慎だとは思いつつも口元がニヤける。


「ねえベテルギウス〜。そしたら一体いくらになるんだろ、金貨2枚か3枚くらいかな。いやいや法力じゃないと斃せないんだし、4枚や5枚の可能性も有るんじゃないの?」


 もしそうなら競争率も高くならない。

 法力は訓練で多少扱えるようにもなれるが、実戦レベルで使える者となると極端に少なくなる。


「もしそうなれば荒稼ぎのチャンス到来か〜! よーし、今はあまり斃さないようにして進もう」


 戦争での成果報酬が絶望的となった今では、傭兵としては稼げるチャンスを不意にしたくはない。

 今まではただ気色悪いと思っていた魔物達だが、全てお金に変わるというのであれば見え方も変わってきてしまう。


 セレンならば時間さえ掛ければ斃すのに苦戦はしない。

 そうして金の算段に当たりをつけ、皮算用にうつつを抜かしながら道中を急ぐのだった。




◇◆◇





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