第39話
吹き飛ばされた兵士の死体、潰れた死体が行く先に転がっている。
どれも武器による死傷ではない。
「どいつもこいつも、死体で道案内してんじゃねえよ!」
誰でも良いから生存者を発見したかった。
嫌な予感が脳裏をよぎる。
副隊長の示した方向には敵兵の死体が全く見当たらなかったのも不安を駆り立てる。
「蜘蛛の死骸…。それに草むらごと地面を引き剥がしたみたいな馬鹿でかい跡は、どうなってんだ…?」
千切れて撒き散らされた魔物の死骸が見付かった。
ドクドクと動悸が早まる。
「おい、誰でもいいから生きてるんなら声を出せ!」
少し掠れた声で呼び掛ける。
いつの間にか喉がカラカラに渇いていた。
水筒を取り出して一口飲む。
すると微かに風に乗って音が聴こえてきた。
「(こっちか…)」
戦馬から降りて自分の槍を構える。
ごく最近荒らされたと思われる広い草原と林の境界から少し外れた木立と倒木に慎重に近付く。
「(誰か居るのか?)」
呼吸を整えいつでも臨戦態勢に切り替えられるように準備してから、念の為に小声で呼び掛ける。
「(セレンか…。遅いではないか)」
「(ヴィンス! あ〜…もう、よかった〜。何だよ心配させやがって、ちゃんと生きてるじゃない。だったらセーフでしょ)」
数日振りに聴いたヴィンスの声に思わず安堵の溜め息が漏れてしまった。
一緒に行動したのは10日にも満たないのにも拘らずこうして再会すれば随分と懐かしく感じるのだから不思議な物である。
「(フッ、心配してくれたのか。だがあいにくと無事とは言い難い状態だがな…)」
「(足、酷いの? 他に傷は?)」
極限状態からの安堵からかヴィンスもまたセレンを観て今にも泣き出しそうな笑顔を見せる。
しかし顔色は悪く、血塗れの服の至る所に傷を負い失血の為かやや肌に生気が無い。
特に足の状態は酷く、縛って止血や応急処置は済ませているようだが重症なのは間違いなかった。
「(幸い他の傷は深くないが、足は完全に破壊されている。これでは治療を受けても暫く室内での暮らしになるな)」
「(それくらい何よ、命あるだけマシでしょ! で、薬の予備は無いの?)」
傷の具合を確認して、血は足りないが今すぐどうこうなる状態ではないと判断してホッとする。
「(いや、退却の際に全て使ってしまった)」
「(ならこれ飲んで待ってて。アタシはベテルギウスを連れてくるから)」
もしかしたらヴィンスの状態はもっと酷かったのかも知れない。それなら傷の割に血が足りないのも納得出来る。
セレンは手荷物から戦利品の薬の入った小瓶をヴィンスに手渡す。本当は専用のもっと効能の高い物を使いたい所だが。
「(この辺りはまだ危険かも知れない。もう暫くはじっとしておいた方がいい)」
「(アハドが生き残りを回収しながら西の渓谷の先で朝まで陣を張ってるから。時間までに到着するには今出るしか無いのよ)」
素早く戦馬へと向かい、他の生存者が居ないか五感を研ぎ澄ませながらヴィンスの下へと戻った。
安全と判断出来るまでここで隠れ続ける事も考えたが、それよりもヴィンスの体調が気になる。
失血もしているし、怪我で熱を出したら危険な状態になるかも知れない。
「(ここに来るまでに副隊長を見なかったか?)」
「(あっちは手遅れだった。ここに来てからの生存者は、ヴィンス以外見てない…)」
セレンは正直に答えた。
「(そうか…)」
彼女は一言たりともヴィンスに他の生存者について問うていない。それが何よりも如実に惨状を想像させるに足る情報だった。
「(欲を、かいてしまったんだ。それで退却が間に合わなくなった。俺は指揮官失格だな…)」
「(ベテルギウス、ヴィンスを乗せてやって)」
セレンと再会した事で心の関を解いてしまったのか、ヴィンスは見るからに消沈した面持ちで現状を受け止め始めた。
セレンは足の不自由なヴィンスを馬上へ上げて二人乗りになる。
「(…己の分もわきまえず周りを巻き込んだ結果が、これだ)」
「(もういいから。まずは安全な所まで退避するのが先)」
セレンはもと来た道を引き返さずに、地図を広げてルートを決めて進む。
戦馬はセレンの指示によく従い、二人を乗せても力強く走る。
「何もかも失った…。家臣も、部下も、名誉も、家族も…」
「いいって言ってんの。そういうのは後にして!」
もと来たルートでも時間内に辿り着けるかも知れないが、あそこには無数の死体が転がっている。魔物はあらかた始末したが、他の道より集まって来やすい。
それに、今のヴィンスにあの光景は見せたくなかった。
「セレン、俺はどうしたらいい…?」
「そんなのは生き残ってから考えろ! ここは戦場だ、他に優先する事は山程あんだよッ!」
セレンは尚も弱音を吐き続けるヴィンスへと振り返らずに怒鳴りつける。
決してイライラしての事ではない。
単純に、何と言ってやれば良いのか分からなかったのだ。
「ははっ、そうだな…。俺は戦場という物をまるで分かってなかった…」
「大人しくしてろ、余計な体力使うな!」
セレンは思う。
ヴィンスは初陣にしてはかなり頑張っていた。ただちょっと運が悪かっただけで。
それに比べて、こんなに弱ってる相手に怒鳴るしか出来ない自分の方がよっぽど情けないとすら思えた。
「セレン、すまない。今更だが俺はお前に黙っていた事がある。もし俺に何かあった時には…」
「ベテルギウス、魔物は無視してそのまま走って!」
道中はぐれ魔物を何度か見掛けたが、ほとんどは回避していく。
それでも迂回は効率が悪いと思った時には。
「『ブラスティングレイ』」
躊躇いなく走る馬上から法撃を放つ。
片目を瞑り狙いを定めた二本の指の先から放たれた熱線は、矢よりも速く曳光だけ残して狙い違わず魔物の頭を吹っ飛ばす。
どうせもうヴィンス以外に目撃者は居ない。彼ならきっと喋るなと言えば約束を守ってくれるだろう。
何となく、そんな確信がある。
「一撃…?! セレン、それは…」
「はいはい法撃だよ、それが? もう喋るな、舌噛んでも面倒見切れねえぞ!」
ヴィンスは大人しくなった。
たった一手で、今一番の関心事が自分よりもセレンに移ってしまっていた。
「(あー、あの蜘蛛渓谷どうやって渡ろう。時間掛かるけど迂回しかないか〜…)」
◇◆◇
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